第8話 魔女の呪いと二人の未来 ②
本当は早朝のうちに国を発つつもりだったのに、アナスタシアの荷づくりが一向に終わらず……終わった頃にはすっかり昼時になっていた。駅まで送っていく予定だった馬車の馬もすっかりくたびれている。
「姉様、もう終わった?」
「うん! もう行ける!」
トランクを従者に預けたアナスタシアは、家族の見送りを受ける。アレクセイをぎゅっと抱きしめて、頭を何度も撫でた。
「いい、アレクセイ。何かあったらすぐに連絡してね、危ないことは絶対にしないこと! いいわね!」
「姉様こそ、危ないことはやめてよね。アメジストさんの話をちゃんと聞くんだよ」
「何でアメジストのいう事聞かなきゃいけないのよ!」
「アメジストさん、姉様のことよろしくね」
「わかった」
「もう! アメジストまで……」
心残りはたくさんあるけれど、アナスタシアは両親に深くお辞儀をして馬車に乗り込もうとしていた。
その時、アメジストが城にある塔のてっぺんから何かがキラリと光るのを見つけていた。いつもは星の瞬きも気にしない彼がそれを見つけたのは、その奥にあるどす黒い闇に気づいてしまったからかもしれない。
「アナスタシア!」
アメジストはアナスタシアの体に覆いかぶさる。それと同時に、その光はまばゆくあたりを照らし始めて、前が見えなくなる。アナスタシアもアメジストも、それが何か分からないまま目を閉じて、過ぎ去るのをただ待っていた。
「アナスタシア、大丈夫?」
「うん……なに、今の」
「分からない」
「……っ! アレクセイは! 大丈夫なの!」
恐る恐る目を開ける、あの光はもうどこにもなく見慣れた景色が広がっている……はずだった。
「……何これ」
見送りに来ていた両親や荷物を運んでいた従者、そして待ちくたびれていた馬でさえも……すべての人が石になっていた。
ただ一人、アレクセイだけを除いては。
「姉様!」
周囲の景色に驚いて腰を抜かしているアレクセイに駆け寄る。アレクセイも何が起きたのか、さっぱりわかっていない様子だ。
「大丈夫? 怪我は……どこか変なところはない?!」
「大丈夫……姉様こそ、無事? アメジストさんは?」
「私たちは平気。何があったのかしら……」
あまりの恐ろしさに、アナスタシアの声が震える。しかし、こんな状況になってしまった今、アレクセイを守ることができるのはアナスタシアだけだ。恐怖を悟られないように、背筋を伸ばす。
「これは、石? お父様もお母様も、石になってしまったの?」
「おそらく……」
「どうしてこんなことに……」
「こんなことできるのは、力のある魔女の呪いしかないわ。でも、この国にここまでのことをできる魔女なんていたかしら?」
「わからない。……どうしよう、姉様」
「落ち着いてアレクセイ。私が何とかするから、とりあえず……他のところも見ていきましょう、もしかしたら私たち以外にも呪いがかかっていない人がいるかもしれない」
アレクセイは不安げながら「わかった」と頷いた。
「行きましょう。アレクセイは、私の後ろをついて歩くのよ。アメジストは……アレクセイの後ろについて。何があってもアレクセイを守るのよ」
その言葉に、アメジストは深く頷いた。
城内をくまなく歩いてみたが、アナスタシア達のように石になっていない人間はいなかった。人間どころか、飼っている動物たちや空を飛んでいた鳥でさえカチコチの石になっている。
「どうして僕たちだけ無事なんだろう……」
「もしかしたら、アレクセイだけは石にならないようかけられた呪いなのかも」
「僕だけ?! それじゃあ、姉様はどうして石になってないの? アメジストさんも……」
「アメジストはもともと【石】だから、石になるような呪いは効果がないのかも。私はアメジストが覆いかぶさってくれたから、助かった。そう考えれば、私たちだけが無事な理由も納得がいく」
「でも、僕だけ残して何の意味が……」
アナスタシアは、バルバラの予言を思い出していた。
「それはきっと、あなたの命を狙うためよ。アレクセイ」
アレクセイは驚きのあまり目を大きく丸める。
「僕の命って……僕を殺して、一体何の意味が」
「アレクセイはこの国の次の国王、国家の転覆を狙う奴にとって十分狙う価値があるわ。その狙っている犯人が誰か分からないけれど」
「そっか……そうなのか」
アレクセイはぼんやりと、「王様になるって大変だ」と呟いていた。
「まずはこうなった原因である、呪いをかけた魔女を探しましょう。闇雲に歩いていても何の解決にはならないわ」
「魔女って言っても、どこにいるの? これだけ城の中を見て回っても、僕たち以外に動いている人間なんていやしないじゃないか」
「あ!!」
突然大きな声をあげるアメジストに、アナスタシアとアレクセイに二人は驚きのあまり飛び上がってしまう。
「な、何よ急に大きな声をだして……! 驚かせないで!」
「思い出した、みんなが石になる前の事」
「ど、どんなことですかアメジストさん!」
アメジストは記憶を遡る。
「塔の上で、何かが光った!」
「光った? そういえば、確かにまぶしい光があったけれど」
「塔って、どこ? アメジストさん覚えてる?」
「うん! あそこ!」
アメジストは自信たっぷりな様子で、窓を乗り出して指さす。その指が指し示す先には……その昔、アナスタシアが目指し、その後のトラウマを作ってしまったあの塔だった。
「……アソコね」
「姉様、大丈夫?」
あれ以来、あの塔には寄り付くことはなかった。箒から落ちてしまった衝撃、その後飛べなくなってしまった自分へのふがいなさ。それを象徴しているのが、あの塔だった。
しかし、現状を打破するためには……あそこに行くしかないようだ。
「行きましょう。アメジスト、アレクセイのことちゃんと守るのよ」
「……分かった」
アレクセイはアナスタシアの手を握る。そこからアナスタシアの不安が伝わっていくようだ……それを拭うように、アナスタシアはにっこりと笑った。
「大丈夫よ。気にしないで」
「でも……」
「早く何とかしないと、アレクセイが危ないでしょ?」
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