第4話 龍舞の少年と、獣の少女③
藤真市にあるアーケード街の一角。
どこにでもあるファミリーレストランにて、彼ら二人は向かい合わせに座っていた。
玖珂山慎也と――逃走を図った黒髪の少女である。
結局あの後、あんな中途半端な状況では気になって終われず、慎也がどうにか霊力を辿って少女を見つけて補獲(?)したのだった。
そして気恥ずかしさのあまり涙目にまでなっていた少女を宥めること十分。
どうにか少しばかり落ち着いた彼女と共に、ゆっくりと話が出来そうな場所を探してこのファミレスにまでやって来たのだ。
「まあ、とりあえずさ。腹減ってんだろ? 何か頼んでいいよ」
慎也がそう勧めると、少女は少し頬を赤くして返答する。
「……い、いえ、実はお金が……」
どうやら彼女は金銭的に厳しいらしい。慎也は苦笑を浮かべた。
「いや、そんぐらい奢ってやるよ。いいから頼めって」
「け、けど……」
潤んだ瞳で見上げる少女。無意識だと思うが、かなり愛らしい仕種だ。
慎也は少し――いや、かなりドキッとしたが、平静を装い告げる。
「こんぐらい大したことねえさ。君、年下だろ? 先輩風を吹かさせてくれよ」
実際、ファミレスの一食ぐらいたかが知れている。ましてや小柄な少女の食事量。先日こづかいを入手したばかりの慎也にとって恐れるものではない。
慎也はメニューを手に取り、不敵に笑う。
「さあ、どんと頼んでくれ!」
言われ、少女も決意したようだ。
「で、では、お言葉に甘えて」
慎也から受け取ったメニューをじっくりと選別し始める。
そして一分後……。
「じゃ、じゃあこの『リブステーキ』を――」
「おっ、結構がっつりなものだな」
よほどお腹が空いていたのだろう。慎也は水を片手に笑みを零す。
「五人前で」
「――ブッ!」
思わず水も零しそうになった。
「ご、五人前……? そ、そんなに腹が減ってたのか?」
慎也は呆然と目の前の少女を見つめた。
まさか、この小柄な体でそこまで食うとは……。
ちなみに『リブステーキ』は単品で千円程度。慎也のこづかいは月額六千円だ。
(こ、今月のこづかいがほぼ全滅してしまう……)
退魔家業のため、バイトが出来ない慎也にとって、こづかい全滅は戦場で補給路を断たれることに等しい。流石に由々しき事態だ。
しかし、一度吐いた台詞を無様に撤回することなど出来なかった。
――ましてや、こんな美少女の前で!
「す、すいません。実は私、この三日間ほとんど食事してなくて……ラグ――私の式神を維持するのもそろそろ限界なんです」
「そ、そうなのか? そういや、式神は霊力だけじゃなく体力も使うらしいって親父から聞いたことがあるけど……」
「ほ、本当にすみません。お金は後で必ずお返ししますので……」
少女はペコペコと頭を下げていた。それに対し、慎也は再び苦笑を浮かべた。
「いや、いいよ。奢るって言ったし。ほら、早く腹ごしらえして本題に入ろうぜ」
男の甲斐性――見栄とも言う――を以て慎也はそう言い切った。
「……本当にすみません。感謝します」
少女はペコリともう一度頭を下げた。
そして店員を呼んで注文する。小柄な少女に似つかわしくない注文にも店員はスマイルを崩さず応じた。それからしばらくして注文したステーキが届いた。
瞳を輝かせる少女。そして次々と少女の口の中に消えていく注文品。
しかし、ガツガツといった感じではない。
動作の一つ一つに育ちの良さを感じさせる上品な食事だ。
――まあ、食べる速さ自体は、まるで録画の早送りのようではあったが。
(けど、近くで見ると、マジで可愛い子だなぁ……)
と、少女の姿に慎也は内心でにやけてしまう。
整った顔立ちに、温和そうな瞳。毛先を綺麗に揃えた長く艶やかな黒髪には真っ白い
そしてやはり目を引くのはその豊かな胸。華奢な細腕に反比例するかのように、たわわに実ったその果実を前にしては、つい意識がそこに向いてしまう。
慎也は少しだけ視線を逸らした。
(ま、まあ、それはさておき)
手持ち無沙汰のせいもあって、慎也はどうにも落ち着かなかった。
そもそも女の子と二人きりで対峙するという経験自体がほとんどないのだ。
慎也は眉をしかめて思い浮かべる。
今までの人生で、多少なりとも縁があった女の子と言えば……。
(う~ん、一応挙げられるとしたら……三人ぐらいか?)
追試のたびに、仕方がなく放課後に勉強を教えてくれる世話焼きのクラス委員長。
ストリートファイトが生きがいだと公言し、やたらと突っかかってくる凶暴な小学生。
そして、たまに会う玖珂山家の分家筋に当たる愛想のない少女。
パッと思いつくのはこの三人ぐらいだった。
(うわあ、勉強に喧嘩に親戚付き合いだけかよ。俺って本気で女っ気ないよなあ)
しかも、その内の一人は四つも離れた小学生だ。何とも色気のない話である。
水の入ったコップを揺らしながら、慎也は思わず溜息をついてしまう。と、少女がキョトンと首を傾げた。
「……? あの、どうかしましたか?」
「えっ、い、いや、何でもないよ。気にしないでくれ」
慎也は苦笑を零した。と、そうこうしている内に少女は五人前のステーキを平らげてしまった。一息ついた少女を見つめて、慎也はポリポリと頬をかきつつ、
「……少しは落ち着いたかい?」
「はい。とても美味しかったです。ありがとうございました」
そう告げて朗らかな笑顔を見せる少女。慎也もつられて笑う。が、すぐに慎也は面持ちを鋭くした。食事も終えたようだし、そろそろ本題に入るべきだろう。
慎也は少女に尋ねる。
「……で、改めて聞くけど君は何者なんだ?」
対する少女は居ずまいを正した。
「申し遅れました。私の名は雪塚優月。封魔二十七家の一つ――雪塚家の者です」
「……雪塚家? それって西日本方面を担当している封魔家の一つの?」
慎也は眉根を寄せて反芻する。
――封魔二十七家。それは全国各地に点在する封魔師の家系のことだ。
この日本は人間の負の感情を収束し、怪異へと変える特殊な磁場を持つ島国だった。
そして封魔家の目的とは、全国に計九十八箇所ある《澱みの繭》が発生しやすい土地を常に監視し、生み出される妖を退治して人の世を守ることにある。慎也の家系、玖珂山家も二十七家の一つであり、この土地――藤真市の監視者であった。
しかし――。
(なんで雪塚家の人間がここにいるんだ?)
素朴な疑問が慎也の脳裏に浮かぶ。
実は、分家と本家の関係を除き、封魔家同士にはあまり交流がない。精々担当地区が近い家同士で一年に一度会合する程度の付き合いだ。
ましてや西日本方面の封魔家の人間と出会ったのは、これが初めてだった。
どうして東日本方面にある藤真市に遠方の他家の人間がいるのか――。
(まあ、そこはあれこれ考えるよりも聞いた方が早いか……)
思考に没頭しかけた慎也は、かぶりを振った。
そして改めて向かいに座る少女――優月を見据えた。
「どうして君がここに――っと、悪りい。俺も自己紹介しておくよ。玖珂山慎也。歳は十六で高校一年生。この藤真市にある三つの《澱みの繭》を監視する玖珂山家の人間だよ」
すると、優月はポンと両手を叩き、
「あっ、やっぱり年上の方だったんですね。私は十四歳です。今はまだ中学生で、もうじき十五歳になります」
「へえ~。やっぱ中学生だったのか」
慎也はあごに手をやり納得する。
スタイルこそ高校生顔負けのものではあったが、顔立ちが少し幼いのでそうではないかと思っていたのだ。どうやら自分の観察力も捨てたものでもないようだ。
しかし、これにより疑問が深まる。
何故中学生が一人で遠い街にいるのだろうか。
「それで雪塚さんはどうしてこの街に?」
「ええ、そのことですが、その前に私のことは優月とお呼びください。慎也さま」
食事を奢ってもらったことですっかり慎也を『優しい人』と認識したのだろう。
優月は可愛らしい笑顔でそんなことを言う。
「いや、名前で呼ぶのはいいけど……慎也『さま』って……」
これは、もしかして餌付けに成功したということなのだろうか?
慎也はコップの水を一口含み、苦笑を浮かべた。
それにしても、『さま』付けとは想像以上に恥ずかしい呼称だ。
(……まあ、こんな可愛い子に名前で呼ばれること自体は悪い気もしないけどさ)
ともあれ、慎也はポリポリと頬をかきながら尋ねる。
「それじゃあ優月。そろそろ教えて欲しい。君はなんでこの場所にいるんだ?」
「……それは……」
問われ、優月は口を開こうとしたが、ふと止める。
そして一瞬だけ思案してから――。
「すいません。その前に一つだけお聞きしたのですが、玖珂山家当主――玖珂山智則さまはご健在なのでしょうか?」
そんなことを尋ねられ、慎也は少し目を丸くした。
「……智則って親父のことか? 親父なら元気だぞ」
そして独白に近い口調で返答をする。と、優月は目を輝かせた。
「そうですか! では慎也さま!」
優月はテーブルに身を乗り出して顔を近付ける。
そして急接近した美少女に内心ドギマギしている慎也をよそに、彼女は告げた。
「すべてをお話しますので、玖珂山家のご当主さまにお目通り願えないでしょうか」
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