第2話 悪夢の試験と突然のキス ④


「あーあ、折角【魔女鉱石】見つけたのに、何の役にも立たなかった」



 アメジストが首をかしげると、アナスタシアはまた大きく息を吐く。胸の中に渦巻くもやもやとした不安を、アメジストにぶつける……これは、ただの八つ当たりだ。



「あんなに苦労して見つけたのに……肝心な時に役に立たなかったら、意味ないじゃん!

「アナスタシア」


「何?!」



 アメジストの手が、アナスタシアの頬に触れる。そのままアメジストは少しかかんで、首を少し傾けたまま……アナスタシアの顔に自分の頭を近づけていく。


 そのまま、二人の唇は触れ合っていた。


アナスタシアが大きく目を見開くのと、周囲の見習い魔女たちが黄色い悲鳴を上げるのは、ほとんど一緒だった。

アメジストの唇は一度少し離れたと思ったら、今度は強く、それを尾押しつけてくる。皮膚の薄い唇からどんどんとアメジストの熱が伝わり、アナスタシアは顔だけじゃなく体全体が熱くなっていくのを感じていた。また唇が離れ、三度目の口づけを施される前に、アナスタシアはアメジストの胸を強く押し、その体を引き離す。



「な、な、な……何のつもりなのよ! こんな大事な時に!」



 緊張して真っ青だったアナスタシアの顔は、先ほどとは異なり真っ赤に染まっていく。アメジストが「だって、バルバラが……」と口を開こうにも、アナスタシアは「バカ! スケベ! 変態! 最悪!」と叫ぶだけで彼の話を聞こうともしない。

 二人の好意にあっけに取られていたエリザベスはふと我に返り、今度はさらに大きな声で怒鳴りつけるようにアナスタシアを呼びつける。



「あー! もう! これでダメだったら。全部あんたのせいにしてやるから!」



 アナスタシアはアメジストを振り切り、イライラした様子でエリザベスの元に向かう。エリザベスも先ほどの様子を見て、呆気に取られている様子だ。



「……あなた達、一体何をしていたんですか?」


「知りません、あれはアメジストが勝手に!」



 ぷりぷりと怒りながら、アナスタシアは箒にまたがり、ぎゅっと目を閉じて脚に力を込める。怒りが大きすぎて、不安や緊張、そして恐怖までもが飛んでいなくなってしまったみたいだ。集中して、ダメもとでもいいから飛んでみよう、そう思って目を開けた瞬間……その目に飛び込んできたのは、見慣れぬ風景だった。



「え……?」



 透き通った青い空と、ゆったりと流れる白い雲。どこまでも果てしなく広がっていく深緑の森、頬を掠めるくらい近くで、飛んでいく鳥。脚をじたばたと動かしても、それに触れるはずの地面がない。


 下を見ると、驚いて口をあんぐりと開くエリザベスに大きく手を振るフローレンス、そして歓声を上げる他の見習い魔女。それらの姿は、とても小さく見える。



「うそ、うそだ……」



 信じることができず、アナスタシアは何度もそう呟く。それでも、体をすり抜けていくさわやかな風とその浮遊感には覚えがあった。少し前かがみになると箒は前に進み、右に傾くとぐるりと右に旋回する。左も、同じように。


 そのまま少し飛び回り、ゆっくりと地上に降りていく。地上が近づくにつれて、空では感じることのできなかった草の香りが近づいてくる。まだ信じられない気持ちのアナスタシアに向かって、フローレンスが飛びついた。



「アーシャ! すごい、すごいよ!」


「私……もしかして、飛んでた?」


「飛んでた! 飛んでたよ!! うー……やったー!!」


 ぎゅっと抱き着いたまま、フローレンスはぴょんぴょんと嬉しそうに飛び上がる。周囲はざわついていて、アナスタシアに向かって「おめでとー!」「すごーい!」呼びかける声が響き渡る。


 エリザベスはわざとらしく咳をして、アナスタシアに近づいた。



「先生、アナスタシア合格ですよね!」


「え、ええ! もちろん」



 エリザベスは取り出した紙に、サラサラと羽ペンで書きこんでいく。そこにはしっかりと、「アナスタシア 合格」と書かれていた。



「……私、合格?」


「アナスタシア!」



 状況をいまいち飲み込めていないアナスタシアに向かって、エリザベスが声を張り上げた。



「は、はい!」


「これをまぐれとせず、継続して空を飛ぶことができるよう練習すること。良いですね」


「……はい!」


 

アナスタシアが満面の笑みを見せると、心配事がなくなったエリザベスも小さく笑みを浮かべる。



「……それよりも」


「ん? 『それよりも』?」



 エリザベスが、きっと眉をしかめてアナスタシアを睨む。



「あなたと、【魔女鉱石】。先ほどの行為は一体なんですか?」


「……あ」



 その言葉に、先ほどの二人の『口づけ』がフラッシュバックする。それはほんのり頬を染めるエリザベスだけではなく、傍にいたフローレンスも同じだったようで……。



「きゃーーー!!!」


「ふ、フローレンス!?」



 初めて見るその行為の刺激が強すぎたせいか、フローレンスはアメジストを見つけた時のようにバタンッと勢いよく倒れ込んでいった。



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