33 Day 4


 銃を構え、狙いを定め、引き金を引く。

 何てことは無い、いつもの射撃の手順であったが、自衛隊員の斉藤はこの動作の向こう――標的が元「人間」である事を思い出しては、自分の手に嫌な汗が滲んでいる事を実感していた。

 バリケード代わりに並べられたバスの屋根から斉藤は射撃を続けていた。散発的な銃声と、あわただしく周囲を歩き回る自衛隊員たちを見ながら、ここで起きている状況をもう一度、深く整理しようとしていた。


 斉藤の後ろにあるのは、関越自動車道の関越トンネル出入り口だ。ここを守るのが自衛隊と県警に課せられた任務であったが、状況は時間を追うごとに悪くなっていくばかりだった。

 トンネル前の自動車道には、放棄された車両が連なっており、その隙間を縫うようにゾンビの大群が押し寄せていた。避難中に襲われてゾンビになった者や、都心部から来た者、そして埼玉・群馬県内で感染した周辺住民なども含んでいる。

 初めは、見つけたゾンビを射殺して、一箇所に集めて遺体を焼却処分するほどの余裕があったし、ゾンビ達の合間を縫って脱出してきた避難民もいた。しかし、時間を追う毎にゾンビの数は増えていき、生存者も見る事は無くなった。偵察ヘリが届く情報では、そのゾンビの数は数百から数千単位にまで膨れ上がっている。そのすべてを、未だ無事な新潟県内に入れないよう阻止を続けていたが、別の問題も浮上していた。


「弾だ、弾はあるか!?」

「もう残り少ない、よく狙って撃て!」

 斉藤の周りでは、そんなやり取りが頻繁に続いていた。ゾンビを撃つ為の弾薬が、不足を始めていたのだ。

 元々、昨日から一年の演習で撃つ量を遥かに超える弾薬が投入されていたが、小銃や機関銃用の弾薬にも限りがあり、備蓄分も不足してきていた。補給トラックの到着も遅れており、銃声も散発的になりつつあった。警察に至っては、所持している拳銃の殆どが弾切れとなっており戦闘継続が不可能となり、早々に新潟県側へと撤退するほか無かった。

 斉藤は弾切れになった89式小銃から、空の弾倉を引き抜いて、腰の弾倉ポーチへと手を伸ばした。30発の5.56mm弾が装填されている弾倉も、残り2本を切っていた。周囲の隊員にも目を向けるが、誰もが同じような状況だった。


「防衛線を下げろ!後退だ!」

 指揮官からの指示が飛び、斉藤はバスの屋根から下りると指示されたライン――トンネル出入り口まで数十メートル先――まで後退した。すでに撤収の準備が始まっており、輸送トラックに隊員たちが乗り込み始めている。

「とうとうアレが始まるぞ」

 斉藤の隣にいた同僚が、険しい顔を浮かべながら呟いた。

 アレ、とは関越トンネルの爆破作戦であった。すでに、新潟側へ向かう他のルートはトンネルや崖の爆破と言った封鎖作戦が行われ厳重に閉鎖されていた。首都圏から安全地帯へ向かえる、陸路のルートはこれだけしか残っておらず、爆破は最後の手段であった。

 キャタピラの音を鳴らしながら、戦車が後退を始めてトンネルの内部へと入っていく。その周りでは、施設化の隊員たちが、爆破の準備を忙しなく続けていた。


 バリケードにしていたバスの向こうから、よろよろとした足取りでゾンビたちが現れていく。数人、十数人、数十人とその数は増していく。斉藤は伏射の姿勢を取ると、89式小銃のバイポッドを展開させ、狙いを定めた。

 セミオートの射撃を続ける。のろのろと歩いているゾンビに命中させるのは、簡単な事だろうと斉藤をはじめ、多くの隊員たちが思っていたが、現実はそう甘くは無かった。ゾンビを倒すためには頭部の上半分――脳の破壊か、首や背骨が千切れるような痛撃を与えるほかなかった。おまけに、ゾンビは歩いて常に移動しており、映画のように百発百中で始末するのは難しかった。身体こそ当たれど、倒れる事も死ぬことも無く進んでくるゾンビに弾薬は浪費される一方だった。

 ――狙撃銃でもあればな。

 無いものねだりをする一方で、斉藤の隣にあった装甲車のM2重機関銃は、短い連射を続けてゾンビを効率的に破壊していた。12.7mmの大口径弾は、ゾンビの体を容易くバラバラにし、一撃で倒せない場合でも、相当のダメージを与える事が出来た。しかし、頼み綱の.50口径もすでに弾薬は残り僅かとなっていた。


 1弾倉使ってゾンビを10体ほど始末した所で、斉藤は最後の弾倉と交換した。残る武器は腰からぶら下げた銃剣だけだ。周りの隊員も同じような状況で、すでに銃を発砲できずに下がり始める者まで出始めていた。ゾンビ達は薄くなった弾幕の中で、徐々に数を増しながらトンネルを目指し始めていた。

「施設化の連中はまだか!?」

「弾が切れたぞ!」

「着剣だ、着剣しろ!」

 混乱と恐怖が、隊員たちを支配しようとしていた。すでにゾンビ達は距離を詰め始め、すでに濁り切った死者の目をはっきりと捉えられる距離になり、隊員たちはじりじりと後退していく。

 斉藤は立ち上がると、89式小銃の引き金を二度、三度引き絞った。先頭に迫っていたソンビ――ラフな格好の若い女性だったもの――の顔面に弾丸が命中するが、頬に当たり、肉片と片耳を吹き飛ばしただけで、停止せずに両手を突き出して迫り続ける。心の中で焦りながら、斉藤はようやく引き金を引いて脳天を吹き飛ばした。

 その瞬間、周りの隊員たちが一斉に後退を始めた、大声で「撤退しろ」との声が響き渡る。斉藤は振り返ると、急いで走ってトラックに飛び乗った。トンネルへ向け、装甲車やトラックが一斉に走って駆け込んでいく。


 空が天井で覆い隠され、トンネル内のライトに照らされる中、轟音と共に爆発音が鳴り響いた。施設化の隊員によって仕掛けられた爆弾が、トンネルの天井を吹き飛ばし、土砂と石が降り注ぐ。土煙に巻かれながらも、斉藤たちを乗せたトラックはスピードを上げて新潟方面へと走っていく。

 心臓が早鐘のように鳴るのを感じながら、斉藤は逃げ帰る自分達の姿に不甲斐なさを感じつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る