04 Day 1
どうなってんだ、これは。
事件の匂いを嗅ぎ付けて、山の手線のある駅へとやってきた駆け出しの新聞社カメラマン、大田が見た光景は予想を上回るものだった。駅前には大量のパトカーや救急車などの緊急車両、そして警察官と野次馬で溢れていた。すでに大手テレビ会社と思われるカメラ班やレポーターも見受けられている。
大田が最初に聞いた情報は、車内での殺人事件で山の手線が全て運行停止した――という内容だった。それだけでも十分にセンセーショナルな物であったが、さらに追加で入ってきた情報では「複数名の死者が出た」「怪我人も多数続出」というもので、事件の情報は雪だるまのように増えていった。特ダネとして抑えなければならない、そんな使命感に駆られるほどの大事件だった。タクシーで10分程度の距離にいた大田に本社から指示が出た事、そして当の大田が別の案件でカメラなどの機材を抱えていた事は幸運であった。
到着する頃には、駅は警察の手で封鎖されており中での撮影は早々に諦めたが、まだ線路側から当該車両を撮影する事は可能であった。大田は、すぐに撮影できるポイントを抑えると、そこに三脚を広げてファインダーを覗いた。
駅のホームに停車している車両そのものには、何ら異常は無かった。しかし、線路から見える事件の現場――問題の車両だけは別であった。車両の窓ガラスにはべったりと血が張り付いていた。それも一箇所だけではない、二箇所、三箇所と広範囲に渡って血が付着している。まるで赤い塗料の入ったバケツを、豪快にぶちまけたような広がり方だった。
凄惨な光景に思わず息を呑むが、大田は構わずカメラのシャッターを押し続けた。しばらくしていると、警察官がブルーシートを持ち出し、車両を人々の視線から覆い隠した。思わず大田は舌打ちするが、今度は駅の前に立って写真を撮ろうと思い直した。すぐに三脚を畳み、カメラを抱えて場所を変更する。
改札の前は人だかりが出来ていた。警察が封鎖をしようとし、駅員や警察官が辺りを右往左往している。野次馬の波を掻き分けながら、大田は手を上へ伸ばしてカメラのシャッターを押し続けた。
大田はふと、自分が子供だった頃に起きた地下鉄でのテロ事件を思い出していた。あの事件の時も、こんな感じだったのだろうか、という気持ちになる。平成最後の時代を揺るがす大事件の現場に立っている――そう考え、大田の気持ちは昂ぶり始めていた。
駅の構内から、救急隊員に付き添われて手足や顔などに包帯を巻いた駅員や乗客が救急車で運ばれていく。包帯には血がうっすらとにじんでおり、多くの人は顔を苦悶の表情でゆがめている。
警察官が次々と駅の構内へと入り込んでいく。慌しい雰囲気の現場を一通り撮影し終えた大田は、ようやくカメラを下げた。
大田の近くには、テレビ局のリポーターがカメラを前に中継を続けている。その生声が、大田の耳にも僅かに届いた。
「えー警察からの情報によりますと、現時点で死者は2名、4名が重体、ほか多数の軽症者が出た模様です。犯人は素手で襲い掛かり、噛み付いて攻撃してきたとの情報もあり――」
とんでもねえ事件だ、と大田は改めて息を呑んだ。この大都会のど真ん中、あんな大量の血をぶちまけるような殺人が、白昼堂々電車の中で繰り広げられた事に驚きを隠せなかった。
次の瞬間、駅の構内から乾いた破裂音が響き渡った。
一瞬、多くの人々が何の音かと身構えた。聞き間違いでなければ、銃声のような音だったと周囲の人々は思ったていたが、その疑念は立て続けに鳴り響いた複数の発砲音で確信へと変わった。
「銃声です!たった今、駅から銃声が鳴り響きました、警官が慌しく駅の構内へと突入していきます!!」
ざわめきとアナウンサーの大声に一瞬だけ呆然としたが、大田は全身にアドレナリンがくまなく駆け巡る感覚に襲われながら、再度カメラを構えてシャッターを無心に切り続けた。
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