39 Day 5

 空腹に耐えながら、キャンプ用品やサバイバルグッズの数々を詰め込んだバッグパックを背負い、会社員の津野田は山奥をさ迷っていた。ゾンビ災禍の最中、首都圏からの脱出も適わず、埼玉の山奥にあるキャンプ場へ篭る事を選択した津野田は、そこもゾンビが現れ危険だと判断し、バイクに乗って山中をさ迷っていた。

 そのバイクもガス欠で動かなくなり、仕方なく徒歩で歩き続けていた。山道や、舗装された道路を歩き回りながら、電池が切れる前に携帯ラジオで聴いた「新潟と長野の県境の避難拠点」を目指す事にしていたのだ。

 しかし、ロードマップを途中で紛失した挙句、バイクも失った今となっては地獄の行進であった。追い討ちをかけるように秋の終わりで寒さがしみており、野宿の生活も限界が来ていた。手持ちの食料も食い延ばしに限界が見え始めていた。おまけに、安全だろうと思われていた田舎の山の中でも感染者が現れ始めており、予断を許さない状況だった。


「ひどい有様だなぁ……」

 道路を歩きながら、津野田は思わずそんな声を漏らした。

 針葉樹の森に囲まれた道であったが、乗り捨てられた車両が一定の間隔で道路に放置されていた。おそらくはガス欠か、エンジントラブルか、搭乗者が「奴らになって」しまったか。理由は分からないが様々な車があった。

 どれもが荷物を満載していたが、それらは荒らされており、目ぼしい物や役に立ちそうな物は根こそぎ持ち去られていた後だった。津野田は、それらの車を見つけるたびに物色して物をあさっていた。しかし、結果は振るわずじまいだった。残っているのは、役に立ちそうに無いもの――家から持ってきた思い出の品だとか、食べ終わった包装紙や空き容器などのゴミだとか、そんなものばかりだった。


「どれどれ」

 新しい放置車両を発見した津野田は、近づいて確認してみた。車のドアは鍵がかかっており、中に入れなかった。津野田は手馴れた手つきで、ビニール袋に小石を詰めたもの――ガラスを粉砕するための道具――を片手に、中の様子を伺った。

 そして、ぎょっとした。

 中には、死体が詰まっていた。シートベルトを付けてシートに座っているのは、腐敗の始まった男性の死体で、その後席では、子供と思われるゾンビが母親と思われる女性の死体をむさぼっている。食いきれずに散らかった臓物や肉が車内のいたる所に散乱していた。子供のゾンビは、窓ガラスを覗く津野田を確認すると、新しい獲物を追い求めて車内を転げ周り、窓を叩いた。しかし、ドアはロックがかけられ、開ける事も出来ない状態だった。津野田は吐き気を感じたが、ぐっと堪えた。


「こりゃ、ダメだな……」

 諦めて、またとぼとぼと道を進んでいった。

 地図は無くしたものの、時折見かける看板や標識から自分が長野県に入っている事はすでに掴んでいた。上空を飛ぶ飛行機や、自衛隊のヘリも見えていたし、放置されている車やゾンビの数も徐々に増えている事を見ると、目的地が近いというのが今の所唯一の慰めだった。

 そうこうしているうちに、また津野田は新しい物を発見した。

「おお……」

 思わず声が出た。それは集落だった。数件の家や古民家が立ち並んでいて、畑もあった。注意しながらも、津野田は恐る恐る集落へと近づいていった。運が良ければ人がいるかもしれないし、更に運が良ければ誰か助けてくれるかもしれない。

 そんな希望を抱きながら集落へ入るが、津野田の希望は容易く打ち砕かれた。

 集落は荒らされていた。窓ガラスが割れたりドアを乱暴に壊された家も何件かあったし、畑の作物は多くが取られているようだった。手身近な家を探して中を覗いて見たが、人の気配は無かった。箪笥や押入れはすべて開け放たれてひっくり返されており、台所に至ってはすべての物が荒らされ、根こそぎ持ち出されていた。

「……ここも略奪されたか」

 忌々しい、あのキャンプ場での出来事を津野田は思い出していた。警察も機能せず、自衛隊もろくに対応できていないこの事態で、多くの人々はモラルもかなぐり捨て生きるために略奪者となっていた。ここも同じなのだろう。

 と、車のエンジンが遠くから鳴り響いて来ている事に気がついた津野田は、急いで家を飛び出して山の方角へと走った。傾斜を登り、手近な草むらに身体とバッグを投げ出して隠れた。一台のワゴン車が集落に近づいてきて、真ん中で停車した。

 ワゴン車の中から、若者たちが出てきた。彼らは、物資が詰まって景気良く膨らんだ袋やバックパック、そして、血の滲んだ釘つきのバットや斧などを片手に降りてきた。それから、1人の若い女性――顔を殴られ、両手を縛られている――を無理やり車から引きずり出して、家の中に連れ込もうとしていた。

「……!」

 その民家の裏庭を見て、思わず津野田は声を上げそうになった。

 裏庭には、穴が掘られていた。そこには焼け焦げ、半分ほど骨になった死体が積み重なっていた。ゾンビか、それともこの集落の住民か、津野田には知る由も無かった。若者たちは楽しげな顔を浮かべながら、拠点としているであろう家に女性を連れ込んで入っていった。

 津野田は背筋が凍りそうになった。女性を助けようか、そう一瞬考えもしたが、すぐに振り返らずその場から離れていった。

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