第12話 いざ『西』へ②
「ふふっ、慎也、あなた今、シシュン神さまが降りているわよ」
時刻は朝の八時半頃。
朝食を終えた後、智則の和室にて母さくらがそんなことを言ってきた。
慎也が眉をしかめて尋ねる。
「誰だよ、そのやたらと『シ』が多い奴は。どっかの神さまか?」
現在、この和室には四人の人間がいた。
並んで正座する智則とさくら。その向かい側に慎也と優月だ。
昨晩の会談とまるっきり同じ構図だった。
「思春期の頃だけに降りてくる神さまよ。主にラッキースケベを司るのよ」
そう言って、クスクスと上品に笑うさくら。
「試しに優月ちゃんをあなたの部屋に向かわせてみたけど、まさに効果抜群ね。流石はシシュン神さまだわ」
そんなことを言われ、今朝の出来事を思い出し、慎也と優月は顔を赤くした。
さくらは再び、クスクスと笑う。
やたらと面白がる妻の様子に、智則は苦笑を浮かべつつ、
「まあ、シシュン神さまはともかく本題に入ろう。慎也、私に話があるんだろ?」
と、息子に問いかける。
慎也は表情を改めて頷く。隣に座る優月も真剣な表情だ。
「ああ、親父。昨日の話の続きだ」
と、前置きしてから、慎也は自分の意志を告げる。
「昨日の親父の決定は理解できるよ。けど、納得は出来ねえよ。やっぱり《大妖》が生まれるかも知んねえのに静観するなんて納得いかねえ。それを見過ごしたら、もう封魔家の存在そのものに意味がなくなる気がするんだ。それに……」
そこで慎也は優月を一瞥して告げる。
「俺は優月の力になってやりたいんだ。その、女の子が泣く姿は見たくないし」
「……慎也さま」
優月は慎也の横顔を見つめた。
すると、黙って話を聞いていた智則が、ふっと苦笑を浮かべた。
「何やら最後の台詞こそが本音のようにも聞こえたが、まぁいいか」
智則は真剣な眼差しで告げる。
「確かにお前の言う通りだ。《大妖》の存在を見過ごすようなら、封魔家など意味がない。しかし、『西』のメンツを潰す訳にもいかないのもまた事実なんだ」
智則は慎也の顔を見据えて言った。
「そこでだ。慎也。玖珂山家の当主として密命を下す」
慎也は眉根を寄せた。
「……密命だって?」
「ああ、そうだ。『西』のメンツを立てるため、私は動かない。その代わりお前が『西』に出向き、雪塚家の実状を探れ。そしてその計画が危険だと判断した時は阻止するんだ」
智則は玖珂山家の当主として言葉を続ける。
「お前はまだ家督を継いでいない。多少ならば融通は効くだろう」
「若いのが義侠心で先走っただけってことか。まあ、親父が動いていないのなら、確かに大目にみてくれそうだけど……」
そこで慎也は少し口籠った。
それは最悪の場合、優月の父親と自分が戦うことになるのではないのだろうか。
――父、智則にも匹敵するという封魔師と。
すると息子の心情を察したのか、智則はニヤリと笑い、
「まあ、頑張れ」
と、無責任なエールを贈ってきた。
「男には越えなきゃならない壁があるものさ。それに今回の件を別にしてもこれは絶対避けられないことだと思うぞ。慎也。お前、彼女のこと本気なんだろ?」
「……む、むむ」
最後に小さくそう告げられ、グウの音も出ない慎也だった。
と、その時、慎也の右手が温かな手に包まれた。
「……慎也さま」
不安げな眼差しを向ける優月の手だ。
その瞳を見た途端、慎也はすべての覚悟を決めた。
すっと居ずまいを正し、智則に頭を下げる。
「分かりました。密命お受けいたします」
「……そうか。頼んだぞ慎也」
智則は目を細めて頷いた。
それから隣に座るさくらに視線を向け、
「とりあえず出発は急いだ方がいいだろう。さくらさん。優月さんがいつまでも制服だというのもまずいだろうし、今日の午前中に彼女の服を用意できるかな」
すると、さくらはパアッと表情を輝かせて答えた。
「ええ、まかせておいて智則さん! ……ああ……。
うっとりした顔で頬に片手を置くさくら。
「……俺、どれだけ親にモテないと思われてんだよ。いい加減泣くぞ」
と、肩をがっくりと落とす慎也。一方、その隣では優月がひたすら慌てていた。
「お、お父さま、お母さま。私、今持ち合わせがほとんどなくて服なんて……」
「気にしない気にしない。プレゼントもまた
言って、さくらはクスクスと笑った。
次いで困惑する優月の手を引き、二人して一階へと降りていった。
これから早速出かけるつもりなのだろう。
残されたのは男二人だ。
しばし互いの顔を見合って沈黙する親子。
そして、不意に智則はふっと笑い、
「まあ、頑張れよ。慎也」
「ああ、分かったよ。親父」
再度贈られた父のエールに、慎也はただ苦笑を浮かべて応えるのだった。
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