第6話 変わり始めた二人の関係と暗黒の予言

第6話 変わり始めた二人の関係と暗黒の予言 ①



「おかえり、アーシャ」


「ただいま、フローラ。待ってね、今お土産出すから」



 記念式典の日程をすべて終えたアナスタシアが、ようやっと魔女の園に帰ってきた。行った時より増えた荷物の中には、全部お土産で詰まっている。そのすべてをフローレンスの手を借りながら開けていく。



「前欲しいって話していた香水買ってきたんだけど、あれ、ないな」



 アナスタシアは鞄を漁っていくが、目当ての物が中々見つからない。



「アメジストが持ってる鞄の中は?」


「え?」


「ほら、一個持ってるじゃない」



 振り返ると、彼も一つ旅行鞄を手にしている。アナスタシアは気まずそうに眉をしかめてから、「それ、貸して」と小さく呟きながら手を伸ばした。アメジストも、恐る恐る近づいて、アナスタシアの手前にその鞄を置いた。



「……ねえ、なんかあったでしょ」



 二人のぎこちなさにピンときたフローレンスが、アナスタシアに囁く。


「な、なにもないけど」



 顔を食い入るように見つめると、アナスタシアの目がふらふらと泳ぐ。それでもフローレンスはそこからそらさずじっと見つめる。先に根負けしたのは、アナスタシアだった。



「もう、分かったってば! ……ちょっと、あんたは外に出てて」


「でも……」


「いいから!」


 

 アナスタシアはアメジストの背中を押して、部屋から追い出す。そして、大きくため息をついた。魔女の園まで帰っている道中、寝台列車や馬車の中、ずっと密室に二人きりだった。それが想像していた以上に気まずくって、ずっと息が詰まって仕方がなかった。ようやっとアメジストから解放されて、アナスタシアがほっと胸をなでおろしていると、ずずっとフローレンスが顔を近づけてきた。



「それで? どうしたの?」


「いや、その……どこから話したらいいのやら」



 アナスタシアは、ダンスパーティーの夜にあった出来事をゆっくりと話し始めた。いつもならどんな人にダンスを誘われても断るのに、アメジストの手を取り一緒に踊ったこと、それが何だか心地よくてでもそれ以上に戸惑ってしまい逃げたこと。そんなアナスタシアをアメジストが追ってきて、そこで……。


 そこまで話すと、アナスタシアの顔がみるみる赤くなっていく。フローレンスはその反応をみて、彼女に何が起きたのか悟った。



「キスされたの?」


「な、何でわかったの!?」


「見てればわかるってば、そんなに顔真っ赤にしちゃって。でも、アナスタシアもよく許したよね……魔力を貰う以外では絶対しないってあれだけ豪語していたのに」


「わかんない……」


「ん?」


「どうして、そのままキスされてたかなんて……」



 アナスタシアは胸に手を置いて、ぎゅっと握りしめる。あの口づけを思い出すたびにきゅんと胸が疼く、どれだけ抑えようとしても、必ず。



「アーシャは、嫌だった?」



 フローレンスは優しくアナスタシアに聞くと、アナスタシアはおずおずと首を横に振った。

 戸惑うし、どうしたらいいのかわからない。それでも、アナスタシアはそのアメジストの口づけは嫌ではなかった。……むしろ、嬉しいくらい。



「ねえ、アーシャ。それってもしかして……」


「そ、それ以上言うのはやめて!」


「なんで? アーシャ、アメジストの事好きなんじゃないの?」」


「……でも、もしそうだとしても、私は……魔女と【魔女鉱石】はそういう関係になっちゃダメなんだって」


「それ、誰かが言ってたの?」



 アナスタシアは唇を噛む。フローレンスはアナスタシアにぎゅっと抱き着いた。優しくポンポンと背中を撫でると、アナスタシアの目から涙が溢れ出した。



「いいんじゃない? たとえ相手が【魔女鉱石】でも」


「でも……」


「ルールとか慣習とか、関係ないよ。大事なのは自分の気持ちだもん」


「……自分の?」


「そう。アーシャが、アメジストのことが好きだって言う気持ち」


「……」


「アーシャ、今日はもう休んだら? 移動だけでも疲れたでしょう? 私、アメジストの事探してくる」


「え?」


「そっちからも話聞きたいしね」



 フローレンスはパタパタと部屋から出て行ってしまう。アナスタシアはもやもや晴れないとした気持ちのまま、ごちゃごちゃと置かれている荷物と一緒に置いて行かれてしまった。



「あ、こんな所にいたの? 探したよ」



 森の近くで、アメジストは小さくうずくまっていた。まるで怒られる直前の子どもみたいだ。



「アーシャから大体話は聞いたよ、すごいことしちゃったね」


「……アナスタシア、怒ってた?」


「ん?」


「帰ってくるときもずっと本読んでて、話してくれないし」


「ああ、それはただ気まずいだけと言うか」



 フローレンスはアメジストの隣に座る。しゅんと肩を落とす姿を見ているだけでは、アナスタシアを口づけだけで翻弄したとは思えない。



「どうだった?」


「……え?」


「アーシャとのキス」



 アメジストは、彼女と触れ合った唇をそっと撫でる。目を閉じて、あの時の感触を思い出す。



「……うれしいと思った」


「……そっか。アメジストは、どうしてキスなんてしたの? だって、二人は魔力の受け渡しの時にしかしないって言ってたのに」


「したかった、ずっと。アナスタシアの役にも立ちたい、けど……それ以外でも、キスしたかったから」


「自分の意志ってことか……。それって、アーシャの事好きってこと? 恋してるってこと?」


「え?」


「アーシャの近くにいてドキドキするとか、触れたいとかキスしたいとか、そういうこと考えるってことなら……」


「これが、『恋』でいいの?」



 アメジストがそう呟くと、フローレンスが何度も何度も激しく頷く。その頬は興奮したように赤くなっていた。



「たぶん、いや、絶対そうだよ! アメジストは、アナスタシアに恋をしたんだって」


「でも」


「ん?」


「……アナスタシアは、俺とは恋人にはなれないって」


「それは……まだ、アーシャの気持ちが固まってないって言うか……時間が経てばきっとなんとかなるよ。だって……」


「だって?」


「アーシャも、アメジストの事、嫌じゃないって思ってるもん」



 フローレンスがにっこりとほほ笑むと、アメジストは安心したように小さく笑みをこぼす。



「でも、あれだよ? たとえアーシャが嫌じゃないって思ってても、ちゃんとキスとするタイミングとかムードとか選ぶんだよ?」


「タイミング? ムード?」


「自分のキスしたい時にだけやっちゃだめってこと。いい?」



 アメジストが深く頷くのと見て、フローレンスも「良し」と首を下げる。そして彼の腕を引いて、部屋で待っているアナスタシアの元に向かった。


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