第8話 魔女の呪いと二人の未来 ⑤


***



「それで、何事もなく終わってよかったよね~」



 ここは魔女の園。今日も少女たちが立派な魔女になるべく勉学に励んでいる。ようやっと魔女の園に帰ってくることができたアナスタシアとアメジスト。いざこざがすべて片付き、ようやっと肩の荷を下ろすことができた。



「本当に。命があって何よりって感じ」



 アナスタシアは深くため息を吐く。


 あれから、色々なことが起きた。二人がキスしたことによって生まれた光は国中を包み込み、あっという間に石になった人は元通りに。しかし、それに気づかないままキスをし続ける二人……唇が離れたのは、異変を感じ取った呪い専門の魔女たちがやって来たときだった。


 そこからは、アナスタシアが立ち入れない領域だった。チャールズは拘束され、醜い瘤が消え去り本来の姿を取り戻したマーサは病院に搬送され……一命をとりとめた。


 チャールズは口を噤んだままだったが、その代わりにマーサが洗いざらいすべて話した。チャールズに脅されて、アレクセイに病の呪いをかけたことも、彼の野望のために帝国に石化の呪いをかけたことも、すべて。二人はルクリア帝国の審判にかけられ、すぐに判決が降りた。

 チャールズ王子はブルーベル公国の王子としての恩情があったのか、極刑は免れ一生涯地下牢に幽閉されることになった。国に帰ることも出来ず外に出ることも出来ず、真っ暗な牢屋の中で死ぬまで過ごすことになる。その判決を聞いたとき、チャールズは薄ら笑いを浮かべていたらしい。

 マーサも、本来であれば同じように牢獄に幽閉されるはずだった。しかし、チャールズ王子に脅されていたことやアナスタシアをその体を張って助けようとした事実が認められたこと、そしてあんな恐ろしい呪いを使ったのに元の姿を取り戻したことに呪いについて研究している魔女たちが興味を示したのか、呪いについての研究施設に引き取られることになった。もちろん、実験体として。それもつらい選択だろうが……マーサは喜んでいたらしい。


 人を傷つけることしかできなかった自分が、誰かの役に立つことができる。それが嬉しかったようだ。もちろん、アレクセイにかけられた呪いも解いてもらうことができた。そのおかげか、アレクセイは健康体を取り戻し、これからは馬や剣術の稽古に励むらしい。その表情は今までに見たことないくらい晴れ晴れとしていた。



「でも一番の変化は……アメジストなんじゃない?」



 そのフローレンスの言葉に、アナスタシアは頷いた。いつも廊下で待っているはずのアメジストが、今、アナスタシアの隣に座っている。アナスタシアが持っている教科書を同じように広げ……授業が始まるのを待っていた。そう、アメジストは魔女の園で授業を受けることが許されたのだ。一人の立派な『魔法使い』として。


 これは、アレクセイの証言があってこそ。ちょっとしたアドバイスで空を飛ぶことができたというアメジストに、バルバラやエリザベスがとある試験を課した。箒で空を飛ぶことだ。箒を渡されたアメジストはそれに跨り、いとも簡単に空に飛びあがった。飛ぶセンスにカギって言えば、主人であるアナスタシアよりもうまい。そのことに、アナスタシアがへそを曲げたこともあった。


 エリザベスは最後まで反対したみたいだが……バルバラがアメジストの熱意に押されたせいか、しぶしぶ諦める形で許可を出してしまったようだ。その前に、バルバラとアメジストが密談していたらしい。やれアメジストがバルバラを脅しただの、バルバラがアメジストに惚れただの色々な噂がたったが、真相は全く異なる。



「調べた、人の形をした【魔女鉱石】の事」



 バルバラの部屋を訪れたアメジストはそう口火をきった。そして、語り始める。アレクセイと見つけた人の形の【魔女鉱石】の真実を。



「だから……アナスタシアに何があっても大丈夫なようになりたい、俺は、ちゃんと学びたい」



 ここまで意欲が高いとは……バルバラも関心してしまう。それからバルバラがつきっきりで文字の勉強をさせて、授業に出ても差し支えのないくらい上達することができた。だから今、アナスタシアの隣に座っている。服装も特別に作られた『男物の制服』を着ていた。真っ黒なそれも、また似合うのが悔しい。



「アナスタシア」



 昨晩、二人はこんな話をしていた。



「明日からあんたも授業だけど、準備できた?」


「もちろん!」



 アレクセイからプレゼントとして贈られたばかりのカバンは、教科書や筆記用具でパンパンに膨らんでいる。



「ねえ、アナスタシア」



 アメジストは改まって、アナスタシアの手を握る。



「俺が、ちゃんとアナスタシアのこと守れるようになるから……気にしないで」


「え?」


「アナスタシアが死んだ後、アナスタシアが大切にしていたものすべて。だから心配しないで、アレクセイの事だけ心配して」


「でも……それは、私の問題でもあるんじゃない? 二人で……考えていこうよ」



 アナスタシアも、彼と向き合うことに決めた。自分の事をその身を張って守ろうとしてくれたアメジスト、何があってもアナスタシアから離れようとしない彼に。


 そして、もしその方法が見つかれば……心置きなく心を寄せ合うことができる。



「それなら、立派な魔女と魔法使いになって……いつか必ず、すべての【魔女鉱石】が幸せになれるように二人で頑張っていこう」


「うん」



 二人で掴んだ、二人の新しい夢。まだアナスタシアは一人で空を飛ぶことができないから、アメジストの力を借りなければいけない。それ以外にも、アメジストがいないとできないことも山ほどある。


 それ以上に、アメジストと離れることは……その身を引き裂かれるくらい辛いものだ。だからこそ、二人の寄りそう未来を模索するほかない。アナスタシアはアメジストの手をぎゅっと握る。

 


 もう離れないように、強く。それに応じるように、アメジストもその手を強く握りしめていた。


 ずっと一緒にいると、約束するように。



~fin~

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飛べない見習い魔女と流れ星のキス indi子 @indigochan

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