第7話 策謀の見合い
第7話 策謀の見合い ①
「……で、あるからして、呪いと言うものはかけられた側だけではなく、かけた方にも重大な副作用が生じてしまいます」
大きな教室中に、エリザベスの声が響き渡る。今日の授業は「呪い」についてだった。かけた対象に災厄をもたらす呪いは、魔女の園では一生涯使わないように指導している。それは道徳的な問題だけではなく、呪いをかけてしまうと……その分、かけた魔女にもしっぺ返しがあるからだ。
その恐ろしさ、アナスタシアはよく知っている。彼女の国の王立美術館には、『魔女の呪い』について描かれた絵画がいくつもある。呪いを受けてしまいドロドロに溶けてしまった人の絵など、目を反らしたくなるような絵の中には……呪いの影響で目も口も耳も失った魔女の絵まで残されているのだ。アナスタシアはそれらを見ながら、絶対に呪いなんて使わない魔女になると心に固く誓っている。
しかし、呪いについて学ばないと……適切な対処ができない。そのため、魔女の園では重点的に呪いについての学びを深めている。
その内容は、アナスタシアも真面目に聞いていた。もし弟・アレクセイが呪われるようなことがあれば……真っ先に対処しなければいけない。背筋を伸ばして聞き入っていた。
「それでは、続きはまた次の授業で。……あぁ、アナスタシア。あなたに手紙が来ていますよ」
「え? ありがとうございます、エリザベス先生」
授業が終わり、エリザベスに呼び止められたアナスタシアは彼女から手紙を受け取る。封筒の裏面を見ると、差出人は故郷の宰相からだ。きっと国絡みの何かだろうと、少し気後れしながら封を切る。
「国から?」
フローレンスの言葉に、アナスタシアは面倒くさそうに頷く。
「今すぐ用意を始めて、帰ってきなさいって」
「また何か記念式典でもあるの?」
「わからない。だって本当にこれしか書いてないんだもの」
そう言って、アナスタシアはフローレンスに手紙を見せる。アナスタシアの言ったとおり、手紙にはその一行しか書いていなかった。アナスタシアはフローレンスが読んだのを確認してから、アナスタシアは手紙をビリビリに破いてごみ箱に捨ててしまう。
「それで、どうするの? 帰るの?」
「帰らないよ! 帰ったところで、面倒なことに巻き込まれるのは目に見えてるもの。そんな時間あるなら、私は勉強して一日も早く立派な魔女に……」
「あ、アナスタシア!」
アナスタシアの言葉を、同い年の見習い魔女が遮る。彼女は少し興奮している様子で、頬が赤い。……またアメジストに何かあったのかと勘ぐっていると、彼女はアナスタシアの腕を掴む。
「も~今度は何?」
「魔女の園の門の前に、すっごい豪華な馬車が停まってるの! あれきっと、アナスタシアの国から来た馬車よ!」
「え……?」
その言葉を聞いたアナスタシアは、少し疑いながらも門へ向かう。そこには野次馬をしに来た見習い魔女がたくさんいたが、彼女たちはアナスタシアが来たことに気づいて、一斉に道をあけた。
「本当だ……」
王家の紋章を付けた馬車が、そこにはあった。馬を何頭も繋がっていて……最上級の出迎えに近い。
「アナスタシア様、お待ちしておりました」
御者が馬車から降り立ち、アナスタシアに向かって恭しく頭を下げる。
「ご機嫌麗しゅう、アナスタシア様。私はアナスタシア様をルクリア帝国まで送り届けるよう仰せつかっております。さあ、早くお乗りください」
「ま、待ってよ! 急にそんな事言われても……」
「国から手紙は届いておりませんか?」
「手紙……」
確かに『今すぐ帰ってこい』という手紙は、たった今届いて破り捨てたばかりだ。こんな展開になるとは予想だにしていなかったアナスタシアは、慌てて自室に戻り、超特急で帰る支度を整えてから馬車に乗り込んだ。
もちろん、不在の間何か起きたら大変なので、アメジストを連れていくのを忘れずに。
以前国に帰った時と同じように、馬車と寝台列車を併用して、ようやっと王都にたどり着いた。疲れの色を見せるアナスタシアだったが、すぐに父である王の元へ向かうよう言われ、重たい足を引きずって向かう。
アメジストには、先に部屋に行って待っているように伝えた。しっかりと頷いていたが……迷わずにたどり着けただろうか? 心配でならない。
「おお、アナスタシア。遅かったな」
父は帰ってくるのを今か今かと待ち構えていた様子で、大きく手を広げ、アナスタシアを抱きしめる。それは母も同じようで、ほっと胸を撫でおろしたような笑みを浮かべていた。
「ただいま帰りました、お父様、お母様」
「待っていたのよ、アナスタシア」
「……何かあったのでしょうか?」
ルクリア帝国に向かっている道中、アナスタシアの胸に不安ばかりが渦巻いた。早く帰ってこいなんていう手紙……何か大変なことが起きたのではないだろうか? もしかしたらアレクセイに何かあったのでは……。そんな良からぬ想像ばかりが頭の中を駆け巡る。恐る恐る両親に聞くと、後ろのドアが大きな音を立てて開く。
「おお、ようやっとアナスタシア様が到着されましたな」
「エルモンド、そうなんだよ!」
エルモンドは、ルクリア帝国の外交を担当している宰相の一人。凄まじい切れ者であると知られていて、王からの信頼も篤い。アナスタシアへ手紙を送ったのも、エルモンドだった。
「一体何があったの?」
「国の一大事にございます、アナスタシア様」
「……一大事?」
「ええ。アナスタシア様、あなたにはブルーベル公国の第三王子と見合いをしていただきます」
「え、え……えぇぇぇえええ!!」
アナスタシアの叫び声が、城中に響き渡った。
***
「ちょっと姉様! お見合い断ったってどういうことなのよ!」
「え、だってぇ~……」
「そのせいで、私に変な役目押し付けられちゃったじゃない! 私だって、結婚もお見合いも絶対しないって言ってたのにその約束破られちゃうし……」
エルモンドの話は、本当に衝撃的だった。
本来ブルーベル公国第三王子・チャールズと見合いをし、ゆくゆく結婚するのは姉であり第三王女のマリアの役割だった。二十四歳のチャールズ王子と、まもなく二十歳になるマリア。年の頃合いも丁度よくて……それはもうずっと前から決まっていたことで、その日が来るのを国中が今か今かと待ちわびていたはず。しかし、その定められていた歯車は、惚れやすいマリアの性格が起因してゆがんでしまった。
マリアはすぐ男性を好きになってしまう悪い癖がある。それも子どもの時からで、父の客人である他国の重鎮や、興行でやってきたかっこいい俳優など……好きなタイプに出会うたびに、ラブレターを書いては送りつけていた。それはまだ幼かったから良かったのであって、こうやって、国際関係にも影響を及ぼすであろう見合いを断るなんて、言語道断なはずだ。
「だって、少将さん……私と結婚してもいいって言ってくださるんだもの」
その性格は大人になってなりを潜める……ということはなかった。以前の記念式典で、憧れていた少将をダンスに誘い出すのを成功させてしまったマリアは、ドンドン押せ押せのスタンスでその少将を口説き落とし……プロポーズまでも成功させてしまった。
「その人も断ってよ~!」
誰も知らぬ間に、深く愛しあう仲になってしまったらしい。マリアが「もし引き離すなら死んでやる」と息巻いたせいで……本来マリアの相手だったチャールズ王子は、アナスタシアの相手になってしまったのだ。
「断ってください! それに、私は誰とも結婚しないと言ったはずです!」
アナスタシアもエルモンドに食って掛かる。
「アナスタシア様! おひとりのまま老いるつもりですか! 私どもは、王女様方全員の幸せをお祈りしているのに……」
エルモンドがわざとらしく、目元の涙を服の袖でぬぐう。
「エルモンドの言うとおりになさい、アナスタシア」
戸惑うアナスタシアの肩に、父が優しく、諭すように手を置く。
「で、でも……」
「別に、合わなかったら断ってしまってもいいからね」
「え?」
「そうですわ。無理に好きになれない相手と一緒になることはありませんよ、アナスタシア」
「まずは会ってみて、そこから考えてもいいんだよ」
両親二人に上手く遣り込められたアナスタシアは、頷くほかなかった。
しかも、心の準備が十分にできることなく……チャールズ王子は明日、この国にやってくるらしい。表向きは、ルクリア帝国王立美術館で行われる『ブルーベル公国の秘宝展』のゲストとして、多くの美術品と共に来訪するという事になっている。
「会うだけって言っても……断るのも悪い気がするし」
「それなら結婚しちゃえばいいじゃない」
元凶でもあるマリアは飄々としていて、アナスタシアのこの状況を楽しんでいるようにも見える。
「だから言ったでしょう? 私は結婚とかそういう事はしないで、立派な魔女としてアレクセイと支えていくって……」
「結婚していてもできるんじゃないかしら? こちらの王家に婿入りしてもらえば」
「できるかもしれないけどさぁ……」
「乗り気じゃないのは……もしかして、気になる殿方でもいるのかしら?」
にやりと口角をあげて笑うマリアの視線を避けるように、アナスタシアは小さくうつむく。そんな事は、絶対にない。しかし、マリアの目に映るアナスタシアは少し違うようだ。
「そう言えば……アーシャ、この前のダンスパーティーの日、珍しくアレクセイ以外の人と踊ってたわね」
「あ、あれは……」
「【魔女鉱石】でしょう? でも、あなたがあんなに嬉しそうに誰かと踊っているの見て、びっくりしたわ」
「びっくりって、そんなに変な事ではないでしょう? 私だってそれなりに誘われたりしてるんだから」
「違うわよ。いつも使命感でギラギラ燃えているアナスタシアが、あんな風に楽しそうに踊るなんて。たとえ相手が【魔女鉱石】だとしても」
「ギラギラって、そんな言い方ないじゃない?」
「だってそうでしょう? アーシャはあの箒の事故以来、アレクセイを守ることばっかり考えていたみたいだから。私たち他の姉弟は、もう少し自分の幸せを考えてもいいんじゃないかってずっと思ってたのよ」
そんなの、初耳だ。思いがけない言葉にアナスタシアが驚いていると、マリアはクスクスと笑う。
「……それとも、あの【魔女鉱石】があなたにとって特別な存在なのかしら?」
「な……っ! そ、そんなわけないじゃない!」
「言っていることと、表情。合ってないわよ」
アナスタシアの顔は、耳まで赤く染まっている。そんな妹の様子を見ているマリアは、とても楽しそうだ。
「……たとえそうだとしても、バルバラ様が」
「バルバラ様? あぁ、魔女の園で一番偉い方ね。その方がどうしたの?」
「魔女と【魔女鉱石】は、絶対に恋人同士になってはいけないって」
「……どうして?」
「え? だって、アメジストは人間のように見えるけれど、本当は【魔女鉱石】なのよ? 石と人間が、恋人同士になんてなれるわけないじゃない?」
「そう思い込んでいるのは、魔女だけなんじゃない?」
マリアはアナスタシアの手を取り、柔らかく包み込む。
「そんな固定概念に縛られずに、もっと心を広く持ちなさい、アナスタシア。あなたのやりたい通りに生きればいいのよ」
「……いっつも自由な姉様には言われたくないわ」
「あら、折角励ましてあげているのに!」
楽しそうに笑うマリアを見ていると、力が抜けていく。自分のやりたいように、生きる。そうするにはまず……見合いを断る必要があった。
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