第6話 玖珂山家の事情②

 玖珂山家のリビング。

 木製の背の低い四角いテーブルに黒いソファー。大型テレビが置かれた部屋。

 キッチンが見える間取りになっており、近くにはダイニングテーブルも置いてある――これまた実に一般家庭らしい部屋にて。


「はい。どうぞ優月ちゃん」


 熱いお茶が注がれた湯呑みをテーブルの上に置くさくら。


「ありがとうございます。お母さま」


 それに対し、優月はペコリとお辞儀をする。

 彼女は今、座布団をフローリングに敷いて正座していた。

 一応ソファーを勧めたのだが、断固として受け入れなかったのだ。仕方がなく慎也も優月に倣い、座布団の上で胡坐をかいている状況だ。


「いつもならもうじき親父が帰ってくる頃だよ。もう少し待ってくれ」


 壁の時計をちらりと見て、慎也がそう告げる。

 時刻は八時前。何もなければそろそろ父が帰宅する時間だ。


「すみません。ご迷惑をおかけして……」


 と、優月が口を開いたその時、不意にインターホンが鳴った。


「あら。智則さんが帰って来たようね」


 そう呟いて、さくらは玄関に向かった。

 母の去った方向に慎也が目をやると、「ただいま~」「おかえりなさい」といつものやり取りが聞こえてくる。母と――父の声だ。


「うん。どうやら親父が帰って来たみたいだな」


「は、はい……」慎也の呟きに、優月は緊張した面持ちで答える。


「そんな緊張しなくていいよ。見た目も性格も普通のおっさんだし」


「そ、そうなのですか……?」


 と、会話する慎也達。

 一方、両親は中々リビングに来ない。耳を澄ますと「実はお客さんが」とか「雪塚家の」とかの会話が聞こえる。恐らく母が優月のことを伝えているのだろう。

 そうして数分後、ようやく父と母がリビングにやって来た。


「やあ、いらっしゃい。君が雪塚優月さんだね」


 にこやかな声と笑顔でそう告げたのは、慎也の父――玖珂山智則だ。

 茶色いコートを片手に、グレイのスーツを身に付けた眼鏡のサラリーマン。

 それが智則の姿だった。やや病弱にも見える痩身すぎる身体といい、とても封魔二十七家の当主の一人には見えない風貌だ。


「私の名前は玖珂山智則。慎也の父だよ。よろしく」


 そして軽く頭を下げる智則。それに対し、優月は慌てて立ち上がる。


「申し遅れました、お父さま。雪塚優月と申します。こちらこそよろしくお願いします」


 と、礼儀正しくお辞儀する優月。

 すると、智則は目を見開き、片手で口元を押さえた。


「おおォ……『お義父とうさま』か……。よもやそう呼ばれる日が来ようとは……」


 ふらふらと智則は後ずさる。そして不意に優月達に背を見せると、眼鏡を外して目がしらを指で押さえた。細みの肩が少しだけ震えている。


「……亡き父よ、先代達よ。玖珂山家はもう私の息子の代で終わりになるのかな~と内心案じておりましたが、まだ希望が持てそうです」


 と、何やら涙ぐんで呟く智則に、さくらが小さな声で語りかける。


「(いえ、まだそう思うのは早計よ、智則さん。ここは私達で外堀も内堀も本丸も埋めて、確実に優月ちゃんを確保しないと。これは多分最初で最後のチャンスだわ)」


「(……ああ、確かにそうだな、さくらさん)」


 真剣な面持ちで頷き、智則は妻の意見に同意する。


「(これは奇跡にも等しい。まさしく千年に一度きりのチャンスだ。こんなチャンスを慎也の生涯に二度も期待するのはあまりにも酷だろう)」


 と、息子の将来性をこの上なく酷評しつつ、小さく頷き合う玖珂山夫妻。

 それから智則は、再び慎也達の方へ振り向いた。


「さて、優月さん。妻から聞いたが、私に話があるそうだね」


「は、はい。実は……」


 不自然なまでに優しい笑みを浮かべる智則に緊張しつつも優月はそう答える。

 すると、智則は手を前に突き出した。

 キョトンとした表情を浮かべる少女に対し、玖珂山家の当主は告げる。


「うん。どうやら込み入った話になりそうだし、その話は私の部屋で聞こうか」

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