第七章 ぶつかり合う意志

第24話 ぶつかり合う意志①

 慎也と優月は、ただ呆然として言葉もなかった。

 蔵人も無言のまま佇み、周囲の組員も声を上げない。

 境内は静寂で包まれていた――が、


「これで分かったか優月」


 そんな中、最初に口を開いたのは蔵人の横に控える篠崎だった。


組長オヤジは今の世を変えるつもりなんだ。封魔師が『職業』となれば今よりずっと修行にも専念できる。未熟な封魔師も少なくなり戦死者も抑えられる。逃走した妖の追撃や《繭》の監視にも充分な人手が使え、金銭面でも国から援助を受けられるようになるだろう」


「まっ、そういうことっすよ。オレらは言わば革命の志士っすかね」


 と、篠崎の言葉を継いだのは、周囲から進み出てきた革ジャンの男。

 篠崎の弟分。三匹のハイエナを従えた葛城だった。


「け、けどさ!」慎也は棍を横に振るって叫ぶ。


「そのために一体どんだけの人が死ぬんだよ! 探せば他の方法だってあるだろ! 優月の親父さん! あんたなら政府のお偉いさんとかとパイプを持ってんじゃねえのか? 妖は無理でもそいつらに自分の式神を見せるとかさ!」


 その指摘に、蔵人は慎也を一瞥した。

 それから皮肉気にも見える苦笑を零して。


「ふん。若いのう……智則の息子よ。『仕事』っちゅうのは、需要と供給があってこそ成り立つんや。てきも証明できずに儂らの存在を明かしたりしたら、ただ儂らが危険視されるだけやぞ。儂らの力はちょっとした兵器にも匹敵することを忘れんな」


「………う」


 そう返され、慎也は言葉を詰まらせた。


「ですが、お父さま!」


 今度は優月が叫ぶ。


「封魔師の使命とは妖から人々を守る事です! お父さまのやろうとしている事はその理念に反します! それに《大妖》が相手では雪塚組からも多くの犠牲者が出ます!」


「……無論、それは覚悟の上や」


 対する蔵人は腕を組み、真剣な眼差しで告げる。


「改革っちゅうのは必ずリスクを伴うもんや。その犠牲を無駄にせんためにも儂らは何度も考えた。《大妖》を生み出す時期や他の《繭》への影響。迎え撃つ決死隊の選抜。その後、政府と交渉し、各封魔家を組織として再編することまでな」


 そこで蔵人は一度大きく息を吐いた。


「そんで政府のサポートのもと、最終的には下級妖怪でも一般人に視認できる術か技術を開発し、『職業』として盤石なものにするんや。まあ、流石にその技術の確立には早くとも二~三十年はかかりそうやけどな」


「そ、そんな先のことまで考えて……」


 蔵人の遥か未来まで見据えた計画に、慎也は息を呑んだ。


「け、けどさ、そこまで考えてんなら、なんで他家にも協力を申し出ないんだよ?」


 ふと浮かび上がる疑問。すると、慎也のその問いに答えたのは篠崎だった。


「それはこの計画が失敗した場合も考えてのことだ。失敗すれば我々はただの殺戮者テロリスト。その場合、他家にまで累が及ばないように配慮したんだ」


 と、そこで優月に目をやり、


「優月。これまでお前に計画を話さなかったのもそのためだ。もし計画が失敗すれば最悪の形で封魔家が表舞台に立つことになる。その時、これはあくまで雪塚家のごく一部の暴走だったと世間に思わせるためにな」


 暴走したのはあくまで封魔家の一派だけ。それも極道一家の一部だけだ。

 そう世間に思わせ、他家への批判を極力抑えるための配慮だった。


「まあ、実際は雪塚家総意の計画なんやが、万が一のために計画を企てた連中と、発覚するまで知らんかったフリをする連中で分けとんのや。ただし優月。お前だけは本当にギリギリまで話さんことに決めとった。その偽装もバレる可能性があるからのう」


 と、蔵人が篠崎の言葉を補足した。

 慎也は絶句し、優月はふらふらと後ずさった。


「そ、そんな……」


 もう唖然とするしかない。

 まさか、父がここまで大きな計画を立てていたとは――。


「さて、優月。それに智則の息子よ」


 計画の概要をほぼすべてを語り終えた蔵人は、慎也達に問いかける。


「そんでお前らはどうする? 協力すんのか……それとも」


 蔵人の声に、慎也達は沈黙した。

 封魔師の職業化。蔵人のその根源は身内の死にある。

 これ以上、身内を――愛娘を失いたくないゆえの計画だ。

 正直、心情的には共感できる。

 優月も母や叔父の死には悲しみに暮れた。

 慎也も幼い頃、妖との戦闘で祖父を失った経験がある。

 そんな悲劇をどうにかしたいと願う蔵人の想いは、心から理解できる。

 だが、それでも――。


(……やっぱ譲れないよな)


 慎也はグッと棍を握りしめた。

 この龍を宿す棍は人々を守るために必死に習得した力だ。



『ワシらの力は人を守るためにある。その本質を見失ってはいかんぞ』



 亡き祖父の言葉が胸を打つ。

 ――そう。人の世を守ってこそ封魔師なのだ。

 多くの人々が死ぬと分かっている計画には従えない。

 ここで素直に賛同する訳にはいかなかった。


「優月の親父さん。悪いけど俺は協力できない」


 慎也ははっきりと告げる。


「封魔師は人を守るためにいるんだ。その誇りは譲れない」


「……そうか」


 蔵人は静かに呟く。

 それから何故か嬉しそうに笑う。


「智則の奴は息子をきちんと教育しとるようやの。そんで優月。お前はどうや?」


「私は……」


 ギュッと胸元で片手を握りしめ、優月は答える。


「慎也さまと同じ気持ちです。お父さまには協力できません」


「……ふん。そうか。儂の教育も捨てたもんやなかったか」


 娘にまで反対されても蔵人は動じなかった。この程度は想定の範囲内だ。


「しかしのう。儂の計画にはお前らが必要なんや。さて。互いの意志がぶつかった時の封魔師達がどうやって決着をつけてきたのか。お前らなら知っとるよな?」


 言われ、慎也と優月の表情に緊張が走る。

 周囲に陣取っていた組員達、そして篠崎も顔つきを変えた。


「………決闘か」


 そう答える慎也に、蔵人はふっと口角を崩した。


「そや。まあ、古い習わしという奴やな。ふふっ、思い出すのう。智則との決闘を」


 そう呟いてから、蔵人は慎也達を見やる。


「だが、見たところ、優月にはもう戦う体力は残ってへんやろ。となると」


「……ああ、俺があんたと戦うよ」


 慎也は棍を握りしめ、一歩前に出た。

 すると、優月が青ざめた。


「し、慎也さま! 無茶です! 父は私とは比較にもならないほどの封魔師なんです! 一人で戦うなんて無謀すぎます!」


「分かっているよ優月。俺の親父にさえ匹敵する人だ。勝ち目は薄い。けど、今の俺達には覚悟を決めているこの人達を諭すような代案はない」


 そこで慎也は小さく息を吐き、優月の肩にポンと手を置いた。


「それでも自分の意志を通したいのなら力に頼るしかないんだ。まさにガキの理屈だよ。確かに無茶だけど、優月の親父さんはこっちに合わせて最後のチャンスをくれたのさ」


「……慎也さま。だけど」


「ふん。安心せい」


 と、優月が言葉を詰まらせていると、不意に蔵人が話しかけて来た。


「決闘いうても命までは取らん。それにいくつかのハンデもくれてやるわ。この状況やと到底フェアとは言えんからの」


 その言い草に、慎也は少しカチンときた。


「随分と余裕だなおっさん。負けた時の言い訳かよ?」


「ふん。粋がるなや小僧。力量差が分からんほど未熟でもないやろ」


 と、そこで蔵人はあごに手をやり、ニヤリと笑った。


「そやのう。もし儂が負けたら……いや、儂に膝をつかせることが出来たら、優月をお前の嫁にくれてやるわ」


 そんなことを告げる蔵人。まさに絶対の自信を持つがゆえの台詞だった。

 まあ、蔵人の感覚としてはくだらない冗談の類である。

 しかし、慎也はただ目を丸くして――。



「そ、それマジッすか!? お義父とうさん!? マジなんすか!?」



 それはもう、がっつりと喰いついてきた。

 そこで初めて蔵人は眉をしかめる。


「お、おう。なんやお前。優月に惚れとんのか? ふん。また叶わん恋を――」


 と、言いかけたところで、蔵人は思わず目を剥いた。

 ちらりと視界に入った愛娘の姿。

 蔵人の大切な宝物は、耳まで真っ赤にして俯いていたのだ。


「……な、なん、やと?」


 蔵人は唖然とする。何故、優月が反論もなくあんな表情を……。


「(……おい、篠崎よ)」


 蔵人は隣に控える篠崎に、ぼそりと声をかけた。


「(これはどういうことなんや?)」


「(い、いえ、その、優月お嬢さんもそろそろ年頃ということであって……)」


 と、普段は冷静な篠崎も冷や汗を流しながら問いに答える。

 蔵人はしばし沈黙した後、ギシリと歯を鳴らした。


(……なんつうことや。まさか優月に悪い虫が寄っとったとは……)


 計画にかまけている間に、こんな事態になっていようとは迂闊だった。

 蔵人は悪鬼の形相で慎也を睨みつける。


「……害虫は潰さんとな」


「オ、組長オヤジ! 少し冷静に。あの二人はまだ付き合ってはいないはずです。とりあえずそのことは一旦置いて今は計画に集中して下さい」


「……ぬうぅ」


 最も信頼する若頭にそう諫められ、蔵人は大きく息を吐き出した。


「まあ、ええやろ。それより小僧」


「な、何でしょうか! 義父おやじさん! 早速決闘でしょうか!」


 完全に口調が変わった慎也に蔵人は青筋を立てる。やる気が先程までの比ではないのが伝わってくる。心なしか『おやじ』という単語のニュアンスも変わったような気がする。

 思わず潰したい欲求が湧き出るが、蔵人はどうにか自制した。


「その前にさっきの話の続きや。ともあれハンデをくれてやる。まず儂は式神を使わん」


 その台詞に、慎也と優月は目を見開いた。

 言うまでもなく蔵人は優月と同じ式神使いである。

 だというのに、それを使わないとは……。


「ふん。儂ら封魔師は例外なく霊力で身体強化をしとる。そして儂のそれは接近戦を主体にする封魔師にも劣らんわ」


 言って、蔵人は和装の上半身を勢いよくはだけた。

「う、うお……」慎也は呻き、少し後ずさった。

 上半身が裸になった蔵人の体は、まるで鋼のように鍛え上げられたものだった。

 全身から溢れ出る霊力もまた、生半可なものではない。

 思わず慎也が気後れするのも無理もないだろう。

 ……まあ、腹に巻かれたサラシや、背中から肩辺りまで彫られた猛虎の入れ墨。さらには無数の弾創とか、洒落にもならないモノに腰が引けたというのもあるが。


「なるほど。その体は大した説得力だよ」


 それでも内心の動揺は隠し、慎也は不敵に笑う。


「お誉めに預かり光栄やの。しかし、いくら儂でも素手で龍舞使いの相手はしんどい。悪いが武器ぐらいは使わせてもらうで」


「……好きにしたらいいさ」と、慎也は警戒しつつ答えた。

 封魔家の未来を決めると言っても過言ではないこの決闘。

 勝利は必須だが、少年心としてはやはりハンデマッチは気にくわないのだ。

 力量差は承知しているが、せめてこれぐらいの意地は張りたい。

 すると、蔵人はふっと笑った。


「なら遠慮はせんぞ。――浜口はおるか!」


「へい、組長オヤジ


 そう言って、周囲の人垣から現れたのは四十代の小男だった。

 隣には巨大なガマ型の霊獣を従えている。まるでくたびれた中年サラリーマンのような風貌なのだが、この場にいる以上、彼も雪塚組の組員の一人なのだろう。


「この浜口の式神は便利でのう。色んな物を収納できんのや」


 と、蔵人が浜口の能力を語る。慎也は「なるほど」と納得した。

 察するにこの浜口という男が蔵人の武器を出すと言うことか。


(確かこのおっさんって、親父と戦った時はドスを持っていたんだよな。なら、ここで出てくるのは日本刀か、槍ってとこか……)


 もしくは意表をついて金棒のような鈍器かもしれない。

 まあ、いずれにしろ、普段お目にかかれない危険な武器には違いないだろう。


(さて、何が出てくるんだ……)


 慎也は真剣な眼差しで蔵人を見据えた。

 そして、蔵人はおもむろに告げる。


「浜口。儂の重機関銃M60を出せい」


「へい、組長オヤジ


 ……………………………………………。

 …………………………………。

 …………………え?


「――ファッ!? ちょ、ちょっと待ってお義父とうさん!?」


 思わず慎也は青ざめて絶叫した。

 本当にお目にかかれない武器の登場を前にして叫ばずにはいられなかった。

 すると、蔵人は不愉快そうに慎也を睨みつけて。


「なんじゃい? さっき武器は使うてもええって言うとったやろ」


「いやいやいや!? それは武器じゃない! 兵器っす! お義父さん! 武器はもう少し封魔師っぽいチョイスでお願いします!」


 ダラダラと溢れ出てくる脂汗。大ガマの口から、ニョキッと出ている黒い銃身をガン見しつつ、もはや形振り構わず必死に懇願する慎也。

 それに対し、蔵人は渋面を浮かべた。


「注文の多い奴やのう。儂としてはこれもんやが……」


 蔵人は再度浜口に指示を出す。


「まぁ構わんわ。浜口。儂の槍を出せい」


「へい、組長オヤジ


 浜口がそう答えると、彼の大ガマは口を開き、槍を舌で掴んで取り出した。

 蔵人はその槍を受け取ると、ブォンと土煙が舞うほどの勢いで横に薙ぐ。


「ふん。ええ調子や」蔵人はニヤリと笑った。「これでええんやろ、小僧」


「あ、ああ、それでいいよ」


 慎也は内心でホッとしつつ頷いた。

 対し、蔵人はズンと石突きを地面に突き立て宣告する。


「さて小僧。おさらいするぞ。この決闘。儂の勝利条件はお前を降参させるか、気絶させて戦闘不能にすることや。で、儂が勝ったら素直に協力してもらうで」


「……ああ、了解だ」


 慎也は棍の先に龍を顕現させて承諾する。

 蔵人は言葉を続けた。


「そんでお前の勝利条件は儂に膝をつかせること。ただそれだけでええ。もし、お前が勝ったら今回に限りお前の判断に従ったるわ」


「それも了解だ。けど、俺の方は随分と甘い条件なんだな」


 慎也は間合いを取りつつ皮肉気に笑う。

 すると、蔵人の方も同じような笑みを浮かべた。


「当然や。儂を誰やと思っとる。小僧ごときが対等と思うなや」


 それから槍を引き抜き、横に振るう。

 戦闘前の緊迫を感じ取り、慎也は表情を改める。


「さあ、存分にかかってこいや小僧!」


 そして雄々しく吠える蔵人。

 その雄たけびこそが、決戦の火蓋を切ったのだった。

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