第4話 モテ期の乱とひとりじめ ②


 次の日から、アメジストは忙しそうだった。アナスタシアが授業に行っている間中、自分が人間になれる方法を知るためにあちこち聞いて回っている。見習い魔女の中でその方法を知っているものはもちろん一人もいなくて、アメジストの調査は中々難航しそうだ。

 しかし、アナスタシアにはそれ以上の難題が待ち受けていた。



「うわ、何それアーシャ」


「アメジストあてのラブレターです……」



 アナスタシアは、いつも教科書を入れているカバンとは別にパンパンに膨らんだトートバックを肩から下げていた。その中に入っている封筒すべて、アメジストに届けられたラブレター。


 昨日ライラが振られたのを見た他の見習い魔女たち……と、言うよりもアナスタシアとフローレンス以外の見習い魔女たちが「ライラと付き合わないなら、今アメジストはフリー。もしかしたら自分たちにもチャンスがあるかもしれない」と、メラメラと恋の炎を燃やし始めてしまったらしい。  

しかし、調査で忙しそうにあちこち動き回るアメジストを捕まえることもできず……見習い魔女たちは、きっちり授業に出席するアナスタシアにその手紙を押し付けていく。アナスタシアの部屋には同じように、朝早くから次々とドアの隙間からラブレターが差し込まれていく。アナスタシアはそれらをうんざりしながらかき集めて、箱の中にためていった。



「モテる【魔女鉱石】がいると大変なのね~」


「みんな、男みたいなのが一人しかいないせいでこんなに調子に乗って……どうしよ、コレ」


「いっそ、アメジストに恋人がいたらみんな諦めてくれるのにね」



 フローレンスは笑みを作る。他人事だと思って……とアナスタシアはため息をついた。これらの手紙すべてをアナスタシアが読み上げるのも骨が折れる、そろそろ彼に文字を覚えさせようか。アナスタシアはそんな事を考えながら、教科書を取り出していた。

 

授業が終わっても、アメジストは教室の前にいなかった。果たしてどこまで行ったのかまではアナスタシアにも分からず、彼女は昨日フローレンスと代わった教室の掃除当番をこなしていく。いつしかラブレターを入れるバッグは二つ目になっていて、二通目の手紙やら分厚い封筒やらがどんどん溜まっていく。あれをすべてどうしようか悩んでいると……バタバタと廊下から騒がしい音が聞こえてきた。



「アーシャ!」


「なあに、フローラ?」

「た、大変! こっちきて!」




 慌てた様子のフローレンスがアナスタシアの腕を掴んで、そのまま来た道を急ぎ足で引き返していく。アナスタシアの手には掃除用の箒が握られているままだ。



「な、何があったのよ……!」



 フローレンスに連れてこられたのは医務室だった。扉の前では、顔を赤くさせて目を覆い隠す見習い魔女たちがたくさんいる。アナスタシアが不思議そうに彼女たちを見ていると、フローレンスまで耳を赤く染め、顔を伏せながら医務室のドアを開けた。



「し、失礼します!」


「え? フローラまで赤くなっちゃって……一体どうしたの?」


「あら、もう持ち主にバレちゃった?」


「ソフィア先生……き、きゃー!!」



 医務室のベッドでは、下着が見えるくらい胸元を大きくはだけさせたソフィアが……上半身裸になったアメジストの覆いかぶさっていた。そんな、まさにこれからいかがわしい事をしようとしている二人の姿を見たアナスタシアからは、今まで上げたことのないような大きな叫び声が上がった。



「アメジスト! あ、あんた何してるの! こっちおいで!」


「アナスタシア、怒ってる?」



 のんびりとしたアメジストの聞き方に、アナスタシアの中でさらに怒りがこみ上げていく。



「当たり前でしょ?! だ、だって……こんないかがわしい!」


「だってぇ、その子が『人間になる方法教えて欲しい』って言うから」



 ソフィアの舌ったらずで甘えた声に、アナスタシアのイライラは募っていくばかりだ。



「人間になる方法は知らないけど、『男になる方法』なら教えてあげる♪って……そうしたら、その子乗り気になっちゃって」


「はあぁあっ!?」



 もちろん、アナスタシアにはアメジストにそんないかがわしい気持ちがないという事は、ちゃんと分かっている。それでも、アナスタシアのイライラした気持ちが落ち着くことはない。アナスタシアは落ちていたアメジストの服と、彼自身を掴んで医務室から走り去っていく。そのまま向かっていったのは、自分の部屋だった。



「もう! もうもうもう!」



 アナスタシアは募る怒りに任せて、杖を暖炉に向けて火を放つ。その中に、届いたアメジスト宛てのラブレターを次々に放り込んでいく。その背中は、鈍感なアメジストでも彼女が怒っていると分かるくらい、暖炉の炎のようにメラメラと燃えている。



「あ、アナスタシア?」



 アメジストが恐る恐るアナスタシアに声をかけると、彼女はギラッと振り返ってアメジストを睨んだ。



「大体、あんたがっ! ……はぁ。もういい、どうせアメジストには何言っても無駄だし」



 アナスタシアが体に溜まった悪い空気を払うように、大きくため息をつく。そして、そのままベッドに潜り込んでいった。



「アナスタシア?」


「もう寝る」


「……怒ってる? 俺、どうしたらいい?」



 アナスタシアは唇を噛む、そして吐き捨てるように「静かにして!」と叫んでいた。


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