第8話 魔女の呪いと二人の未来
第8話 魔女の呪いと二人の未来 ①
「姉様は、明日帰るのかい?」
「そのつもりだけど……」
アナスタシアの表情はどこか浮かない。アレクセイが心配そうに首を傾げるが、アナスタシアは何もなかったかのように首を横に振った。
「ずいぶん長い間こっちにいたせいで、勉強もだいぶ遅れちゃったわよ。早く戻って取り返さないと」
「そうだね、姉様は立派な魔女になるんだから。頑張ってもらわないと」
それでも、アナスタシアの胸には気がかりになっていることがいくつかある。まず、チャールズ王子との縁談。あれ以来、チャールズ王子とは会えていない、彼も式典や会談が目白押しで大変忙しい様子。アナスタシアと話をする時間も取れないくらい。アナスタシアがどうしようか悩んでいると、それを見かねた父のニコライが代わりに縁談の話をしてくれると申し出てくれたが……アナスタシアは直接、『あの時何があったのか』と聞きたいと思っていた。チャールズが触れた瞬間、一気に遠のきかけた意識。どうしてあんなことが起きたのか、その原因をどれだけ調べてもアナスタシアには分からず仕舞いで、その時一緒にいたチャールズに聞けば何かヒントを得られるかもと少し期待したけれど、そのチャンスはやってこない。
そしてもう一つ、バルバラの予言の事だ。正直に言ってしまえば、アナスタシアにとって縁談よりも自分の事よりもこのことが気がかりになってしまっている。
もしアレクセイの身に何かあったら……魔女の園に帰らずに、しばらくアレクセイの傍にいた方がいいんじゃないかと思った時もあった。しかし、同じくらい勉強が遅れていくのも不安になる。その二つを秤にのせた結果、アナスタシアは魔女の園に戻ることに決めた。アレクセイに何かあれば、きっと国からすぐ連絡がある。……一番いいのは、何もないことだけど。
「それじゃ、アメジストさん。僕たちも時間がないし……早いとこ始めちゃおうか」
「うん」
「そういえば、あんた、アレクセイとずっと一緒にいるけど……何してるの?」
アメジストとアレクセイは顔を見合わせる。そして、アレクセイはいたずらめいた笑顔を見せる。
「内緒♪」
「えー、なによ! 姉である私にも教えられないって言うの?」
「姉様だからこそ、だよ。さ、行こうアメジストさん!」
「うん。アナスタシア、また後で」
「もう!」
アナスタシアは、二人の背中を見送る。この国に帰ってきてから、いつも一緒にいたアメジストはアレクセイと行動を共にしている。いつもなら、それは私の役割だったのに……アナスタシアの機嫌も少しだけ悪い。
アメジストはアメジストで、アレクセイと共に『魔女と【魔女鉱石】が末永く幸せに暮らせる方法』を調べていた。最愛の魔女を喪った【魔女鉱石】が、周りに危害を加えずに死ぬことができる方法。禁書ばかりはいっている書庫をくまなく探してみたが、そんなことが書いてある本は見つからなかった。アナスタシアが国に残る最終日である今日も、夜遅くまで探してみたが……結果は空振りである。
「ここをこれだけ探してもないという事は……」
「ないのかな……」
アメジストはしゅんと肩を落とす。慰めるように、アレクセイはそんな彼の肩に手を置く。
「もしかしたら、他の国にあるかもしれないよ。今ちょうどブルーベル公国の王子が来ているから、聞いてみたらいいかも」
「あいつ、嫌い」
アナスタシアと結婚を前提とした『お見合い』をした男。アメジストにとっては、ただの恋敵に過ぎない。頬を膨らませているその姿に、アレクセイは小さく笑みをこぼした。
「でも、姉様も断るために何とか時間作ってもらおうとしているみたいだし、心配しなくてもいいんじゃないかな?」
それでも、成果が得られなかったアメジストはどこか不満足気だ。
「それに、ヴィクトリア様や他の魔女にできなかったことを……二人で成し遂げられたら、すごいかっこいいと思わない?」
「かっこいい?」
「だって、あの偉大なヴィクトリア様でもできなかったことを二人がやるんだよ、歴史に名を残すし……きっと他の【魔女鉱石】たちの希望になる」
「希望?」
「そう! もう恋を諦める【魔女鉱石】がいなくなるってこと!」
その言葉が慰めになったのか、ようやっとアメジストは笑みを見せる。
「さて、もう夜遅いし……もう戻ろうか? 姉様も帰る準備してそうだな……アメジストさんも早く始めないとまた姉様に怒られちゃうね」
アレクセイはアメジストを促して、書庫から出ていく。その言葉通り夜はとっぷりと暮れて、月がこうこうと光っている。
「おや、アレクセイ王子ではありませんか?」
二人がアナスタシアの部屋に向かっていると、思いがけない人物に背後から声をかけられた。振り返ると、ニコニコと笑みを浮かべるチャールズの姿がそこにあった。
「これはチャールズ様。こんな時間に会うなんて……奇遇ですね」
「そうですね。中々寝付くことができず、少し城内を散歩させてもらっていたんです。でも広すぎて、迷子になりそうですよ」
「何かあれば、城の者に何なりとお申し付けください」
「ええ、遠慮なく。それはそうと、そちらの方は?」
チャールズは敵意の視線を向けるアメジストを見た。アレクセイはそんな彼をたしなめて、チャールズに紹介しようとする。
しかし、じとっと冷たい視線をどこからか感じた。背筋を這うそれは……恐怖にも似ている気がした。
「こちら、アメジストさん。……姉様の従者です」
アレクセイはとっさに嘘をつく。自分を守るためなのか、アメジストを守るためなのか……彼には分からないままだが、チャールズは上から下まで、舐めるようにアメジストの事を観察していた。
「そうですか。その名の通り、美しい紫水晶の瞳をしているのですね、まるで本物の石みたいだ」
「そうですね……僕もそう思います」
「それで、アナスタシア様の従者がなぜアレクセイ様と?」
「え? あ、そ、それは……」
アレクセイが戸惑っているのを見て、助け船を出したのはほかでもないアメジストだった。
「アナスタシア様が明日の早朝この国を発つので、その準備で忙しく……アレクセイ様と共に、魔女の園へ持っていく土産を見繕っていたのです」
いつものアメジストからは想像もつかない落ち着いた口調に、アレクセイはただ驚くばかり。チャールズはにっこりと笑みを浮かべて「そうですか」と返した。
「アナスタシア様はもう発ってしまわれるのですね。それは残念だ、またの機会に今度はゆっくりとお話をしましょうとお伝えお願いできますか?」
「承知いたしました」
アメジストが恭しく頭を下げる。それを見たチャールズは満足げに廊下の奥に姿を消していった。
「だ、大丈夫だった? 変なところなかった?」
チャールズの姿が完全に見えなくなってから、アメジストはオタオタと慌て始める。先ほどの様子に呆気に取られていたアレクセイも正気を取り戻して、アメジストを優しく宥めていた。
「大丈夫! すごい、別人かと思ったよ! そんなの、どこで覚えたの?」
「お城の人、みんなこうやってた」
「それ見て覚えたの」
「そう……」
「すっごいかっこよかったよ! ありがとう、アメジストさん」
「うん……」
アメジストも緊張していたのか、長いため息をついた。
「あいつ、怖かった」
「アメジストさんもそう思った? ……僕も。どこか冷たいというか」
「アレクセイ、俺たち帰っても大丈夫?」
「え?」
「アナスタシアの事だから、アレクセイの事心配する。もしアナスタシアが良いって言うなら、俺、城に残る」
「いいよ、心配しなくて! 僕にはたくさんの護衛がいるけれど、姉様にはアメジストさんしかいないんだから!」
それでも、アメジストは心配そうな様子だった。
「それに、何かあればすぐに手紙を書くから。ほら、早く行かないと姉様が怒るよ!」
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