第22話 切り拓く道③

「――組長オヤジ!」


 そう叫んで境内に飛び込んできたのは、巨狼に乗る篠崎だった。

 彼は境内の様子を素早く見やり、すでに優月が霊獣を消していることを確認してから、自分の霊獣から降りた。


「すいません。またしても……」


「ふん。気にせんでもええ。優月がこんな無茶をするとは儂も思わんかったわ」


 と、蔵人が答えると同時に、ガサガサと周囲の森がざわめき、次から次へと霊獣を従えた人間達が現れた。周囲を警備していた雪塚組の組員達だ。

 その数はおよそ二十数人。中には佐々木達や葛城の姿もあった。


(……まずいな、これは……)


 この状況に焦りを抱くのは慎也だった。

 完全に周辺を囲まれてしまった。優月のおかげで祭殿の前までに辿りつけたが、果たしてこの連中――特に蔵人が易々と《繭》を開封させてくれるだろうか……。


「(……優月。立てるか?)」


 ともあれ、慎也は腕の中の優月に語りかける。


「(は、はい。立つぐらいなら。けどもうラグは……)」


「(分かっている。後は俺がどうにかするよ)」


 そうやり取りし、優月は疲労した身体を動かし立ち上がった。

 慎也もすっと立ち上がり、棍を強く握りしめる。いつでも龍を顕現する構えだ。


「……ふん」


 その様子を見やり、蔵人は口を開いた。


「そんじゃあ、本題に入ろうかのう」


 篠崎を脇に従えた蔵人が、慎也達にそう告げる。


「まずは初対面の奴もおるしの。軽く自己紹介といくか」


 言って、蔵人は鋭い眼光で慎也を睨みつける。


「儂の名は雪塚蔵人。優月の父親や。小僧。お前は智則の息子でええんか?」


 そう問われ、慎也は躊躇いながらも答える。


「ああ、俺は玖珂山慎也。玖珂山智則の息子だ」


「……ほう。やっぱよう似とるのう」


 あごに手をやり蔵人は呟く。が、すぐに目を細めて、


「いや、案外さくらさんの方に似とるかもしれんのう」


 そんなことを言い出した。


「え……? 母さんを知っているのか?」


 まさか母の方とも面識があったとは思わず、慎也は少し目を丸くする。と、


「――お父さま!」


 隣に立つ優月が不意に声を張り上げた。


「今度こそ教えてください! どうして……どうしてこんなことを!」


 かなり切羽詰まった表情で優月は父を問い質す。

 すると、蔵人は渋面を浮かべた。

 そして腕を組み、しばし瞑想してから……。


「そうやのう。そろそろ話してもええ頃合かもしれんのう」


 と、ポツリと呟いた。

 優月、そして慎也も緊張する。どうやら遂に真相が聞けるようだ。


「ええやろ。儂の計画。お前らにも聞かせてやろう」


 そして蔵人は語り出した。


「儂はな。昔から思っとった。封魔家はあまりにも割にあわんとな」


 組長の言葉に、周囲の組員達は黙り込む。


「本業でもないのに命懸け。しかも時には戦死者も出る。だというのに、誰にもその成果や努力は認められへんのや。儂らはたまたまその家系に生まれただけやぞ。なんでこんなボランティアを強要されなあかんねん。ずっとそう思っとったわ」


 慎也と優月もまた、言葉が出なかった。

 それは、この場にいる封魔師全員の心情でもあった。


「それでも儂は我慢した。奏――優月の母親が死んだ日も必死に耐えた。これも封魔家の宿命やと自分に言い聞かせたんや」


 そう言って、グッと腕に力を手に込める蔵人。

 蔵人の妻も妖に殺された。八年前のある日、突如発生した通り魔事件。その悪意によって《澱みの繭》が一気に肥大化し、霊縄は耐え切れず弾け飛んでしまった。

 そして《繭》から姿を現したのは、想定外の上級妖怪だった。

 たまたまその日の監視担当だった蔵人の妻――雪塚奏は、ほとんど単独で上級妖怪に挑む事態に陥り、結果、救援も間に合わず相討ちの形で命を落としたのである。

 蔵人は双眸を細めて、想いを語り続ける。


「だがのう……奏に続き、彰人の奴まで死んだ時、儂の中の何かが切れてもうたんや」


 彰人の死は奏よりも、さらに悲惨だ。

 あの日、親友は討ちもらした妖を追っていた。しかし、逃走中に知性を得るまでに成長した妖は実に狡猾で、人質に取られた子供の盾になって彰人は死んだ。

 あの雨の日に見た親友の無残な遺体は、蔵人の目に今も強く焼きついている。


「儂は彰人が死んで怖くなったんや。あんなに強かった奏も、天才肌やった彰人もあっさり失のうてしもた。そんなら次は……」


 蔵人は愛娘を見やり、ぼそりと呟く。


「次は、優月の番やないかと思ったんや」


「……お父さま」


 どこか疲れ果てたような父の声に、優月は眉根を落とす。

 蔵人は小さく嘆息しつつ、さらに話を続けた。


「今のままやあかん。いつか優月も失う。儂はそう思った。だからこそ儂は考えたんや。そんでその結論として、ことにしたんや」


「……見せつけるだって?」


 と、反芻し慎也は眉をしかめる。蔵人は慎也を一瞥し、


「ああ、そうや。この国のすべての人間に妖の脅威を見せつける。そのための《大妖》や。伝承やと、あれは一般人でも見えるそうやからの」


 そう告げる蔵人に、慎也はますます眉をしかめた。話の関連性がまるで見えない。


「どうしてそうなるんだよ。妖の姿を一般人に見せても意味なんかないだろ」


 慎也が素直にそう尋ねると、蔵人は「ふん」と鼻で笑った。


「アホウ。意味はあるわい。この国の平和ボケしとる連中に、この国がどんだけ脆い地盤の上に成り立っとるのか思い知らしめられるやろが」


 と、答える蔵人だが、慎也には到底納得できなかった。

 だからこそ、慎也は表情を険しくして反論した。


「そんなの全く意味がねえよ。訳も分からないまま大パニックになって、ただ人が大勢死ぬだけじゃねえかよ」


「そ、そうです! お父さま。そんなもの、八つ当たりと変わりません!」


 と、優月も青ざめた顔で声を上げた。

 しかし、愛娘の意見にも蔵人の意志は揺るがない。


「確かに八つ当たりの感情もあるかもしれん。けどな、儂とて孵化させた《大妖》を放置する気はない。むしろその後のことが重要なんや」


「その後が重要……?」


 優月は眉を寄せた。どうやら話がかなり中核に来たようだ。

 慎也も緊張した表情を見せる。

 そんな二人の様子を察した蔵人は一拍置いてから、神妙な声で告げる。


「……要はな。《大妖》の存在と同時に、今まで裏側にいた儂ら封魔師の存在も見せつけるのが儂の目的なんや。たとえ命を引き換えにしても荒れ狂う《大妖》を大観衆の前で倒す。それがこの計画の肝なんや」


「は、はあ?」


 蔵人の話に、慎也は思わず間の抜けた声を上げた。

 優月も目を丸くして呆気に取られている。


「な、なんでわざわざそんな事をするんだ? それで何がしたいんだよ?」 


 と、困惑した声で慎也が尋ねると、蔵人は苦笑を浮かべた。


「話は最後まで聞け小僧。それに儂の計画にはお前や優月も役割があるんやぞ」


「はあ?」「……えっ」


 再び唖然とする慎也と優月。


「まあ、優月は奏に似て器量よしやからのう。そして小僧。お前は龍舞使いっちゅうのが実にええわ。この『退魔劇』の主役にはもってこいの華やかさやな」


「……退魔、劇?」


 優月が呆然とした表情で、父の言葉を反芻する。

 それに対し、蔵人はおもむろに頷いた。


「ああ、そうや。これは言ってしまえば『演劇』なんや。突如現れた巨大な化けモン。それと戦う謎の集団。まあ、若い連中が好きそうなお題目ではあるが、戦うのが厳ついおっさんばかりやとどうしても『華』がないのが問題でのう」


 そこで蔵人はふっと苦笑した。


「儂らの先頭に立つのは、巫女の少女と龍を従えた少年や。妖には霊力の通ってない攻撃はほとんど効かんからな。苦戦を見計らって登場すればインパクトは相当なモンや」


「あ、あんた、さっきから一体何を言ってんだよ!?」


 慎也はとうとう声を荒らげた。蔵人の意図がまるで分からなかった。

 優月の方は言葉さえない。すると、蔵人はわずかに口角を崩して笑った。


「まあ、当然の反応か。もうちまちました説明も面倒や。結論を言うで」


 言って、ボリボリと頭をかきつつ、蔵人は語り出す。


「儂の目的はな。この国の政府や一般市民に《大妖》の脅威を見せつけて、妖を『災害』の一種として認知させることなんや」


「妖を……『災害』に?」と呆然としたまま、再び反芻する優月。

 蔵人はそんな愛娘を一瞥してから言葉を続けた。


「そんでもって、それら『災害』に対抗する封魔家を『政府公認の組織』として認めさせる。例えるなら……そう。火災に対する消防士のようにのう」


「……しょ、消防士? 封魔師が……? えっ、それってまさか……」


 蔵人の目的に気付き、慎也は愕然とした様子で呟いた。

 対する蔵人は静かに頷き、自分の計画の真の目的を告げる。


「もう大体分かるやろ。要するに儂の目的は、この命懸けの自作自演で封魔師の存在を国と世間に認めさせ、最終的には『職業』として確立させることなんや」

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