第4話 モテ期の乱とひとりじめ ③
その晩、アナスタシアは眠りにつくことができなかった。胸の中に薄暗いもやのようなものがどんどんと広がっていき、イライラして体が硬くなっていく。少しでもうとうとすると、アメジストに迫ろうとしているソフィアが思い浮かんでしまい……バッと目が覚めてしまう。体にかけている毛布をぎゅっと握りしめるアナスタシアの心の中に、恨み言が溜まっていく。
アナスタシアがイライラしているのは、ソフィアだけではない。隙あらばとアメジストにラブレターを渡してくる見習い魔女達にも怒りが募っていく。唯一の男だからって、みんな同じように目をキラキラさせて、『私のアメジスト』に近づいて……。
「……え?」
アナスタシアの目が、大きく見開かれる。ぱちくりと何度か瞬きをしているうちにふっと我に返り、アナスタシアの体はビキビキと音を立てるように硬直していった。
(私の……って、どういうこと?)
突然アナスタシアの中に目覚めたその感情を、まだ言葉にすることができない。ただこの時アナスタシアは、アメジストにラブレターが届いたり、見習い魔女たちがこぞってアメジストに言い寄ったり、ソフィアがしていたみたいに男女の関係を迫られているアメジストを見ていると、どうしても「自分の物なのに」という気持ちがよぎる。小さな子どものときに、姉弟の誰かにおもちゃを横取りされるのとは異なる、黒い炎であぶられていくような痛み。
アナスタシアは寝返りを打って、ベッドの端まで転がっていく。その感情を振り払おうと、壁に何度も何度も頭を打ち付けていた。
もちろんその晩眠りにつけるはずがなく、アナスタシアは朝から眠気を堪え、目をこすりながら授業を受けていた。しかし時間が経つにつれて瞼は重くなっていくのを感じていた。
「……アナスタシア!」
「ひゃっ!」
ついに眠気に勝つこともできず、アナスタシアは居眠りをしていたようだ。……よりによって、エリザベスの授業の時に。顔をあげると、エリザベスはカンカンに怒っている。
「そんなに私の授業はつまらないですか、アナスタシア」
「いいえ! あの、そういう訳ではないのですが」
「最近、気が緩んでいますね。昨日だって掃除当番をさぼったそうではないですか」
「ち、ちがいます!」
昨日は、掃除をしていたらフローレンスに引きずられて行って、あまりにもショックが大きすぎて結果的に掃除当番を忘れていたというだけなのに……アナスタシアは理由を説明しようとしても、エリザベスは「おだまり!」と声を張り上げた。その声はアナスタシアだけではなく、他の見習い魔女たちもびくりと肩を震わせる。
「バツとして、今日の教室掃除は一人でやりなさい」
「えー!」
「もちろん、魔法を使うこと、貴女の【魔女鉱石】……アメジストに手伝わせるのも禁止ですからね」
「え、あ、ちょっと」
いくら何でもそれは……と返そうとしたタイミングでチャイムが鳴ってしまった。エリザベスはさっさと授業を終わらせて、教室を出て行ってしまう。今日掃除当番に当たっていた他の見習い魔女たちは、アナスタシアに「ありがとー」「頑張ってね」と口々に声をかけながら楽しそうに教室から飛び出していった。自分たちの担当が無くなったので、嬉しくて仕方がないと言った様子だ。
アナスタシアは、フローレンスが慰めるように肩に手を置くまで、石のように固まったままだった。
「どんまい、アーシャ」
「やっぱりやらなきゃダメかぁー」
「私も手伝ってあげられたらいいんだけど……」
アナスタシアは「えっ!」と大きな声をあげてフローレンスの腕を掴む。フローレンスをあてにしていたアナスタシアはフローレンスに縋り付くが、フローレンスはするりとかわしていく。
「私、今日料理の当番だから。ごめんね、アーシャ。頑張って」
そう言って、フローレンスもアナスタシアを置いて教室から出ていく。こっそりアメジストに手伝ってもらおうと廊下を見ても、そのアメジストもいない。きっとまた、『人間になる方法』でも聞いて回っているのだろう。肩を落としたままのアナスタシアは、掃除道具を取りに向かった。
教室のごみを集めて、ちりとりに入れていく。屈む体勢が多くて腰が痛い。アナスタシアが大きく伸びをすると、教室の入り口からしゃがれた笑い声が聞こえてきた。
「精がでるの、アナスタシア」
「ば、バルバラ様!」
バルバラはゆっくりと教室に入って、手近な席に座った。
「そういえば、お前の【魔女鉱石】が私のところに来たよ」
「あ……すいません、まさかバルバラ様に聞きに行くなんて思いもしなかったです」
「いいさ、それくらい。それで、『人間になりたい』だなんて……急にどうしてそんな事を」
「それは……」
アナスタシアは、この数日に起きたことを説明していく。
ライラがアメジストにラブレターを渡したこと、アメジストが『恋人』というものに興味を覚えたこと。アナスタシアが、「【魔女鉱石】は人間じゃないから、恋人にできない」と言い返したこと。
「なるほど、それで人間になると言い始めたのか」
「はい……」
「私からちゃんと教えてあげたよ。【魔女鉱石】は人間になることはできない、とね」
バルバラのその言葉に、アナスタシアは少し安心をする。それと同時に、ふっと悲しさに似た感情がこみ上げてきたのも分かった。その理由が分からなくて、アナスタシアは首を傾げる。
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