第25話 ぶつかり合う意志②

(さあ、どう攻めるか)


 慎也は龍を右に左にへと舞わせながら、間合いを測っていた。

 相手が格上なのは分かるが、その戦法までは分からない。


(ここは少し探りを入れてみるか)


 そう決断し、慎也は地を蹴って駆けだした!

 構えは平突き。龍の頭突き――《龍頭絶倒》だ。


「……ふん」


 しかし、対する蔵人は一切動じず、刺突の構えを見せた。

 そして龍頭と穂先が真正面から激突し――。


「――なッ!」


 驚愕の声を上げたのは慎也だった。

 牛鬼の巨体さえ吹きとばした慎也の技が、ただの刺突に押し負けたのだ。

 大きくぐらつく慎也。その隙を蔵人は見逃さない。


「ほれ、しっかり受け止めんかい」


 気軽な口調でそう告げて、槍を横薙ぎに振るう。

 そして鋼の槍は、轟音を立てて慎也に襲い掛かった!


「――くッ!」


 慎也は反射的に龍体で身体を覆い、防御の姿勢を取る。

 剛槍が叩きつけられたのは、その直後だった。


(う、うおッ!?)


 慎也は思わず目を剥いた。

 防御の上からも身体の芯を揺らすほどの威力――。

 慎也は踏ん張ることも出来ず、数メートルも吹き飛ばされてしまった。


「し、慎也さま!」


 その光景に、優月の悲鳴が上がる。

 すると、慎也はすぐさま立ち上がり、笑顔を見せた。


「だ、大丈夫だ優月。まだまだこれからだ!」


 と、愛しい少女の前で強がるが、内心では今の攻防に戦慄を抱いていた。


(こ、このおっさん、マジでヤバい。戦法とかそんなレベルじゃねえ……)


 頬に冷や汗まで流れてくる。

 今の攻防。蔵人はまるで本気を出していない。にも拘らず簡単に圧倒されてしまった。

 根本的な実力が全く違う。本気で大人と子供ぐらいの力量差がある。


(マジで親父クラスの怪物だ。探りを入れるとか言ってらんねえ。最初から全力で行かねえと簡単に踏み潰されるような相手だ)


 慎也は静かに喉を鳴らした。改めて戦況の厳しさを思い知る。

 しかし、それでも負ける訳にはいかないのだ。

 ――ここは気迫に呑まれる前に、攻勢に出るしかない!


「うおおおおおおおおおお――ッ!」


 慎也は雄たけびを上げると、再び疾走した。

 勢いよく繰り出すのは同じ技。《龍頭絶倒》だ。ただし、今度は連撃である。

 それを見て、蔵人はつまらなそうに嘆息する。


「……ふん。手数を増やすだけか。芸のない奴やのう」


 そう呟き、槍を木の枝のように振るって連撃を打ち落とす蔵人。

 が、最後の一撃を叩き落とす寸前で軽く目を瞠った。

 突如、慎也が龍頭を回転させ、龍尾が弧を描いて蔵人に襲い掛かったのだ。


「ほほう! それが本命か。中々ええで! けどな」


「――ッ! う、うそだろ!?」


 今度は慎也が目を見開く番だった。

 横から奇襲した龍尾。それを蔵人は素手で受け止めたのである。

 周囲の組員からも「おおお……」と感嘆の声が上がった。

 そして蔵人は、まるで虎の牙のように五指を龍体に食い込ませる。


「あ、あんた、本当に人間か!?」


 慎也の龍は鋼に近い強度だ。それに生身の人間が指を突き刺している。

 まさに目を疑うような光景だった。


「がははっ! それはしょっちゅう言われるのう!」


 そう嘯いて、槍を持つ武人は無造作に龍体を放り投げた。

「う、うわッ!?」それに追従して慎也も吹き飛ばされる――が、「く、くそッ!」と吐き捨てると、空中で姿勢を整え、慎也は即座に持ち直した。

 それから龍を宿す棍を油断なく構えるが、その表情はこの上なく険しい。


「ふん。技量はまだまだやが、活きだけはええ小僧やのう」 


 言って、槍を肩に担いで近付いてくる蔵人。


「……凄っげえ余裕だな。おっさん」


「まあのう。しかし小僧。お前も悪いんやで」


 蔵人は歩みを止め、そんなことを言い出した。

 慎也は眉根を寄せる。


「……どういう意味だよ?」


 疑問を抱き、そう尋ねると、蔵人は「ふん」と鼻を鳴らした。


「儂はお前に二つのハンデをくれてやるつもりやった。一つは式神を使わんこと。もう一つは銃器を使おうとしたことや」


「……はあ?」慎也は唖然とした。「なんで銃器がハンデなんだよ」


 そのもっともな意見に、蔵人はやれやれとかぶりを振った。


「アホウ。ヒントは与えてやったやろ。儂でも素手で龍舞使いの相手はしんどい。ナンボ強力でも銃器は精密機械や。槍ほど頑強やない。銃身さえどうにか壊せれば儂を無手に追い込むことも出来たはずや」


「……あ」その可能性に、慎也は思わず声をもらした。


「お前の技量なら全く無理なことでもないやろ。結局お前は銃にビビって自分でチャンスを潰したんや。まあ、お前の歳でそこまで強かになれっちゅうのも無茶な話か」


「…………」


 蔵人の指摘に慎也は沈黙する。が、しばらくすると、おもむろに息を吐き出した。


「……いや、例えそれに気付いても、俺はやっぱり銃は使わせなかったと思うよ」


「……ほう。なんでや?」


 蔵人はすっと目を細める。少し興味が引かれた。

 すると、慎也は当然とばかりに、こう答えたのだった。


「いや、だってさ。銃だと流れ弾が優月に当たるかもしれないじゃないか」


 蔵人は目を丸くした。

 名前を挙げられ、優月もキョトンとしている。


「そりゃあ、あんたが優月や周りにいる組員達を気にしないなんて考えてないけど、万が一もあるじゃないか。機関銃なんて寸止めも出来ないし」


 と、さらに補足する慎也。

 しばし唖然とする蔵人。しかし、不意に口角を崩し、


「くくくっ、がははははははっ!」


 と、豪快に笑いだした。慎也は困惑する。


「な、何だよ? おっさん? なんでいきなり爆笑してんだよ?」


「くくッ、いやなに。お前ってホンマに智則の息子なんやなぁと思うてな」


 言って、蔵人はブォンと槍を振るう。

 その顔には不敵な笑みを浮かべていた。


「中々面白しろいやっちゃ。けどまあ、残念ながら決闘では手は抜かんけどな」


「……それは当然だろ」


 ハンデまでは許容できても、手を抜かれるのだけは許せない。

 慎也は龍を横に舞わせて棍を構えた。


「それもそやな。戦意を失のうてなくてホッとしたで」


「当たり前だ。まだ始まったばかりだろ」


 ムッとした表情を見せる慎也。それに対し、蔵人は嬉しそうに笑みを深めた。


「ふん。そうやのう」


 そして、蔵人は改めて宣戦布告する。


「そんじゃあ、そろそろ本番と行こうかのう、小僧よ」

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