第1話 見つけた! これが私の【魔女鉱石】? ③


***



「どういう事なのか、説明してもらいましょうか、アナスタシア」



 椅子ではなく地べたに座らされたアナスタシアを、きっとエリザベスは仁王立ちで睨んでいた。その威厳たっぷりな姿は、叱られているアナスタシアだけではなく、野次馬をしに来た他の見習い魔女たちも震え上がらせた。

 気を失ったままのフローレンスがベッドに横たわっており、先ほど紫水晶の中から出てきたあの青年は、魔女の園の保健医であるソフィアによる身体検査がすみずみまで行われている。



「えっと、あの……その」



 しろどもどろになりながら、アナスタシアはその青年を見つけた直後の事を思い出そうとしていた。



「フローレンス!」


 

 まだ気が動転しているが、少しずつ思い出せそうだ。

 あのとき、アナスタシアはバタッと勢いよく倒れ込むフローレンスの元に駆け寄った、フローレンスはうわ言のように何度も「男の人……男の人……」と繰り返していた。



「そ、そっか」



 魔女の園にいる見習い魔女の少女たちの中には、色々と複雑な境遇を持つ場合もある。アナスタシアのように王家出身の者もいれば、フローレンスのように赤ん坊の頃に魔女の園に捨てられていった見習い魔女もいる。後者の場合だと、そのほとんどが今までの生きていた中で『一度も男の人を見たことがない』。初めて見る異性、しかも一糸まとわぬ青年を見てしまったフローレンスの衝撃と言ったら、言葉では表せないくらいの大きさだっただろう。アナスタシアは倒れ込むフローレンスのお腹に手を当てて、念を送る。そして、呪文を唱えた。



「浮かべ(プラーベニ)」



いくばくもしないうちに、フローレンスの体は浮き上がる。



「と、とりあえず……早くフローラを休ませないと」



 魔女の園まで引き返そうとすると、背後からカサリと足音が聞こえた。振り返ると……あの彼がアナスタシアについて行こうとしているではないか!



「あ、あの……! ちょ、ちょっと待って! これ、これ腰に巻いて!」



 アナスタシアは着ていた上着を脱いで、青年の足元に放り投げる。彼はそれを摘まむように拾い上げるが、食い入るように上着を見つめるだけで体を隠そうとはしない。



「あー、もう! 貸して!」



 強引に青年の手から上着を奪い取ったアナスタシアは、その上着を下腹部に当て、背中側で袖を縛っていく。緩むことのないように、しっかりと。

 まるで、小さい弟に世話を焼いているときのようだ。アナスタシアはふと昔の事を思い出すけれど、頭をぶんぶんと振り回す。可愛い弟であるアレクセイは、こんなみっともない格好で外を歩くことはなかった! と。



「とりあえず、私に付いてきて。いい? あの、私の言ってること……分かる?」



 青年は、コクリと頷く。

それを見たアナスタシアは、とまどいながら背を向けて今度こそ森を抜けるために歩き出した。

 森の出口が近づくにつれて、騒がしさが増していく。アナスタシアが踏んだ木の枝がパキッと音を立てて折れた時、それに気づいたのか、バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。



「アナスタシアッ! それに、フローレンスも」

「エリザベス先生」



 エリザベスの額には、うっすらと汗がにじんでいる。駆け寄った勢いそのまま、アナスタシアの肩を掴んで、大きく揺さぶった。アナスタシアの頭が、ぐわんぐわん揺れる。



「貴女たち、大丈夫でしたか? 今森に異変が……って、そ、そちらは?」



 エリザベスの視線が、ふと、アナスタシアの背後に向けられた。そこには彼女の上着を腰に巻いた……ほとんど裸な男の人が立っている。



「いや、えっと……変な人じゃないんです! 私が大きい紫水晶に触れたら、その中から出てきて、それで」


「大きな、紫水晶? ……貴女まさか!」



 エリザベスの大きな声に驚き、アナスタシアの肩がびくりと跳ねる。



「ひとまず、こちらに来なさい」

「え、あ……せ、先生!」



 エリザベスはアナスタシアの腕を掴み、そのまま医務室へ三人を引きずり込んでいった。



「昨晩のあの流れ星、アナスタシアも見たのですね……」



 フローレンスを医務室のベッドに寝かせた後、大きなため息がエリザベスの口から洩れる。アナスタシアは、その言葉に何度も頷いた。



「でも、信じられません。大きな紫水晶の中から……その、彼が出てきたなんて」



 ちらりとエリザベスは【彼】を見た。魔女の園のいたるところからかき集められた服を着せられた彼の姿は、服のサイズも色合いもちぐはぐとしている。しかし、本人はあまり気にしてなさそうだ。まるでその話を疑うような目で見てくるエリザベスに向かって、アナスタシアは「本当なんです!」と繰り返した。それでも、彼女は信じようとはせず諫めるばかりだった。



「でも、アナスタシアの話、あながち嘘ではないかもしれませんよ」



 その二人の間を割り込むように、保健医のソフィアが口を開いた。短めなスカートから伸びるすらりと長い脚、大きく開いた胸元にくっきりと縁取られた赤いルージュ。見習い魔女たちが憧れるくらい、セクシーさは魔女の園随一だ。そんなソフィアが、【彼】の目をうっとりとした表情で覗き込んでいる。



「アナスタシアの肩を持つのはやめてください、ソフィア」

「肩を持ったわけじゃなくって、この人の瞳を見てください」



 深い紫色の瞳を、エリザベスが覗き込む。ソフィアはその目を、鉛筆でコツンと叩いた。



「ソ、ソフィア! 貴女、人の目になんてことを!」



 エリザベスが叫び声をあげると、ソフィアは大きく笑い声をあげる。



「この人の目、石で出来ているんです。おそらく、紫水晶」



 その証拠に、普通なら誰かが目を触ろうとしたら驚いて体を引こうしたり目をつぶったりするのに、【彼】はびくともしない。エリザベスは「まさか……」と驚いたような声をあげた。



「それで……目が石で出来ているならば、目はちゃんと見えているのですか?」


「そこは問題ないかと。さっきまでお二人の様子を食い入るように見つめていましたし。少し診ただけですけど、他の体は私たち人間と大差ありませんわ。心臓は動いているし、体も温かい」


「違うところは、瞳だけ……?」


「そう。瞳だけ紫水晶」


「本当に、あの流れ星が……でも、こんな人間のような形をしている流れ星なんて、聞いたことない」



 エリザベスの動揺は計り知れない。戸惑っている背中を見つめていると、コツン……と杖をつく音が廊下から聞こえてきた。覗き込んでいた見習い魔女たちが、すぐさま道を開け小さくお辞儀をし始める。アナスタシアも立ち上がって、ここに来るであろう人物を待ち構えた。


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