02 Day 0

 くあ、と欠伸を漏らしながら、1人の若者が夜の住宅街を歩いていた。彼の名前は藤崎恭伍、今年で23歳になるどこにでもいるフリーターの男だった。夜遅くまで接客業のアルバイトをしている彼にとって、日付が変わる前に帰宅できるというのは逆に珍しい事であった。そのおかげで、彼はスーパーの閉店間際のタイムセールに間に合い、割引の惣菜を沢山入手できていた。これなら明日の飯にも困る事は無いだろう、と上機嫌だった。

 閑静な住宅街も今やひっそりと静まり返っていた。同じように帰宅する人も疎らで、スーツ姿の男性と少しすれ違う程度となっていた。都心から少し離れたこの町なら、もっと人が見える筈だが今は日曜の深夜で、少ないぐらいだった。

 

 片手に、惣菜を詰めて景気良く膨らんだスーパーのビニール袋を下げ、もう片手で携帯を操作していた藤崎だったが、通勤路の途中にある公園に差し掛かった所で、ふと大きな声に気をとられた。

 怒号のような、悲鳴のような大声が一瞬上がったかと思うと、公園の出入り口から1人の男――ジャージ姿の中年男性が飛び出してきた。片手を押さえ、悪態をついている彼の手首にはリードが付けられており、引っ張られるように散歩中と思われた飼い犬が、後をついていった。藤崎には目もくれず、男は急いでその場から逃げさるように走って行った。

 何事だろうか、そう思いながら藤崎は公園の中を覗き込む。公園は外灯でぼんやりと照らされているが、その真ん中に、ぽつりと1人の人影が見えた。肩から鞄をずり下げ、外向きと思われるラフな格好をしている40代ほどの男性だった。

 不明瞭な、肺からゆっくりと押しつぶされるような呻き声を上げ、おぼつかない足取りで公園の真ん中を、あてもなく徘徊しているように見て取れた。


 今日は日曜日である事を思い出して、藤崎は酔っ払いか何かだと判断した。おそらく犬の散歩中だったさっきの男に絡んでたのだろう。

 接客業で働いている藤崎は、本能的な危険を感じ、足を速めてその場から立ち去った。経験則上、こういった酔っ払いに絡まれると危険で、まともに相手をすると損をするという事を彼は知っている。さっきの男性の二の舞になるのは御免であった。


 藤崎が立ち去った後、公園を徘徊していた男――口から血を滴らせた、帰国したばかりのテレビ局ディレクター――は、今や人としての機能を停止しつつある身体で、動物的な本能に従うかのように、自分の家がある住宅地の真ん中へと足を向けた。その口から、人の肉に飢えた餓鬼のような呻き声を漏らしながら。

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