第2話 悪夢の試験と突然のキス ⑤



***



「バルバラに教えてもらった」


「バルバラ『様』と言いなさい」



 医務室で気を失ったフローレンスを寝かせて、アナスタシアとアメジスト、そしてエリザベスによる三者面談が行われていた。アメジストの手元には、バルバラからもらったあの画集がある。



「ヴィクトリアの【魔女鉱石】が……」


「ヴィクトリア『様』と言いなさい、えーっと……」


「アメジスト、です。エリザベス先生」


「ああ、そうでした。アメジスト」



 アメジストが、画集をめくっていく。その手がとまるページには、あの時バルバラが彼に見せたキスシーンの絵画がある。そんな甘酸っぱい行為に慣れていないアナスタシアもエリザベスも、ポッと頬を染める。



「ヴィクトリア『様』の【魔女鉱石】は、口づけでヴィクトリア『様』に魔力を渡していたとバルバラ『様』が言っていたから、同じようにしてみたらと言われた」


「それで、公衆の面前であんな真似を」



 アメジストは頷く。そして小さく付け加えた。



「アナスタシアの役に立ちたかったから」


「え、わ、私の?」


「アナスタシアの役に立ったら、喜んでもらえる。だから『口づけ』した」



 大きく得意げに胸を張るアメジストを見ていると、もう誰も怒ったり文句を言う気持ちにはなれなかった。小さな子どもが親の手伝いをして自慢げになっているのと同じに見えてくる。



「まあ、おこちゃまみたいな見習い魔女達には刺激が強すぎるわね」



 フローレンスの様子を診ていたソフィアが口を挟む。「私は大丈夫だけど」と付け加えるのも忘れない。



「そうですね。あのような行為を見せられるのは、他の見習い魔女たちの教育上良くありません。アナスタシア」


「は、はい!」


「今度から、アメジストと、その……『口づけ』をする時は必ず人目に付かないところですること」


「……えっ?!」


「あと、そのような行為は最低限に。どうしても必要な時だけにすること、いいですね」


「必要な時って言われても、私もうあまりしたくないって言うか」


「あら、キスなんて一度しちゃえば病み付きじゃない」


「ソフィアは少しおだまり。わかりましたか、アナスタシア」



 エリザベスから感じる圧力は、箒で飛べなかった時以上の強さだ。アナスタシアは逆らうことも出来ず、何度も頷く。



「それでは、もう今日は部屋にお戻りなさい。アメジストも連れて」


「はい! 失礼します!」



 アナスタシアはアメジストの腕を掴んで、足早に医務室から出ていく。その背中を見ながらエリザベスは大きく息を吐き、ソフィアはニヤニヤと笑みを浮かべていた。



 わらわらと集まってくる他の見習い魔女たちをかき分けて、二人は自室に戻っていく。どうせみんな、テストに合格したことよりもアナスタシアとアメジストのキスについて根掘り葉掘り聞きたいに決まっている。アナスタシアはうんざりしながらベッドに沈み込む。深呼吸を繰り返しているうちに、溜まっていた疲れがどっと溢れ出した。アメジストは床に座り、あの画集を今度は一からめくり始めていた。



「それ、気に入ったの?」


「うん、気に入った」


「バルバラ様も、アメジストに余計な事教えちゃうんだから……」



 アメジストはきょとんと首を横に傾けた。



「アナスタシアは、嫌だった?」


「ん?」


「『口づけ』」


「はあぁっ! そ、そりゃ……嫌に決まってるじゃない! 好きでもない人と突然キスなんて」


「そう……」



 目の端に映るアメジストは珍しく肩を落とす。そのしょぼくれた姿を見ていると、かわいそうだと思わないことはない。


 ただ……アナスタシアの唇に残る感触が、素直な気持ちを隠してしまう。


かさついたアメジストの唇が薄い皮膚に張り付いた瞬間、混じり合うお互いの呼吸……そして再び触れあった時には、アメジストのそれはしっとりと濡れていてさっきよりもぴったりとアナスタシアの唇に吸い付くように重なり合う。


それを思い出すと、羞恥心だけではなくむすむずとした、今まで感じたことのない感情がぶわっと胸の中を満たす。暖かくて、甘くて……嫌なのに、嫌じゃない。それを言葉で表すことが出来なかったアナスタシアは、ふんっ!とアメジストから視線を逸らした。

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