第15話 いざ『西』へ⑤
「へえ~……ここが風霧市か」
と、慎也が背を伸ばして感嘆じみた声で呟く。
関西某所にある風霧市。
新幹線を使い、ようやく到着した時、時刻はすでに午後四時を過ぎていた。
黒いサックにバットケース。愛用の紺色のコートに、白を基調にしたパーカーと黒いジーンズを身につけた慎也は、実にもの珍しそうに周囲を見渡した。
駅前であるこの場所は、かなり混雑した場所だった。
雑多なビルに飲食店。少し離れた所にはショッピングモールも見える。
車道には信号待ちしているバスや乗用車が多数あり、一方、歩道にも人通りが多く、時間帯のせいか特に中高生らしき姿が目立った。賑やかな声が聞こえてくる。
慎也は再び「へえ~」と感嘆の声をもらした。
「西日本方面には初めて来たけど、関東とあまり変わらないんだな」
「まあ、同じ日本の街ですし」
隣に立つ優月が笑みを浮かべて、そう告げる。
「うん、それもそっか」
ははっと笑って、慎也は優月を見やる。
彼女は今、私服だった。
慎也とよく似たデザインの白いパーカーと、短めの黒いプリッツスカート。
午前中にさくらが用意した服だ。優月はその下に元から履いていた黒いストッキングを身につけ、背中にはウォンバットをモチーフにしたサックを背負っていた。
さくら本人としては、もっと女の子らしい服を選ぼうとしていたそうだが、流石に一戦交えるかもしれない状況。結局、優月自身が動きやすいカジュアルな服を選んだそうだ。
ただし、スカートだけは、さくらがせめてもと押し通したらしいが。
(……けど、優月はどんな格好でも可愛いなぁ)
と、表面上ではキリッとした顔を見せつつ、内面ではにやける慎也。
ともあれ、いつまでも突っ立っていても始まらない。
慎也は優月に提案する。
「とりあえず落ち着いた場所で今後の話をするか」
「はい。そうですね」と、優月も同意する。
そして二人は近くのファーストフード店に足を向けた。
――それから十分後。
「ところでさ。ここには優月の実家はないんだろ?」
と、ハンバーガーを頬張りながら、慎也が尋ねる。
初めての街。初めての店だというのに馴染みの味というのは不思議な感じだ。
すると、優月は両手で掴んでいたシェイクのストローから唇を離して、
「はい。私の実家があるのはこの街の隣になります」
そう前置きしてから、神妙な声でこう告げた。
「ここに来ることを勧めたのは確認したいことがあったからです」
「……そうか」
ハンバーガーを一旦トレイに置き、慎也も表情を鋭くする。
「一体、ここには何があるんだ?」
そう尋ねる慎也に対し、優月は居住いを正して会話を切り出した。
「実はこの地には雪塚家が監視する《繭》の内の一つがあるんです」
「……《繭》? それって今、《大妖》が生まれようとしているのとは別の?」
と、訝しげに問う慎也に、優月はこくんと頷いた。
「慎也さまもご存じだと思いますが、《澱みの繭》は場所によって成長速度が違います。ここにある《繭》は雪塚家が監視する中で、裏山にあるものと並ぶほど成長が速いんです」
そう言われ、慎也はあごに手をやった。慎也も三つの《繭》を監視する玖珂山家の人間だ。勿論、《繭》の成長速度に違いがあることはよく知っていた。
だが、どうして今、目的の《繭》以外の話を……。
(あっ、もしかして)
慎也は何となくピンとくる。
「なあ、優月。もしかしてここに来たのって、他の《繭》がどんな状態になっているか確認するためか?」
優月がその目で異常を確認した《繭》は一つだけだ。
しかし、だからといって異常なのはその一つだけと思うのは甘い考えだろう。
慎也のその推測に、優月は真剣な面持ちで頷いた。
「ええ、その通りです。ただ、すべての《繭》で《大妖》を孵化させるとは考えにくいと思っています。管理も容易ではありませんし、恐らく本命は裏山のモノだけだと思います」
そこで優月は眉根を寄せた。
「それでもここに来たのは、本命が失敗した時の予備を用意している気がしたんです。私の父は意外と慎重な人ですから……」
「なるほど。その予備の可能性が一番高いのが、この街にある《繭》ってことか」
と、慎也は理解する。
要するに、本丸に乗り込む前に、予備を潰しておこうという考えらしい。
「それに、もし《繭》の監視役とかいるのなら情報収集にもなるし一石二鳥だな」
得心のいった慎也は再びハンバーガーを手に取り、口の中へと運ぶ。
そして完全に呑み込むと、優月を見やり、
「それで、その《繭》はどこにあるんだ?」
と、尋ねる慎也に、優月は真剣な眼差しで告げた。
「このすぐ近くです。雪塚家が管理する廃ビルにその《繭》はあります」
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