第5話 ダンスパーティー、心を揺らして

第5話 ダンスパーティー、心を揺らして ①

 大きな旅行鞄を、つばの広いピンク色の花のコサージュが付いた白い帽子。着ている服も、黒を基調とした魔女の園の制服ではなく赤いチェックのワンピース。アナスタシアは玄関で、見送りに来たフローレンスにぎゅっと強く抱き着く。



「じゃ、気を付けてね」


「わかった。お土産買ってくるから、お休みしてる分のノートとか……」


「大丈夫、任せて! アメジストも、よろしくね」



 アナスタシアの隣に立つアメジストは、深く頷いた。彼も今日は適当に寄せ集められた服ではなく……アナスタシアが用意したばかりの、かっちりとしたフォーマルな衣装に身を包んでいる。



「それでは、行ってまいります」


「い、いってきます」


「はーい。いってらっしゃい!」



 フローレンスに見送られて、二人は校門に止まっている馬車に乗り込んだ。これから近くの駅に向かい、寝台列車で二日かけてアナスタシアの故郷であるルクリア帝国に向かう。

 この長い旅が始まったのは……十日ほど前、アナスタシア宛てに届いた一通の手紙がきっかけだ。



「国王即位20周年記念式典? なにそれ」



 アナスタシアに届いた手紙を覗き込んだフローレンスが、アナスタシアにそう問いかける。



「私のお父様が、国王になって20年経ったのを祝うパーティーの事。私にも帰ってきなさいってさ……。私、いやだって言ったんだけどね」


 一度国に帰ると、最低でも2週間は魔女の園に戻ってくることはできない。それでは授業に遅れてしまう。手紙が来るたびに帰りたくない旨を綴って返事を送っていたが、国あげてのお祝い事をアナスタシアの邪険に扱うような態度に両親はそうとうお冠な様子だ。

 ため息をつくアナスタシアに向かって、フローレンスは「親孝行くらいしたら?」と声をかけた。



「いい機会だしさ。20周年式典なんて、とっても豪華で楽しそうだわ」



 フローレンスにも促されたアナスタシアは、もう一度ため息をついてから重い腰を上げる。



「仕方ない、帰るとするか」


「実家に帰るのも久しぶりじゃない? ゆっくりしておいでよ」


「お客さんばっかりでゆっくりできないんだよね。ダンスパーティーとかあるし」


「わ! 王族っぽい」



 フローレンスは楽しそうに声をあげるが、ふとあることを思い出す。



「そうだ。アメジストはどうするの?」


「あ!」



 家族も大臣たちも、アナスタシアは【魔女鉱石】を拾ったことも、しかもそれが男の人の形をしていることは知らない。



「おいていった方がいいかな……なんか、面倒くさくなりそう」


「やだ! アナスタシアと一緒に行く!」



 アナスタシアのその言葉に、アメジストは不服そうに唇を曲げた。



「もー。わがまま言わないで、面倒な事を増やしたくないだけ」


「でもさ、アーシャ」


「なに?」


「……アーシャが国に帰っているうちに、アメジスト、他の人の物になったりして」


「うっ」



 言葉が詰まる。

先日、校庭で派手に宣言した以降アメジストにちょっかいをかける見習い魔女は激減した。それでも、持ち主であるアナスタシアがしばらく不在になると分かれば……またこの騒動が再燃する恐れもあるし、ソフィアがやったような体を使った色仕掛けを企む輩もいるかもしれない。そう思うと、気が気ではなかった。



「……わかった、連れていく」


「やったー!」



 アメジストは両腕をあげて、ニコニコと喜んでいる。その様子を見ながら、アナスタシアも小さく笑みを浮かべた。



「とりあえず……マリア姉様に手紙書いてみる。姉様から、お父様とお母様のお耳にいれてもらうことにするわ」


「厄介なことにならないといいね」


「そうねぇ」



 一抹の不安を抱きながらも、アナスタシアは便箋を探し始めた。



***



 寝台列車の王族専用特別車両と言ってもそこまで快適なものではなく、揺れる車内で二日も過ごすと、体は節々と痛む。首都の駅についてからもまた、迎えの馬車に乗り換える。御者がアメジストを見てぎょっとしたのが少し気になるが……なにか、そこまで大きな問題は起きる気配はない。うん、今のところは。



「いい。私の両親のことは、『王様』『王妃様』って呼ぶのよ。たとえあんたが【魔女鉱石】だとしても、あまりに不敬なことしたら首が飛ぶからね」


「はい」



 アナスタシアは、少し崩れたアメジストのタイを直してあげる。魔女の園から出たことのないアメジストは、生まれて初めて見る城下町の様子が気になって仕方がない様子で、爛々と輝く瞳を窓の外に向ける。



「ルクリア帝国、特に王都は貿易の要所なの。だから、いろいろな国から物が集まるのよ。この国の名物が分からなくなるくらいにね。でも地方では養蚕業が盛んで、私たちが着るドレスかとはそこで採れた絹を使ってるわ」


「ドレス、知ってる。ふわふわした服、バルバラ様からもらった画集で見た」


「ああ、知ってたの。そう、堅苦しいから嫌いなんだけどね」


「アナスタシアも、ドレス着るの?」


「そうよ」



 それが面倒なのだ。ドレスを着たまま目白押しの式典に、パレード、晩餐会。そしてダンスパーティー。開催されるたびに、王女という肩書しか見ていない輩がアナスタシアにダンスの申し込みをする。それを断るのが一番面倒くさい。



「アナスタシアのドレス姿、楽しみにしてる」



 アメジストの言葉はいつだって純粋で、裏表がない。それが、うっぷんの溜まった今は心地よく、アナスタシアは、アメジストに見せるためなら仕方がないと深く頷いた。


 城に着くと、真っ先に両親がいる大広間に向かうように言われた。荷物を執事たちに預け、アナスタシアは慣れた廊下を進んでいく。その途中で何度も、アメジストの姿を見た召使の驚いた声やひそひそとした内緒話が耳に着く。



「……お姉様、ちゃんとお父様とお母様にお話してくれたのかしら?」



 胸には一抹の不安が残る。

アナスタシアは大広間のドアの前に立った。自分とアメジストの身だしなみを整え、その大きなドアを開いた。奥の玉座で、両親が座っているのが見える。だが……二人とも、口をあんぐりと開けて、目なんか零れ落ちそうなくらい大きく見開いている。



「お父様、お母様。ご無沙汰しておりました」


「あ、あ、あ……アナスタシア! そ、その方は一体なんですか!?」


「へ?」



 真っ先に口を開いたのは、母のアレキサンドラだった。叫び声に近いそれは、広間に響き渡る。



「あの、マリア姉様から聞いてませんか?」


「あなたにそんな……両親に紹介するような男がいるなんて聞いておりません!」


「だからぁ! 彼はその……【魔女鉱石】なんです! 私が見つけた!」



 アレキサンドラの声を上回るように、アナスタシアが叫ぶ。アレキサンドラの隣に座る父のニコライは放心状態である。



「ひ、人の形をした【魔女鉱石】なんて、そんな物あるわけないでしょう!」


「本当なんです。もう、どうしようかな……」


「アナスタシア、口づけしようか?」



 言い争いをする二人に割って入るように、アメジストが口を開く。ただ、その言葉は逆効果だった。



「く……口づけですって!? 嫁入り前の娘が……なんて嘆かわしい」


「だから、そんないやらしい目的じゃなくって! 魔力をこっちに渡すための儀式が、たまたまそうなっただけで……!」


「本当にそうなら、お母様に見せてあげたら? アーシャ姉様」



 懐かしい声に、アナスタシアが振り返る。

そこにいたのは、末弟のアレクセイだった。アナスタシアは駆け出して、アレクセイにぎゅっと抱き着く。アレクセイも再会を喜ぶようにアナスタシアの背中に腕を回して抱きしめた。



「アレクセイ、大きくなった? それに、少し声が低くなっているような……」


「当たり前でしょう? 僕だってもう13歳なんだ。背だって伸びるし声変わりだってするよ」


「びっくりしたわ、一気に大人っぽくなって」


「姉様も、しばらく見ないうちに綺麗になったよ。ああ、そうだ。これ、アーシャ姉様から送られてきた手紙で間違いない?」



 アレクセイが差し出した封筒は、確かにアナスタシアがマリアに宛てて送った手紙だった。



「マリア姉様がいつまで経っても封を切らないから、気になって開けちゃったんだ」


「姉様ってば……。お父様とお母様にちゃんと口添えしておいてって書いたのに」


「仕方ないさ、マリア姉様は今夢中になっていることが別にあるんだし……。はい、お父様」



 アレクセイは封筒から手紙を取り出し、父のニコライに渡す。動揺を隠せないままだったニコライは、その手紙を受け取ってじっくりと読み始めた。



「アナスタシア……! お前、また空を飛べるようになったのかい?」


「え、ええ。そこの【魔女鉱石】のおかげで」


「そんな、あのアナスタシアが空を……っ!」



 両親ともに信じられない様子だ。自慢げに胸を張ると、アレクセイが近づいてきてそっと耳打ちをした。



「姉様が箒で飛んでいるところを見せたら、彼が【魔女鉱石】だというのを信じてくれるかもよ」


「え? で、でも……」



 箒で空を飛ぶという事は、アメジストとキスをするという事だ。それを両親に見せるのは恥ずかしいし、何より愛娘のキスシーンと言うショッキングなものだ。しかし、弟は促す。



「百聞は一見に如かずっていうでしょう?」



 そう、微笑みながら。


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