20 Day 2
最高度のセキュリティ、最高級の設備、贅沢の極み、成功者の証。東京都港区、都心に聳える高級タワーマンション。だが、その高層建築の窓には、各所で上がる黒煙や喧騒、空中を飛び交うヘリコプターの群れを映し出していた。
――どうしてこうなったんだ、どうして?
窓の外に広がる景色を眺めながら、このマンションの入居者、国木田は頭を抱えそうになっていた。国木田はつい数年前に始めた事業の大成功で、莫大な富を得ていた。40代半ばにしてもぎ取った成功、それを見せびらかすように選んだ都内の高級マンション。その最上階から眺める景色は、彼にとっては至上の愉悦であった。誰もが羨む夢、誰もが欲しがる羨望。
しかし、現実に起きた出来事は、国木田を夢の世界から地獄の底に落としていた。
発端はあの小さな事件だった。テレビ番組から流れるくだらないニュース、ありふれた事件だと思われたちっぽけな障害事件。それが、今や逃げ惑う人々やパニックを引き起こす大災禍へと変貌を遂げていた。仕事を終え、眠りから目覚める頃には周囲は地獄と化していた。
電話は不通で助けを呼ぶことも出来ず、警察も消防もつながらない。他の連絡ツール等で部下たちと連絡を取ったが、半数はつながらず、残りも同じような状況に置かれていた。脱出をしようにも、地上は深刻なパニックに陥っており、地下駐車場にある愛車も出すに出せない。そんな状況であった。
もはや国木田に出来る事は、この広いマンションの一室で、テレビから情報を得つつ、混乱の坩堝にある都心を双眼鏡で見回す事しかなかった。
もっと早くこの事態に気がついていれば。
もっと早く逃げ出していれば。
もっと早くこの事を予期していれば。
そんな後悔が彼の脳裏にちらつくが、その度に、自分は安全だと言い聞かせながら心を落ち着かせていた。事実、最高のセキュリティを持つこのタワーマンションの最上階にこもっていれば、万事安全だと言えた。食料の備えはあるし、もし救援さえ呼べたら、屋上にあるヘリポートから逃げ出せる筈だった。
しかし、そんな安心を吹き飛ばすような光景を、国木田は窓からいやと言うほど眺めていた。道路という道路は車で埋め尽くされ、その合間を縫うように逃げ回る民衆を見ていた。付近のマンションやビルの屋上には、逃げ遅れたか逃げ回ってきた人影が見えていた。それらを追い掛け回す、のろのろと動き回る歩く死者も、数え切れないほど見ていた。
ゾンビ達の服装は様々だった、その多くは、寝巻きか家にいる時のようなラフな服装だったが、それに混じってスーツ姿のゾンビも大量に見かけていた。ゾンビたちに立ち向かおうとした無謀な人々も数多く見かけたが、その多くが逆に噛み付かれ、どこかへ逃げ去っていた。そして、都心が狭く逃げ場所が少ないという現実も嫌と言うほど見ていた。ゾンビに追い詰められ、ベランダや窓から落ちる人間も、数え切れないほど目撃している。
極めつけは、午後に見たあの強烈な光景だった。高度を下げていた旅客機が、突如として向きを変えて霞ヶ関の方面に墜落したのだ。まるで9.11のような光景はこの窓からでも十分に知る事が出来ていた。
ニュース画面に目を向けると、そこには今朝から喋り通しの疲労困憊のアナウンサーたちの姿が見て取れた。彼らのアナウンスする情報も、時間を追うごとに深刻さを増している様子であった。
自衛隊による救出活動の開始、避難所の情報、政府機能の洋上移転、北海道・九州・四国・沖縄の封鎖指示、感染者への注意喚起、感染した場合は助からないという情報、そしてゾンビを倒すには「頭を破壊しろ」という重要な情報。そればかりだ。
陽が沈み、夜がやってきた。普段なら綺麗だった夜景をぼんやりと眺めながら、国木田は、不安に苛まれながらもベッドへと向かっていった。
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