07 Day 1
そんなバカな。医師の芹沢は、頭を抱えたくなった。
都内の総合病院、そこで勤務している芹沢は、警察官と共に運ばれてきた奇妙な患者の対応に追われていた。病院の全スタッフが、この異常事態に呑み込まれようとしていた。
運び込まれた患者の大半は、午前に発生した件の「傷害事件」の被害者だった。しかし、その傷は刃物や銃などによる物ではなかった、全てが「人間による噛み傷」であった。それだけでも異常なぐらいだったが、例外なく、その傷で運ばれてきた患者は傷の程度によらず、同じ症状を訴えた。
頭痛と発熱。
何らかの感染症か、と医師が見解を示す中、最初の一人――事件の現場で犯人に右腕の肉を深く噛み千切られた駅員――が昏睡状態に陥り、死亡した。
そして、蘇った。
手近にいた看護師の一人が噛まれ、駆けつけた病院スタッフや警官によって何とか押さえつけられ、ベッドに縛りつけられたそれは、もはや生物学上死んでいる“物”だった。それでも、口からはうめき声を上げ、その身体は緩慢ながら強い力で動き続けていた。まるで獲物を求める動物のように――
連鎖するように、運び込まれた同様の傷を負ったすべての患者が死亡し、蘇ったところで事態は未だ誰1人として経験したことの無い惨事になったと理解した。それと同時に、患者を押さえつけるために負傷した看護師や警官も、同じような初期症状を訴えはじめていた。
とりあえず、患者が暴れないようにベッドへと固定し、噛まれた者も同じ処置を行うという形でその場をまとめ、医師たちは緊急のミーティングを開いていた。
芹沢もその場に招集された。
しかし、ミーティングは埒が明かなかった。前例のない症状、わからない原因、そして感染が起こっているとしか思えない状況。
医師たちの話は結論が出ずに堂々巡りをしている状態であったが、判っている事はいくつか存在していた。一つ、患者は攻撃的になること、二つ、心拍が停止し、臓器が活動をしていないにも関わらず動くこと、三つ、噛まれた人間は時間を置いてから同じ状態になる事。導かれる結論は信じられないがシンプルなものだった、だが、誰もがそれを認めていない。
「どう見たってあれは生きている状態だ、そもそも死んでなどいないのではないか?そういう症状であるとか」
「……脈も無いし、心臓も止まっている。なのに、何でだ?何故この患者は生きているんだ?」
短い沈黙が場を支配する。この場にいる誰もが、脳裏に浮かんだ単語を、口にしようと思わなかった。それだけは、誰もが考えたくなかった。
「……ゾンビだ」
芹沢は押し殺すように呟いた。
「あるわけない、存在する筈が無い、そんなものが……現れたんだ」
「芹沢、もし仮にあれがゾンビであるのなら、大変な事だぞ」
同僚が芹沢に追及する、この期に及んで、まだ皆は現実から目を逸らし続けているようだった。芹沢は声を荒げた。
「あれをゾンビと呼ばずして何と呼ぶんだ!脈もない心臓も停止している臓器は機能していない、だが動き、人を食らい、その傷口から感染する」
そこまで言い放った所で、芹沢は恐怖に頭を支配されそうになった。
「もうすでに感染は拡大している」
芹沢は、状況を整理しながら、この状況から逃げ出したくなった。都内には幾つの病院があるだろうか?もしこの仮説レベルの話が、実際に起こり得るとしたら?同じ結論に至る病院がどれだけあるのか?もし、噛まれた人間が治療を受けずにそのまま日常生活を送り続けようとしていたら?
起こる結果は目に見えている。この小さな島国は未知の恐怖で満たされたバスタブへ放り込まれようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます