第13話 いざ『西』へ③

 ――コツコツ、と。

 革靴を鳴らして、その男はホテルのロビーを急いでいた。

 身長はおよそ百八十センチ。四十代ほどの金髪碧眼の白人男性だ。

 その筋肉質な身体には灰色のスーツを着込んでいる。

 グラハムというのが、彼の名前だった。

 そして彼は連れであるスーツ姿の二名の部下と共に、エレベーターに乗った。

 ゆっくりと扉が閉まる。それを確認した後、エレベーター内が三人だけだったこともあり、そこで初めてグラハムは口を開いた。


「……『ミスター』はすでに部屋に来ているんだな?」


「はい。急な来訪だったため、とりあえず我々の宿泊部屋にお通ししています」


 三人とも白人男性だったため、口から出るのは英語だった。

 グラハムは渋面を浮かべる。


「まったく、あの男はアポも取らんのか。日本人は時間や約束事を重んじると聞くが、あの話はデマだったのか?」


「まあ、個人差もあるのでしょう。それに『ミスター』はあまりにも特殊ですから」


 と、部下の一人がグラハムを宥めた。

 そうこうしている内にも、エレベーターは指定の階に到着した。

 ポンと鳴って扉が開き、グラハム達はその階に降りた。

 そして絨毯の敷かれた廊下を早足で移動する。


「六〇五号室だったな」


「はい。そこでお待ちして頂いています」


 そうやり取りをし、グラハム達は目的の部屋の前に辿り着いた。

 三人の表情に少し緊張が走る。


「では、ノックするぞ」


 グラハムは部下の二人にそう告げると、ドアをノックした。

 すると、中から「どうぞ」と返答が来た。

 グラハムは意を決し、「失礼する」と言ってドアを開けた。


「ああ、グラハム殿。急な訪問申し訳ない」


 と言って出迎えてきたのは、スーツを着た東洋人の青年だった。

 しかし、意外にも使う言語は日本語でも中国語でもなく、英語である。


(きっと、これはこの男なりの配慮なのだろうな)


 グラハムはわずかに苦笑を浮かべる。

 ただ、本場のグラハム達に比べると、かなり格式ばった口調だった。

 正直、言葉遣いが古すぎる。いわゆる基本に忠実すぎる英語という奴だ。


(……なるほど。こういったところはこの男も日本人ということか)


 そんなことを内心で思いつつ、グラハムは部屋に入り――ギョッとした。

 後ろに続く二名の部下も同様の表情を浮かべていた。


「ミ、ミスター……」


 グラハムが東洋人の男の名を呼ぶ。

 すると、『ミスター』と呼ばれた男は小首を傾げた。


「おや、どうかいたしましたかな? グラハム殿」


「……すまないが、室内で霊獣エレメンタル・ビーストを呼び出すのは控えてくれないか」


 緊張を宿した声でそう告げるグラハム。

 その視線は部屋の奥。リビングのソファーの近くでくつろぐ――一頭の獅子に向けられていた。それも本物の獅子よりも二回りはある巨獣だ。


「ああ、これは失礼いたしましたな」


 ミスターは、ふと後ろを振り向く。


「我らにとって式神は家族のようなもの。つい憩いの時間を過ごしていたのです」


 そう告げてミスターは手を獅子に向けた。

 すると、獅子は光と化し、一枚の霊符となってミスターの手の中に納まった。

 そして黒髪の青年はスーツの中に霊符をすっと入れる。


「何度見ても凄いな。君の霊獣エレメンタル・ビーストは……」


 グラハムは喉を鳴らして呟いた。部下二人は言葉も出ない。

 が、その賞賛に対し、ミスターは苦笑を浮かべた。


「いえいえ。私などまだまだ修行中の身。我らが首領ならば、私の獅子よりさらに巨大な白虎を自在に操りますぞ」


「それはまた……怖ろしいな」


 思わず本音を零しつつ、険しい顔つきとなるグラハム。

 が、すぐに表情を改めると、眼前の客人に本題を尋ねる。


「ところでミスター。今日はどういったご用件で?」


「ああ、そうでしたな」


 そう問われたミスターはポンと手を打った。


「申し訳ない。こちらから切り出すべきでしたか。ふむ。実はですね」


 と、そこで一拍置いて、ミスターは告げた。


「今日は、あなた方に『プレゼン』のお知らせをするためにお伺いしたのです」

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