第7話 策謀の見合い ④


***




「この、役立たず!」



 その晩、城の客間で……チャールズは声を荒げていた。テーブルに載っているティーセットを掴み、深くフードをかぶったマーサに投げつける。ティーカップはマーサに当たって床に落ち、粉々に砕けてしまった。



「申し訳ございません、チャールズ様。……強大な力を持つ邪魔が入ってしまい」


「半人前の分際で、言い訳をするな!」



 チャールズの口調は、昼間の穏やかなものとは一転、荒々しく尖っている。彼は深くため息をついて、椅子に深く座り込んだ。



「おそらく、あの男だ……魔女・アナスタシアが持つ【魔女鉱石】。アイツさえ邪魔しなければ、今頃」



 マーサが術をかけ、気を失ったアナスタシアに時間をかけて洗脳する。チャールズに夢中になるように。そして無事婚姻を果たした後、王位を継ぐはずだったアレクセイを事故死に見せかけて殺害する。


 王位継承者を喪ったルクリア帝国、その王に妻となったアナスタシアが夫を次期王に推薦して……チャールズはこの国を乗っ取るつもりだった。第三王子として生まれた彼にとって、華やかな表舞台に立つにはこれしか手段がない。

 見合いの相手がマリアからアナスタシアに変わったのは、チャールズにとっては吉報だった。アナスタシアは兼ねてから、アレクセイを守る魔女になると言っていた。それは国外にも知れ渡っている。だからこそ、そのアナスタシアを罠に嵌める事さえできればアレクセイ暗殺まではたやすい。



「それで、お前があの王子にかけた呪いはまだ解けてはいないんだな?」


「ええ、それは間違いなく」



 アレクセイの、血が止まりにくい病。少しの怪我でも命取りになるそれを、呪いとしてかけたのは、チャールズの命を受けたマーサ他ならない。簡単にアレクセイの命を奪いやすくするために、アレクセイが幼かったころにマーサがかけた。まだアレクセイはそれに苦しめられているはずだ。



「それなら、まだチャンスはある。こうやって帝国の中心部まで潜り込めたんだ……いっそのこと、今王子に手をかけようか?」


「しかし、チャールズ様……城内は人が多く、誰かに目撃される危険性が」


「それを考えるのがお前の役目だろう? それとも、この高潔な血が流れるこの俺に手を汚せという訳か?」


「……いいえ。承知いたしました、必ずやチャールズ様がルクリア帝国の王となれるように、このマーサ、尽力いたします」


「初めからそう言っていればいいんだ。さて、俺はあの姫様を口説く方法でも考えるよ。もう下がれ」


「はっ」



 命じられたまま、マーサはチャールズの部屋から出て自分の部屋に向かう。チャールズの部屋に比べると、ベッドと小さなテーブルだけとこじんまりとしているが、普段劣悪な環境で過ごすマーサからしてみれば天国のような場所だ。真っ暗なレンガ造りの地下室、堅い床にボロキレしかないようなところがマーサの部屋だ。

 ブルーベル公国出身だったマーサは魔女の園を出た後、国に帰った。公国は魔女が少なく、すぐに王室付きの魔女として働き始めることができた。しかしある日……重傷を負った王の母を十分に治療することができなかったマーサは王の反感を買い、冷遇されるようになる。魔女としてではなく、奴隷のような仕事をする日々。そんなマーサに手を差し伸べたのが、チャールズだった。チャールズは魔女であるマーサにこう持ち掛けたのだ。



「ルクリア帝国の王子・アレクセイが死にやすくなるような呪いをかけて欲しい」



 呪いの恐ろしさについて、魔女の園にいたときにこれでもかというほど叩き込まれた。しかし、ひどい生活から抜け出すためには……マーサにはもうこの方法しか残されていなかったのである。



「承知いたしました、チャールズ様」



 マーサはすぐさま、アレクセイに呪いをかけた。その反動は……マーサの目に返ってきた。

 空を見上げる。星が瞬いているが、マーサの目にはどの星が光っているのかよく分からない。呪いをかけてからもう何年も経ったが、目は日に日に悪くなっているような気がする。


 しかし、チャールズの策謀さえ成功すれば……マーサはきっと今以上にいい生活を送れるようになるに違いない。なんて言っても、王専属の魔女になることができるのだから。

 温かいベッドに眠る日を待ちわびながら、マーサは部屋に戻っていった。

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