14 Day 2
バイトをサボる事にして、近隣を自転車で回りながら色々なスーパーやコンビニを見て回っていた藤崎は、買い物はもう不可能だと判断を下していた。どの店も駐車場は車で埋まっており長蛇の列が出来ている。まだ客は統制がとれているようで、律儀に列を作っているだけマシだが、ピリピリとした雰囲気は伝わっている。
いつ物流が止まるかわからず、こと首都圏の鉄道輸送がストップしている上に、テレビのニュース番組は煽るように自宅での「待機」を提起し続けているのも拍車を掛けていた。追い討ちを掛けるように銀行やATMには人が殺到しており、買い占めも事実上難しい状態だった。
食料の買い足しを諦めた藤崎は、近所のホームセンターは、比較的空いていたものの、やはり非常時だけあってか人も多かったが、目当ての物は買えそうだった。身を守るための武器だ。
映画のように、いざパニックが始まっても調子よく銃を手にする事は無理だろうし拾った所で使いこなせるかも分からない。しかし、家にある包丁や、鉄パイプを使うというのも心もとない。となれば入手が容易く、使えそうな武器は限られてくる。
園芸のコーナーで藤崎は丁度良い手斧を見つけた。それを買い物籠へと放り込むと、今度は工具売り場からカナテコも見つけて、籠へ入れた。
籠に必要な物資を入れながら、藤崎はすでに頭の中に今後の「計画」を立て始めていた。このゾンビ災禍――まだ本物は見てないが――がさらに拡大するのであれば、都心部に居座り続けるのは困難だ。パニックに巻き込まれて死ぬか、ゾンビに食われて死ぬかの二択しかない。となれば方法は一つ、安全圏への脱出だ。
自衛隊の駐屯地、感染の手が及んでいない地方、果ては四国・九州など海に阻まれた場所、北海道、離島、果ては外国も視野に入れなければいけない。ホラー映画マニアであった藤崎が想像しうる全ての選択肢から、安全な場所を導き出さねばいけない。そのためにも、藤崎は装備を整える必要があった。
サバイバルに必須のアイテムを探しに、アウトドアのコーナーへと足を踏み入れた藤崎だったが、不意に見知った顔を発見し、思わず声をかけた。
「みっちゃん、何やってんの?」
声を掛けられた相手――藤崎と同年代ぐらいの若い男――は思わずびっくりした顔で振り返った。
「お、おう。藤崎か……どうしてここにいるんだ?」
みっちゃん、と言うのはこの男、三谷という藤崎の同僚である。同じ職場で働いており、同じフリーター仲間で同級生だった。同じくホラー映画好きで一人暮らし、話も合い、たまに飲みに出かける仲であった。
「買い出しだよ。ヤバい事態になってるからな、武器とかあった方がいいと思って」
「良いタイミングだな。俺も同じ理由で来たんだ」
藤崎はそう返事を受けて、ふと疑問が頭に浮かんだ。三谷の家は、ここから離れた場所にあり、藤崎の近所にあるホームセンターにいる事は本来距離的にありえないと思ったからだ。
「そっちこそどうしてここに?」
「バイト抜け出して逃げてきた。ここで装備整えてな……」
なるほど、やっぱりホラー映画好きは考える事が同じだな、と藤崎は関心するが、今はそんな場合ではなかった。
「そういやバイトどうなった?俺はこの後のシフトはサボるつもりだけど」
「店長が噛まれてるみたいだった。体調悪化してんのに無理して出勤して、休憩室で横になって動かなくなったから急いで逃げてきた」
「マジか」
藤崎が息を呑んだ。やはり、という気持ちがあったが、サボる事にして正解だった。と、不意に藤崎の携帯が鳴り始めた。急いで手に取ると、店からの電話だった。
「店からだ」
「無視しとけ、こんな時に出勤させる店なんだからまともに取り合うなよ」
三谷の言葉に相槌を打ちながら、律儀に藤崎は電話に出た。
「もしもし、藤崎です」
『あ?藤崎か?』
電話に出たのは年上のバイトリーダー、滝澤だった。高圧的な物言いで、藤崎が苦手とするタイプの男だ。
『ちょっと店長が体調悪くて帰る事になった上に、三谷のクソが仕事投げ出してバッくれやがったから、今すぐ出勤してくれ』
「すいません、ちょっとこっちも体調が悪いので今日は休みを貰ってもいいですか」
『ダメだ。必ず来い、お前だって社会人だろ』
語気に苛立ちが混じっているのが電話越しでもはっきり分かった。
『俺だって電車止まってんのにタクシー乗って出勤したんだぞ。近所で自転車ですぐ来れるだろ?今店のスタッフが4人しかいない。4人だぞ4人、まったく……』
一瞬だけ沈黙が流れる。
『ああ、店長が来た……ちょっと待ってろ、今代わるからな。店長、藤崎のやつが』
藤崎は思わず声が出そうになった。だが、すでに時は遅く、電話の向こうでもみ合う音が流れ始めた。椅子やデスクががたがたと揺れる音に混じり、滝澤が「何してるんですか」「待ってください」「やめろ」と抵抗しながら抗議する声が流れる。
だが、それは数秒も待たずに大音量の絶叫に変わった。悲鳴が聞こえ、電話の受話器が何かにぶつかる音が続く。
藤崎は何も言わずに通話を切った。青ざめた顔で目の前の三谷に告げる。
「店長が滝澤を食った」
「……急いで会計しに行こうぜ、藤崎ん家に避難してもいいか?」
「ああ、そうしよう」
2人は急いで必要な物資を籠へ放り込むと、レジへと急いだ。
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