飛べない見習い魔女と流れ星のキス

indi子

第1話 見つけた! これが私の【魔女鉱石】? ①

第1話 見つけた! これが私の【魔女鉱石】? ①


 たった一つだけ望むものが得られるとしたら、人々は何を求めるのだろう? 富? 名声? それとも……?

 もし叶うなら、大切な人を守ることができる力が欲しい。大切な人がこれから先ずっと幸せに生きていくための力。もしそんな力が手に入ったならば、私はどうなってもかまわない。だからどうか、神様、お星様……偉大な魔女・ヴィクトリア様!


 十五歳のアナスタシアは毎晩、そう星空に向かって願いを込めてから眠っていた。ブロンドの髪が月明かりに冴え、その煌々とした美しさはまるで絵画のようだと評判にもなっている。

 しかし、この夜だけはいつもの儀式とは違う様子で必死に何かを唱えている。その表情は鬼気迫るものがあって、少し近づきにくい。



「どうかどうか、【魔女鉱石】が流れてきますように!」



 ここは魔女を育成する学園・魔女の園。


 魔女として生まれてきた少女たちが日々勉学に励む全寮制の学校。耳に生まれつきの花の模様を象った痣―-【魔女の証】を持った少女たちは、ここで魔法について学んでいる。その花の形は人それぞれ、艶やかなバラだったり、美しい白百合だったり。花の種類によって得意な魔法も違うが、魔女の園では不得意が生じないように成人するまで懇切丁寧に魔法のすべてをたたき込む。

見習い魔女と呼ばれる少女たちの出自も、魔女の証のようにそれぞれ異なる。ある者は貴族出身だったり、またある者は庶民の出だったり……生まれてきた身分に差はあれど、魔女の園の中ではみな等しく学び、協力し合い、楽しそうに過ごしている。

そして、魔女の園は男子禁制だ。たとえ見習い魔女の親や兄弟であっても立ち入ることは許されない、神秘に満ちた場所だった。


先ほどからブツブツと何かを唱えている、マリーゴールドの【魔女の証】を持つアナスタシア。彼女もルクリア帝国という国の第四王女として生まれてきた、れっきとしたお姫様。しかし、ここでは見習い魔女としてみんなと同じように毎日の魔法の勉強に明け暮れていた。


その寮の一室で、彼女は手をかたく組み、何度も何度も夜空に向かって飽きることなく「【魔女鉱石】が流れてきますように!」唱えていた。それには、のっぴきならない理由がある。


 夜の空を流れる星の中にあるのは、願い事を叶えるだけのものではない。その中にはごくまれに、不思議な力を持つ石が紛れ込んでいる。それは【魔女鉱石】と呼ばれていて、魔女の力を蓄える装置でありながら、その力を強めたり、魔女に福音をもたらすとされている。歴史に名を残す魔女たちは必ずそれを持っていたとも語り継がれている。

 今のアナスタシアにとっては、どうしてもどうしても【魔女鉱石】が喉から手が出るほど欲しいものだった。それには、のっぴきならない事情がある。



「次の箒のテスト合格しないと……私、落第になっちゃう!」


「でもアーシャ、都合よく【魔女鉱石】が落ちてくると思う?」



 眠り支度を始めている同室のフローレンスが、眠気まじりな声でアナスタシアにそう声をかけた。レッドヘアーを耳にかけると、イバラの刺々しい【魔女の証】が見える。


 アナスタシアが【魔女鉱石】を求める理由……それは『箒で空を飛ぶため』。箒で空を飛ぶのは、魔女としては基礎中の基礎、出来て当たり前の事でもある。



「でも、今のままじゃ飛べないもん」



 アナスタシアにはその『当たり前』である箒で飛ぶという事ができなかった。しゅんとうつむくアナスタシアを見ながら、フローレンスは今日の授業の事を思い出していた。

 


***



 魔女の園の庭。

そこで、箒にまたがって動かないままのアナスタシアに向かって、恰幅のいいエリザベスは大きなため息をついた。魔女の園の制服である真っ黒のワンピースを着た他の見習い魔女たちも、恐怖で震えあがっている。

エリザベスは、この魔女の園で見習い魔女たちに魔法を教える先生の一人。薬学や薬草学、基本的な呪文、そして、箒を使って空を飛ぶ方法を教えている。

 箒で空を飛ぶのは、魔女にとって初歩中の初歩。幼い見習い魔女でも簡単にできることだったけれど、この魔女の園に来て何年も経つアナスタシアは一向に飛べないまま。そのことについて、もう何度エリザベスがため息をついたのか分からない。



「いつまでそうしているつもりですか? アナスタシア」


「だって……」


「だっても何もありません!」



 エリザベスの声が、庭中に大きく響き渡る。近くの森にいたカラスたちは、その声に驚いて一斉に飛び立っていった。どうしてカラスはあんなに軽々と飛んでいくのに、アナスタシアは浮かびもしないのだろう?

 アナスタシアに魔女としての才能がないわけではない。むしろその逆で、アナスタシアに秘める魔力は申し分なく素晴らしいものだった。それなのに、アナスタシアの足はぴったりと地面に張り付いていて離れない。そのまま大きくジャンプしてもドスンと尻もちをつくだけで、彼女が空を舞うことはなかった。


「いつまでも空を飛べないわけにはいけないのですよ、アナスタシア」


「……」


「箒で空を飛べないと、『遠乗り』に行けないじゃないですか」



 遠乗り。

それは十五歳になった見習い魔女が楽しみにしているイベントであり、必修科目の一つ。みんなで箒に乗って、遠く離れたところにある【深緑の森】に向かい課題をこなしていく。学校を離れてキャンプをしながら過ごすそれを楽しみにしているのは、アナスタシアも同じだった。



「『遠乗り』ができないとなると……わかってますね、アナスタシア」


「な、何がでしょうカ? エリザベスセンセイ」



 アナスタシアの声は強張っていて、カタコトになってしまう。


「進級するには、『遠乗り』は必須です。それに行けないのであれば、アナスタシア、貴女は落第!」


「ら、落第!?」


「そうです! 箒に乗れない限り、ず~~っと落第です! 卒業も出来ません! ですから、来週の飛行術の授業までにか・な・ら・ず飛べるようになること! いいですね!」



 アナスタシアの顔色が、どんどん青くなっていく。箒をぎゅっと握りしめる手が、フローレンスの目にはふるふると震えているように映った。きっと、悔しい思いをしているのだろう、と。だからきっと、練習を一生懸命やって飛べるようになってくれるだろう、と。

 それなのに、部屋に戻ってきてアナスタシアが最初に言った言葉が「【魔女鉱石】を探す!」だった。それにはフローレンスもずるっと肩透かしをくらったような気持ちになったものだ。



「そんな無茶なこと言わないで、少しでも多く練習した方がいいんじゃない?」



 【魔女鉱石】を見つけるのは、どんな希少な植物を見つけるよりも難しい。運と、魔女としての力がないと巡り合えないと言われているのに……アナスタシアときたら無茶ばっかり言う。



「練習したってどうせ飛べないもん!」


「いやいや、がんばろうよ。私、応援するし練習にも付き合うよ」


「でも……」


「空飛ぶの、やっぱり怖いの?」



 その言葉に、アナスタシアは深く頷いた。

彼女が空を飛ぶことが出来ないのは、幼い頃に起きたある事件がトラウマとなって心をむしばんでいるせいだ。何度もそれを忘れようとして、忘却の魔法や薬を使ってみたが成功することなく……その恐怖を抱えたまま今に至っている。

アナスタシアはその日のうちに図書室から【魔女鉱石】に関する本をすべて借りてきて、すぐにそれらすべてを読み切った。



「……新月の真夜中に現れる大きな流れ星、それが【魔女鉱石】である可能性が高いって! この本にそう書いてあるわ」


「……ねえ、本当にそれに賭ける気なの?」


「もちろん!」


「練習した方が早いんじゃないかな、やっぱり」



 フローレンスが箒を渡しても、アナスタシアは受け取らずそのまま部屋の窓の前に座った。これから流れてくる星すべてを逃さないように、じっと食い入るように空を見上げる。幸か不幸か、今日がその新月の夜だった。

 あきれ返ったフローレンスは、歯を磨くために共有の洗面所に向かう。消灯間近なせいか、いつもごったかえしている洗面所は空いていた。


 

「フローレンス」


「ひゃっ!」



 歯磨き粉を絞り出そうとしているフローレンスの背中に、エリザベスが声をかけた。それに驚いたフローレンスは小さく飛び上がる。


「エ、エリザベス先生。何かご用ですか?」


「アナスタシアの様子はどうですか?」



 彼女が空を飛べないと言うことに、気を揉んでいるのはフローレンスだけではない。飛行術を教えているエリザベスも頭を悩ませていた。才能あふれる生徒を、みすみす落第させるのは先生だって心苦しい。



「アナスタシアは、えーと、その……ま、【魔女鉱石】を見つけるって、張り切ってます。飛ぶために……」



 フローレンスが正直にそう伝えると、エリザベスは心底がっかりしたように大きくため息をついた。



「そんなものそう簡単に見つかりっこないですし……見つけたところで、アナスタシア本人が恐怖を克服しない限り無理だと、伝えてください」


「わ、わかりました!」


「そして、二人とも早く寝るように!」


「はい!」



 威厳に満ちているエリザベスは、そのままスタスタと去っていく。エリザベスの小言を聞いて、何だか貧乏くじを引いてばかりのような気がし始めたフローレンスも、さっさと歯を磨いて自分の部屋に戻っていく。そうだ、本来ならば……そのセリフはアナスタシアに言うべきなのに。


 大股で自分の部屋に戻り、大きな音を立ててドアを開ける。語気を強めて、「あのさ」とアナスタシアに声をかけようとしたのに、その声はアナスタシアの歓喜の声と……眩く夜空を駆けていく流れ星の光に阻まれた。



「フローレンス! 見た、今の!?」


「……え、えぇ……そんな」



 あんなに明るい流れ星を生まれて初めて見たフローレンスは言葉を失うが、そんな彼女とは正反対なアナスタシアは喜びのあまり飛び上がる。



「今の流れ星! 私、あんなに大きくって輝いてるのは初めて見た……きっとあれが【魔女鉱石】よ!」



 アナスタシアはフローレンスの手を握って、そのままクルクルと回り始める。事態を飲み込めていないフローレンスはあっという間に目を回して、その場に座り込んだ。



「森に落ちていったわね! 明日、授業が終わったら探しに行ってくる!」


「森へ! そんなの危ないじゃない!」



 授業が終わるのは夕方近く。日が傾いてから森に入るなんて、危険にもほどがある!



「大丈夫。魔女の園の森なんて、私にしてみたら庭のようなものだもん」



 アナスタシアは、ウキウキしながら自分のベッドの中に入っていく。瞬く間に眠りについていた。その様子を見ていたフローレンスはため息をつく、部屋の灯りを消して彼女もベッドの中に潜り込んだ。そして、「明日必ず、アナスタシアについて行こう」と胸に固く誓っていた。森は怖いけれど、友達がもし迷子になってしまったら、さすがにかわいそうだ。



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