13 Day 2
残業の果てに会社に残っていた杉田は、結局、自宅に帰る事も出来ずにそのまま会社で一晩を過ごした。ブラックな会社で働いているだけに、会社で一晩を過ごす事など珍しい事ではなかったが、この日ばかりは不安と戦いながらの一夜だった。
昨日の夜、女性が襲われていた雑居ビルの屋上を見たが、残された血だまり以外、もう何も残っていなかった。街は今日もサイレンの音が鳴り響いているが、それにくわえて空を飛ぶヘリコプターの爆音も気になった。
そして――窓の外に広がる雑踏には、驚くべきことに出社するサラリーマンの姿もあった。ニュース番組では「外出は控えるように」とも言われていたが、この状況でも出社を命ずるバカ野郎はいるものなのか、と杉田はあきれ返りつつも納得していた。やはり日本の労働環境は異常なのだろう。
床に敷いた段ボールの寝床から、同僚たちが起き始める。そして、皆が何を言うまでもなく仕事を始めた。こうなれば、どっちがゾンビだか分からない。
「課長見なかった……?」
誰かがポツリと言い始めた。杉田は我に帰った。
そもそもの残業の原因である課長の姿が昨日から見えなかった。最後に見たのは昨日の夕方、体調が悪いから仮眠室で横になってる、という言葉を残して消えてからだ。誰かがその事に気が付き、あっ、と声を漏らした。
「昨日さ、課長、怪我したって言ってなかったか?」
「言ってた気がする」
「まさかぁ」
ニュース番組の内容を思い出しながら、皆が現実から目をそらそうとしていた。そんな中、誰かがオフィスのドアを開けた瞬間、悲鳴を上げた。杉田はその声に反応し、視線を向けた瞬間、恐ろしい光景を目撃した。
ドアを開けて入ってきたのは、杉田が見知った同僚だった。だが、彼のワイシャツは真っ赤に染まり、首から提げた社員証は真っ赤になっていた。首元を抑えた彼の手からは、鮮血がどくどくと溢れ、オフィスの床にぼたぼたと血が撒き散らされる。のど笛を噛み千切られていたのだ。
「矢野!どうした!!」
同僚たちの顔が青ざめ、パニックに陥る。喉笛を噛み千切られた同僚――矢野は、真っ青な顔のまま、糸が切れたように床に倒れこんだ。びくびくと痙攣しながら、噛み千切られた喉元から流れた血が、赤い水溜まりを作っている。
そして、開け放たれたドアから、課長が現れた。肌からはすでに生気が失われ、口元は真っ赤に染まっている、咀嚼しきれなかった肉の塊が、口元からぼたぼたと零れ落ちていた。
課長だったものは、近くで放心していた別の同僚へとつかみかかった。悲鳴が上がり、その同僚は必死に振り払おうとするが、抵抗むなしく両手がスーツの襟を掴んだ。引き寄せられ、真っ赤に染まった歯が首元へとかじりついた。
びしゃっ、と噛み千切られた頚動脈から鮮血が噴き出す。絶叫がオフィスに響き渡った。それを見て我に帰った杉田は、急いでデスクの上にあった鈍器――テープカッター台を掴み取った。
アドレナリンが出ていた。雄たけびを上げながら、杉田はそれで課長だった物の頭部を助走を付けて殴打した。殴られた勢いで、引き剥がされた身体が床へと転がった。血まみれの口をぱくぱくさせながら、起き上がろうとするそれに杉田はまたがると、テープカッター台を何度も、何度も顔面へと叩き付けた。
「やめろっ!このっ、クソ野郎!」
返り血がかかるのも気にせず、杉田はひたすら殴り続けた。周りにいた同僚たちも加勢し、革靴の底で、思い切り頭をけり付けた。
「どいてろ杉田!」
同僚の声に慌てて飛びのいた瞬間、雄たけびと共に同僚の1人が、隣のあった書類棚を傾かせた。鉄製の扉がついたそれは、大きな音を立てて倒れこみ、課長だったものの頭に覆いかぶさるように落ちた。
ぐしゃり、と頭蓋骨が潰れる音と共に、もがき続けていた身体は動きを止めた。
杉田は肩で息をしながら、急速に肩の力が抜けていく感覚に襲われた。床にへたれこんだ。とっさの行動だったが、功を奏した。両手や両足を見るが、噛まれた形跡は無かった。
「やった……やったぞ……」
放心状態で、非常事態への勝利を確信した杉田だったが、周りの同僚は驚きと恐怖に満ちた顔を浮かべていた。どうして?何故?と杉田は不思議がったが、その答えは、背後から襲い掛かった――先程喉笛を噛み千切られて絶命した同僚だったもの――それの歯だった。
首筋を噛み付かれる激痛。次の瞬間、肉を噛み千切られた杉田は勢いよく出血した。頚動脈を噛み切られたのだ。激痛、そして出血多量で意識が朦朧とする中、ドアへと殺到しようとする同僚と、ドアからなだれ込む、スーツ姿のゾンビたちを見て、杉田は意識を失った。
1時間後、フロアは残業中の会社員だったもので溢れかえっていた。彼らは、次なる標的を目指して、ふらふらとビルの階段を折りながら、獲物で満たされた地上を目指していった。
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