第1話 見つけた! これが私の【魔女鉱石】? ④


「ない話ではないぞ、エリザベスや」


「バルバラ様……」



 魔女の園の園長であり、今存命の魔女の中で最も偉大で博識の魔女・バルバラがゆっくりとその姿を見せた。エリザベスとソフィアの背筋もすっと伸びる。

 バルバラの皺皺になった耳には、ガーベラの【魔女の証】。彼女が最も得意としている魔法は、未来の事を予知すること。この魔法を使えるのは、魔女の中でもごく限られた、選ばれた者だけだ。



「どれ……その者、見せてくれないか?」


「ええ、どうぞ」



 バルバラは【彼】に歩み寄る。手を伸ばして、何かを確認するように頬に触れたり口の中を覗いたり、手を握る。それが終わると、手近な椅子に腰を掛けた。



「アーシャ、コレをどこで見つけたんだい?」


「森の奥深くで……場所とかは、ちょっとわかんないんですけど」


「そう、森で。私たちも、あの流れ星が消えた後、森に探しに行ったのだけど、見つからなくってねえ。まさか、アーシャが見つけることになるとは」



 バルバラは、アナスタシアに向かって「おいで」と呼びつける。歩み寄ると、しわしわになった手でアナスタシアの手を握った。老人とは思えないほど、力強く。



「呼ばれたんだねえ、【魔女鉱石】に」


「まじょ……! それじゃあ、あの人は本当に【魔女鉱石】なんですか」


「そう。私も長く生きていて初めて見たよ、人の形をしているのは。ただ、私のおばあちゃんから話には聞いているよ」



 バルバラが【彼】に視線を向ける、アナスタシアも釣られるようにそちらを見た。【彼】も食い入るように二人を、いや、アナスタシアだけを見つめている。



「昔々……アーシャも聞いたことがあるだろう? 大魔女・ヴィクトリア様の話じゃ」


「はい」



 大魔女・ヴィクトリア。

その昔、この星に落ちてきた巨大な隕石を、その身と引き換えに破壊した救世主として語り継がれている。その名前は、魔女ではない人たちでも崇拝しているくらい有名なもの。


「この世界を守ったヴィクトリア様。私のおばあちゃんはね、ヴィクトリア様の【魔女鉱石】も人の形、それも、アーシャが見つけてきたような男の形をしていたと言っていたんだ」


「うそっ!」


「お前は、私のおばあちゃんの話が信じられないのかい?」



 アナスタシアは曖昧に頷く。それもそのはず、今まで見てきた『大魔女・ヴィクトリアの肖像』に描かれていたヴィクトリアの【魔女鉱石】は、胸元に輝く大きなネックレスの形をしていた。



「ヴィクトリア様だけではないよ、アーシャ。歴史に名を残す魔女たちの【魔女鉱石】は、いずれも人の形をして同じような生活を送っていたんだとさ」


「それじゃ、あの人も……?」


「そう、私たち魔女に福音と力をもたらす【魔女鉱石】なのさ」



 バルバラの言葉に、医務室にいるエリザベスやソフィアだけではなく覗き込んでいた見習い魔女たちもざわめく。それでも、アナスタシアにとってはにわかに信じがたい話だった。



「さて、アナスタシアや」



 バルバラは【彼】の手を取り、アナスタシアのそれに重ねた。ソフィアが言っていた通り、じんわりと温かい。



「……よくお聞き、この【魔女鉱石】はアナスタシアもんだよ」


「え? い、いいんですか!」


「バルバラ様、アナスタシアには手に余るのでは……?」


 エリザベスの言葉に、バルバラは首を横に振った。



「この子が最初に見つけたんだから、この子のもんだ。いいね、アナスタシア。石の力を引き出すのも、どんな風に使うのも、すべては魔女の、お前の技術と裁量次第だ」


「私の?」


「いいことに使うのにも、悪いことに使うにも。アーシャには、こういう魔女になりたいという夢があるだろう?」



 アナスタシアは深く頷いた。アナスタシアの野望、それはこの学園にいるものなら全員知っている。



「……弟が王様になったとき、どんなことがあっても助けてあげることができる魔女になること」


「そうだね。そのために、【魔女鉱石】を使い、そして勉学に励みなさい」


「はい!」


「さて、もう遅い。フローラはまだ目覚めてないのかい、それならもうここで休んでいった方がいいね。頼めるかい、ソフィア」


「ええ。ちゃんと見ておきますから」


「すまないね。……その石にも、部屋をあてがおうかね。エリザベス、これのために、どこか空いている部屋でも用意してもらってもいいかい?」



 エリザベスは腑に落ちていない様子だったが、「はい」としぶしぶながら返事をした。



「アーシャ、聞きたいことがあればいつでもいらっしゃい。私はいつでも部屋で待っているからね」


「はい! ありがとうございますバルバラ様」


「いい子だ、もうお休み」



 アナスタシアは深く頭を下げて、医務室を出ていこうとする。しかし、その背中に……誰かの気配を感じた。



「ひゃあ! な、なに?」



 振り返ると、【彼】が立っている。アナスタシアが動くと同じように動き、アナスタシアが止まるとピタッと止まる。まるでこれは……。



「雛の刷り込みってやつかしらね」



 ソフィアがぼそっと呟くと、アナスタシアは「刷り込み?!」と叫んだ。



「言うでしょう? 卵から生まれたばかりの鳥の雛は、初めて見た動くものを親だと思い込むって言うでしょう? それと一緒で、その人はアナスタシアの事を親かなんかだと思っているんだわ」


「で、でも……部屋に連れていくわけには。ほら、エリザベス先生が部屋作ってくれるっておっしゃっているんだから、そっちで暮らしたら?」



 アナスタシアの言葉に、【彼】は首を横に振った。初めて見せる『人のような反応』に、その様子を見ていた他の見習い魔女や先生方からは、戸惑いと驚きの声が上がった。



「もしかして……私と、一緒にいたい、とか?」



 今度は深く頷く。今度は、「きゃー!」という少女たちの黄色い声が医務室の中に響き渡る。



「しょうがないねぇ、アーシャ。お前の部屋に連れて行っておいき」


「で、でも……! うら若き乙女が男の人と一緒だなんて」



 頬を赤く染めたアナスタシアが言い返すと、鋭い眼光でバルバラがアナスタシアを睨む。そんな目をするバルバラを初めてみたアナスタシアは、びくりと体を震わせた。


「勘違いしてはいけないよ、アナスタシア」


「え……」


「それは【魔女鉱石】、人間でも動物でもない、ただの石だ。それに情を移してはいけないからね」


「は、はい!」


「分かったなら、もうお戻り」


「し、失礼しました!」



 アナスタシアは彼の腕を掴んで、自分の部屋まで走り去っていく。その背中を、三人の先生は心配そうに見つめていた。バルバラは、特に。


 部屋についてしばらくの間、アナスタシアは落ち着かない様子でベッドに座ったり立ち上がったり、部屋の中をくるくると歩き回ったりしていた。フローレンスではなく、拾ったばかりの【彼】がいるということに慣れる気配はない。むしろ、違和感ばかりで居たたまれなくなっていた。



「ねえ」



 アナスタシアが声をかけると、部屋を物珍しそうにキョロキョロと見渡していた【彼】はアナスタシアをじっと見つめた。



「あんた、名前なんていうの?」


「なまえ?」


「ほら、どう呼んだらいいか分からないと困るでしょ? 名前がわからないと」



 ゆっくりと首をかしげる。名前がないどころか、その概念すらわかっていない様子だ。困り切ったアナスタシアは、ため息をつく。



「それなら、私が勝手につけていい?」


「なまえ?」


「そう、あんたの名前。えーっと……」



 名前を付けると言ったものの、アナスタシアにはその経験はなかった。今まで飼ってきたペットの名付けも、姉や弟に取られてしまって出来ずじまいに終わっている。アナスタシアは初めての経験で胸をドキドキと高鳴らせるけども、あまりいい案は出てこない。時計のチクタクという秒針の音が部屋に満ちるくらい、いつもとは違う静けさ。その中で、【彼】はじっとアナスタシアを見つめていた。


あの、深い紫色の瞳で。



「あ……アメジスト、は?」


「あめじすと?」


「ほら、あんた紫水晶の中からでてきたから」



 我ながら、安直な名前の付け方だったなとアナスタシアは肩を落とす。それでも【彼】はその名が気に入ったようで、何度も自分になじませるように「アメジスト」と呟いていた。



「それで、いい?」



 おそるおそる聞くと、彼――アメジストは頷く。アナスタシアは肩の力が抜けた様子で、ほっと息をつく。



「アメジスト」



 アメジストは自分の胸に手をおいて、はっきりとその名を呼ぶ。そして、その手をアナスタシアに差し出して同じように言った。



「アナスタシア」


「え……?」

「アナスタシア」

「そ、そう! 私の名前はアナスタシア。よろしくね」


 アナスタシアはその差し出された手の、指先だけを握った。アメジストは、小さく笑みを作る。


「なに? あんた、笑うとえくぼができるのね」


 その言葉の意味ですら、彼は理解していないようだった。まるで小さな子どものようだと、アナスタシアはぼんやりと考えていた。

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