36 Day 5

 まるで戦争中の難民キャンプのようだ。

 目の前に広がる光景を見ながら、炊き出しボランティアの男、常森は思わずそんな言葉を脳裏でつぶやいていた。彼は長いこと、災害時にボランティアとして活動していた。新潟の中越地震の時もそうであったし、3.11の東北大震災の時もそうであった。しかし、彼が見ている現状は不謹慎ながらそう思わざるを得ない状況であった。


 彼がいるのは、新潟の十日町にある避難所だった。数日前から、関東から脱出してきた避難民たちを安全が保たれている新潟側へ移送する作戦が行われており、市の野球場や運動場、体育館等が避難民の収容場所として開放されていた。

 もっとも、仮説住宅といった豪華なものを用意できるような余裕も無い上に収容できる人数にも限界があった。彼のいる中学校はまだ屋内運動場が使用できたため、雨風は凌げたが、中には自衛隊や有志のボランティアの用意したテントで野宿をする人や、避難で使ってきた車で車中泊をする物もいた。

 トドメに物資の不足である。すでに新潟県内のスーパーやコンビニは軒並み品切れ状態となり、物流が止まった事で県内で備蓄されている食料を食いつぶしている状態であった。ガソリンが無くなるのも時間の問題であった。


「押さないでくださーい!」

「十分に数はあります!」

 炊き出しで、カレーライスを避難民たちに与えているが、ピリピリとした雰囲気であった。パニックや押し合いが起きないよう、ボランティアたちが案内や列を整理させて場をコントールしていた。常森は大釜で炊いた白米――近隣の農家から好意で分けてもらった古米――をトレーによそいながら、配っていく。

 避難民たちが疲弊しきっているのは、常森も手に取るように分かった。

 列に並んでいる人たちの服装はよれよれで、汚れている人も多かった。中にはスーツや、寝間着の上にジャンパーだけ羽織った人もいた。子供も老人も混じっており、文字通り老若男女問わず様々な人がこの避難所に詰めていた。

 よれたスーツの襟に弁護士バッジを付けたままの男性もいたし、中には勤務先と思われるスーパーの制服を着たままの女性もいた。そればかりか、テレビのバラエティ番組で毎週見かけている雛壇芸人――周囲の人は気が付いても何も言わなかったが――すら見ている状況であった。文字通り着の身着のままゾンビから逃げてきた人たちである。

 避難民が誰であれ、空腹の中で食べるカレーライスに舌鼓を打っている様子は変わらなかった。しっかり食ってくれ、と心の中で思いながら、常森は食事を配膳し続けていた。つい前日に関越トンネルなど主要な道路が閉鎖され、長野県側からのゾンビ侵入を食い止めるために自衛隊が封鎖線を敷いて交戦中で、ぎりぎり安全を保っているというニュースがあった事もあり、避難民たちの顔も明るくは無いが、せめて空腹だけは紛らして欲しい、と言うのが彼にとっての願いだった。

「ツネさん、交代しますよ」

「おう、ありがとう」

 後輩の女性に促され、常森は作業を交代した。同時に、後ろにいたボランティアのリーダーである年配の男が声をかけた。

「ちょっと話がある、来てくれ」

 彼に言われるがまま、常森は配膳所から少し離れた場所へ連れて行かれた。


「どうしたんですか」

「今日の昼から新潟市の方までトラックを走らせてくれないか?ガソリンは何とか都合をつけてある」

「いいですよ。何かあるんですか?」

 彼の言葉に、リーダーは頷いた。

「新潟港に貨物船が付くそうだ。聞いて驚くなよ、海外からの支援物資だ」

「支援物資……本当ですか!?」

「ああ。食料、医薬品、消耗品、雑貨、何でもある。だが、物資を送り届けようにも人手が足りないんだ。だから君がここまで運んできてくれ、いいか?」

「お安い御用ですよ」

 常森は救われたような気分にもなった。世の中は捨てたものではないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る