第4話 モテ期の乱とひとりじめ
第4話 モテ期の乱とひとりじめ ①
魔女の園の校舎中に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、開放感に満ち溢れる。廊下は見習い魔女たちのはしゃぐ声で溢れて、大分にぎやかになっていた。アナスタシアも大きく伸びをしてから、カバンに教科書を仕舞い始める。廊下で待っているはずのアメジストを回収して、今日は掃除当番だから……と色々考えながら教室を出た。
「あれ? ……えっ?!」
「どうしたの? アーシャ」
いつものように隣にいるフローレンスが、驚いてあんぐりと口を開けるアナスタシアに声をかける。
「どうしよう、アメジストがいないの……」
「ええっ?!」
いつもなら廊下に座り込んでアナスタシアの授業が終わるのを待っているはずのアメジストが、今日はどこにもいない。周囲をきょろきょろ見渡してみるが、影も形もなかった。
「ど、どこ行っちゃんたんだろ……」
「落ち着いてアーシャ。心当たりはない?」
「心当たりって言っても……」
アメジストは、いつもアナスタシアの後ろをくっついて歩き回っている。まるで親を覚えたひな鳥のように。離れる時と言ったら、授業の時やお風呂、トイレに行くときぐらいだ。それ以外でアメジストか、アナスタシアから離れてどこかに行ってしまう心当たりはない。
「アーシャ、フローラ。どうしたの?」
「イレーヌ!」
掃除する用の箒を片手に、アナスタシア達の一つ年上の先輩でもあるイレーヌが声をかけてきた。
「困った顔して、何かあったの?」
「私の【魔女鉱石】……アメジストがどっか行っちゃって」
「ああ、アメジストね」
どうやら、イレーヌには心当たりがあるようだ。アナスタシアはほっと胸を撫でおろす。
「彼なら、ほら……」
イレーヌは窓を開けて、そこから見える校庭の隅を指さした。そこではアメジストが、イレーヌと同い年のライラから何やら受け取っているのが見えた。よく見ると、それは手紙のような形をしている。
「何だろ、あれ」
「あれ? ラブレター」
「ら、ラブレター!?」
アナスタシアとフローレンスは驚きのあまり声を張り上げる。
「そう、あれ、ライラがしたためた渾身のラブレター。私も夜遅くまで付き合わされて大変だったんだから」
「で、でも……どうしてアメジストがそんなモノを」
「最近の彼、すごいよ~」
「な、何がですか?」
「モテ期。ついに来ちゃったみたい」
「は……はぁあ!?」
校庭の隅にいたライラは手紙を渡した後、真っ赤な顔をして走り去っていく。取り残されたアメジストは、もらったばかりの手紙を光にすかしたり、振ってみたり。きっとあの手紙にどんな意味があるのか、彼は分かっていないのだろう。
「だって、アーシャの【魔女鉱石】、顔はかっこいいし。まあ。服は適当だけど……磨けば光りそう」
「いや~……、まだ話し方とか片言ですし、かっこいいというより子どもっぽいところがあるというか」
「逆に、そういう無邪気な感じがいいんじゃないの? あと……彼が、魔女の園で唯一の男だっていうのが一番の理由なんだと思う」
「……【魔女鉱石】だけど?」
「【魔女鉱石】だとしても! 私たちくらいの女の子って、身近にいる男手当たり次第好きになるでしょ?」
そうイレーヌが首を傾げても、そんな感情を抱いたことのないアナスタシアには理解できない感情だ。
「ま、アーシャも気を付けたら? もし彼が他の誰かを好きになったりでもしたら……」
「したら?」
「もう、アーシャの【魔女鉱石】じゃなくなっちゃうかも」
にやりと口角をあげるイレーヌとは異なり、アナスタシアの顔はぴきっとこわばりどんどん青ざめていく。そして、持っていたカバンをフローレンスに押し付けて駆け出していた。
「あ、ちょっと! アーシャ、掃除当番は!?」
フローレンスがそう呼びかけると、アナスタシアは廊下の端から「代わっておいて!」と叫んでいた。
「アメジスト!」
校庭の隅で手紙をまじまじと見つめているアメジストに声をかけると、アメジストは手紙を放り投げてアナスタシアに近づいた。
「あ、ちょ、ちょっと……それ捨てたらダメでしょ」
アナスタシアは風に飛ばされそうになっていた手紙を慌てて掴む。封筒の裏面にはとても丁寧な文字でライラの名前が書かれていた。
「今もらった。それ何?」
「これ? ら、ラブレターっていうものよ」
口に出すのも恥ずかしい言葉だ。
「ラブレター?」
「えっと……この手紙には、ライラはアメジストの事が好きですって書いてあるの」
アメジストに渡して、それを開くように促す。言われた通り封筒を開くが、その中の手紙を一瞥したと思えば、アメジストはそれをアナスタシアに渡した。
「え? なに?」
「文字読めない」
「あ、そっか」
手紙を受け取ったアナスタシアは、アメジストの代わりにその手紙を読み上げた。
初めて見た時に好きになった、とか。
いつ見てもかっこいい、とか。
最近では毎晩のように夢に見る、とか。
できたらお付き合いしてほしい、とか。
ありきたりなことばかり綴られている。呼んでいるアナスタシアは恥ずかしくて仕方がないのに、その想いを告げられている当の本人は、退屈そうに欠伸をしていた。そんな様子を見ていると、ライラが不憫になってくる。どれだけその想いの丈をアメジストにぶつけても、彼には少しも届きそうにない。
「はい、これはあんたが持ってな」
「俺が?」
「アメジストが貰ったんだから、あんたの物でしょ。あと、ライラとそういう関係になるつもりがないんだったら、ちゃんとお断りに行くんだよ」
「そういう関係って?」
「だから……あんたとライラが、恋人同士になるってこと」
その言葉に、アメジストがピクリと反応した。以前アナスタシアとフローレンスが話していた、『恋』という単語が飛び出してきたからだ。
「『恋人』って?」
「えー、それも説明しなきゃだめ? 『恋人』っていうのは……好きになった人同士がずっと一緒にいること、かな?」
「ずっと?」
「そう、大体ね。まあ、別れちゃうこともあるかもしれないけど……」
「それなら、俺とアナスタシアは『恋人』?」
「はぁあっ!?」
アメジストの言葉に、思わずアナスタシアは耳を染める。それが彼にばれないように顔を伏せながら、「バカじゃないの!」と少し怒ったように返す。
「私とあんたは、魔女と【魔女鉱石】。いわばご主人様としもべの関係よ!」
「『恋人』じゃない?」
「そう、全然そういう関係ではない!」
ちらりと横目でアメジストを見ると……彼はがっくりと肩を落としていた。
「え? ちょっと! 何でアメジストが落ち込んでるのよ!?」
アメジストは口をへの字に曲げている。アナスタシアの胸に一つの考えがひらめいた。いやいや……と頭を振って否定するが、彼が落ち込む理由に『コレ』以外考えつかなかった。
「まさか……私に『恋人っていう関係じゃない』って言われて落ち込んでる……?」
アナスタシアが恐る恐る聞くと、アメジストは少し考えながらも小さく頷いた。今度はアナスタシアががっくりと肩を落とす番だ。
「どうしてそうなっちゃったかなぁ~!」
その叫びに漂う悲壮感は、並々ならぬものがある。額に手を当てながら考えて……アナスタシアは顔をあげた。
「私とアメジストは、そういう関係には絶対にならない。ていうか、なれないの」
「どうして?」
「どうしてって……アメジストは、石だから。人間じゃない」
「俺、人間じゃない?」
「そう」
「……それなら、どうしたら、俺は人間になれる?」
「は?」
どうして?
なぜ?
アメジストは最近、不思議に思うことが増えてきたらしい。アレクセイも小さな時は「なんで?」とよく聞いてきたことを思い出す。
「知らないよ、そんな事……」
無機物を魂のあるものにする……石を人間にする魔法なんて、今まで聞いたことがない。アナスタシアがぶんぶんと首を横に振るのを見て、アメジストはまた肩を落とした。
「……もしかしたら、誰か知ってるかもしれないし、聞いてみたら?」
その落ち込む仕草が、どうしてもアナスタシアの目には不憫に映って仕方がない。助け船を出すようにそういうと、アメジストはパッと顔をあげた。
「そうしてみる!」
「うん。あ、ちゃんとライラには返事しておくんだよ」
「分かった」
その晩、食堂の真ん中で高らかに「ライラとは恋人になれません」とはっきり告げるアメジストの姿があった。大きな声をあげて泣き出すライラがキッとアナスタシアを睨んだとき、アナスタシアは今まで生きてきた中で一番気まずい思いをしたのである。
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