27 Day 3
「あなた、早く」
「ああ、わかってるぞ」
主婦の依子は、夫と共に忙しなく作業に取り掛かっていた。自宅の二階にある家具を、階段前に積み重ねてバリケードを作る作業は大変だったが、あと一息で終わりそうだった。
郊外の一軒家、佐藤一家はゾンビ災禍の真っ只中にいた。一昨日から警察官である息子の達彦とは連絡が取れておらず、最後の連絡にあった「家に居ろ」の言葉に従い、一家は篭城の準備に取り掛かっていた。佐藤家は、ごくごく普通の建て売りの一軒家だったが、一階はガラス張りの窓や、テラスなど、雨戸や鍵が付いているとは言えゾンビが侵入しそうな経路が多く、篭城には不向きに思えた。
そこで、夫の提言により一家は二階へ避難する事にした。容器に出来るだけ水を溜め込み、食料や必要な物資をすべて二階へ移動し、家具で階段を封鎖する、という手を取ることにした。
バリケードで階段を封鎖し、二階へ立てこもる準備を終え、夫妻はようやく一息ついた。すでに階段は使えないので、唯一下へ降りる手段はベランダのみだったが、脱出経路だけは存在しているのは救いだった。娘が上へ持ち込んだガスコンロで、夕食の準備を進めるのを見ながら、依子はカーテンを引いた窓の隙間から、外の様子を眺めていた。
外の様子は、数日前とは一変していた。もはや緊急車両のサイレンの音は聞こえず、飛び交うヘリコプターの音しか聞こえなかった。道路には車――この騒ぎから逃げ出せずに放棄された――がそこかしこに停められていて、両手をだらりと突き出し、よろよろと呻き声を上げて歩く死者が、ぽつぽつと徘徊していた。まだ電気が生きているので、何件もの家が夕暮れの中、明かりを点していたが、遠くに見える地区は外灯も家も光を失い、停電していた。
近所では自家用車を持っている家庭の多くが車を走らせてどこかへ逃げて行ったが、どうなったかは定かではない。こうして家に留まり続けているのが正解かどうかは知る由も無かったが、少なくとも首都圏からの脱出は容易ではない事はテレビやラジオから流れる報道が物語っていた。
時折、悲鳴や怒号が遠くから聞こえてきてはぱったりと止んでいた。それが聞こえるたびに、依子は恐怖におびえていたが、今ではすっかり慣れてしまっていた。ただ、家に帰ってきていない息子だけが気がかりだった。
「大丈夫か?」
不安な顔で窓を覗いていた頼子に、夫が声をかける。
「ええ、大丈夫よ……達彦は無事かしら?」
「無事だろう。あいつは警察官だ、銃だって持ってる」
夫は自信ありげに話す。確かに、この日本において拳銃を持ち歩ける唯一の職業、警察官である息子は、少なくともその他の一般人よりも生きてる確率は高いと言えた。もっとも、この状況では確実とは言えなかったが。
「あいつが小学生だった時の林間学校のこと、覚えてるか?達彦が小学6年生だった頃の話だ」
「ええ……」
夫はしみじみと、思い出すように話を続けた。
「確か、山をハイキングしていて達彦が遭難した時の話、覚えてるだろ?あいつは泣き出してる同級生を纏め上げて、森の中を歩いて歩いて歩き続けて夕方にキャンプ場まで戻ってきたじゃないか。地元の消防団や警察が捜索を始めようかって時に、ひょっこりと顔を出して皆を驚かせた。まだ12歳だった時の話だぞ?」
励ますような昔話に、依子は少し気が楽になってきた。
「あいつは出来た息子だ。たとえ外が化け物だらけでも、きっと家に帰ってくるさ。そればかりか、助けに来てくれるかもしれないし、どっかで人助けしている筈だろう。強い息子だ、絶対大丈夫さ」
自分に言い聞かすような言葉だったが、依子はその言葉に強く頷いた。
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