エピローグ

第30話 エピローグ

「……中々凄いことを考えていたんだね」


 カコーン、と猪脅しの音が聞こえる屋敷にて。

 玖珂山智則は、湯呑みを両手で持ち、そう切り出した。


「ふん。それは嫌みかの? 智則よ」


 と、返すのは雪塚蔵人だ。

 そこは雪塚家の本邸。蔵人の私室である和室だ。

 彼らは今、背の低い机を挟み、向かい合わせに座っていた。

 スーツ姿のサラリーマンと、和装を纏うヤクザの組長。


 ――『東の龍』と『西の虎』の、実に二十数年ぶりの対峙だった。


 智則は蔵人に目をやった後、かぶりを振った。


「……そんな気はないよ。私も封魔二十七家の当主の一人だ。父を封魔行で失っているし、君の気持ちは痛いほどよく分かる」


「……ふん」智則の台詞に、蔵人は渋面を浮かべた。

 次いで両腕を組み、友人であり宿敵でもある男に告げる。


「しかし、智則よ。今回は退いたが、儂はまだ諦めた訳やないぞ」


「それも分かっているよ。だけど、三年間は……優月さんが高校を卒業するまでは猶予をくれるんだろ?」


 玉露に口をつけ、息子から受けた報告を智則は確認する。

 蔵人の渋面はますます苦々しいものになった。


「しゃあないやろ。優月にあんな真剣な眼差しでお願いされたら断れんわ」


「ははっ、君も人の親なんだね」


 智則は湯呑みを机の上にコツンと置き、苦笑を浮かべた。

 まあ、娘のいない智則とは、少し感覚は違うかもしれないが。


「ところで蔵人さん」


 と、そこで智則は表情を引き締めた。


「報告にあった葛城という男――いや、葛城一派の行方は……?」


「……あかん。完全に消息不明や。あの日、葛城を含めて二十八人の組員が消えおった。今も篠崎達が探しとるが、恐らくもう日本にはおらんのやろな」


 蔵人の頓挫した計画よりも、ある意味こちらの方が問題だった。

 あんな危険人物を世に放ってしまうとは、とんでもない大失態だ。


「あの連中は儂ら雪塚組が責任をもって捕らえる。他家にはそう伝えたわ」


「……そうか」智則は蔵人の言葉に首肯した。


「そのことも踏まえて私も充分気をつけるよ。する身としてはね。まあ、うちの息子はそれ以上に気をつけているだろうけどさ」


「……ぬうぅ」蔵人が呻く。


「のう智則よ。その話、何とかならんのか。あの子は今も葛城に狙われとるんやぞ。なら人数の多い儂の所の方が安全やろ」


「そうかもしれないけど、これって彼女自身が決めたんだろ? 君から課された命題の答えを探すためにも一度君の元から離れた方がいいって」


「……ぬうぅ」


 再び蔵人は呻いた。よもやこのような事態になろうとは……。


「まあ、そう心配しなくてもいいよ。彼女はうちの息子が守るからさ」


 昔と変わらず飄々とした自分の宿敵は、涼しげな顔でそんなことを宣った。


「……のう智則よ」


 蔵人はしかめっ面を浮かべて智則を睨みつける。


「お前、少し面白がっとらんか?」


「ははっ、そんなことはないよ蔵人さん」


 言って、智則は口角を崩した。


「純粋に嬉しいんだよ。なにせ可愛い娘が出来たからね。私としては万々歳さ」



       ◆



 その日、玖珂山慎也はそわそわしていた。

 さっきからずっと玖珂山宅のリビングの端を行ったり来たりしている。


「……もう。まるで不審者のようね、慎也」


 その様子に、ソファーに座る母さくらは呆れたように呟いた。


「みっともない。そんなにそわそわするのなら最初から迎えにいけばいいのに」


 そして、自分の頬を片手で押さえる。

 対する息子の方は渋面顔だ。


「いや、俺だって最初はそうするつもりだったんだよ。けど、大体の荷物はもうこっちに届いているし、一人でも大丈夫だって言うからさ……」


「……はあ、なんか慎也っていきなり尻に敷かれそうよね。そんなんでこれからの生活ってホントに大丈夫なのかしら?」


 と、嘆息しつつも「でもまあ」と呟き、さくらは笑みを深めた。

 慎也は訝しげに眉根を寄せる。


「何だよ母さん。そんなあくどい笑みをして。ぐふふとか言い出しそうだぞ」


「誰があくどいよ。失礼ね。けど慎也。今は『よくやった』と誉めてあげるわ」


 さくらは悪役顔で笑う。


「三年間の期間限定とはいえ、まさかこんなにも早く義娘むすめと暮らせるなんて!」


「い、いや、義娘むすめって……」


 母の台詞に思わず赤面する慎也。

 ――そう。今日から優月は、三年間限定で玖珂山家にホームステイするのだ。

 これは優月と慎也が相談して決めたことだった。


「あのさ。俺達は真剣に考えたんだぜ。おっさん達を説得するのに、おっさん達の傍にいても答えなんて出ねえだろうし……」


 ――封魔家の未来を共に探すために。

 そんな決意を秘め、慎也は真面目な顔で告げるのだが、さくらの興味は別にあった。


「ふふっ、まあ、それはさておき。ねえ慎也。これからが大変よ。なにしろ女の子と同居ともなれば、シシュン神さまはきっと大盤振る舞いをしてくれるわよ」


 と、いたずらっぽく母は言う。

 すると、慎也の顔が赤く……ではなく、青く染まっていった。


「やめてくれ! もうやめて下さい! シシュン神さま! どうか、どうか大盤振る舞いだけはご容赦を! つうかせめて加減を!」


「……し、慎也? あなた、何かあったの……?」


 突然手を合わせて神に祈る息子に、母は頬を引きつらせた。

 実はあの後、結局たわわな果実が落下してきた事は誰にも言えない秘密だった。


「……色々あったんだよ。色々とさ……」


 げっそりとした表情で呟く慎也。

 と、その時だった。

 ――ピンポーン。


「ッ! インターホンだ!」


「あら、待ちに待った人が来たのかもね」


 母がそう呟く内にも慎也は駆け出していた。インターホンには見向きもせず真直ぐ玄関に向かう。そしてドアを開くと、門の前で佇む長い髪の少女の姿があった。

 慎也が待ち望んだ少女である。

 白いタイトワンピースを着た彼女は、手に大きな鞄を持っていた。


「優月!」


 慎也が少女の名を呼ぶと、優月も少年の姿に気付き、笑みを浮かべた。

 それから楚々たる姿勢でぺこりと頭を下げて挨拶する。


「今日からお世話になります。慎也さま、よろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしく。優月」


 言って、慎也も笑みを浮かべた。




 ……封魔師は報われない。

 そんな世知辛い常識を本当に変えられるのか。

 それは誰にも答えられないことだった。



 だがしかし、いつの日か。

 彼らは、きっと――。



「うん。そんじゃあ頑張ろうぜ! 優月」


「はいっ! 慎也さま」



 そうして二人は歩み出す。

 新たな道を切り拓く。その答えを探すために――。



〈了〉


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ドラゴンダンス ~封魔家業は世知辛い~ 雨宮ソウスケ @amami789

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