24 Day 3
「……きろ、起きろ!」
投げかけられた同僚の声で、自衛隊員の斎藤は目が覚めた。急ごしらえのベッド――テントの中に敷いた寝袋から這い出ると、斎藤は眠たい目を擦りながら仮眠から目覚めた。ヘルメットをかぶり直す。
「交代だ」
「おう」
短く受け答えをすると、斎藤はまだ十分に抜け切っていない眠気を抑えながら、と実包が装填された89式小銃を抱えてテントの外へと歩き出した。周囲は山が連なり、わずかな畑や民家が見えている。昨日から見慣れた光景だった。そして、斎藤が立っている高速道路のパーキングエリアの向こう――延々と東京まで続いている車の渋滞列と、ひっきりなしに鳴るクラクションの音も慣れた光景だった。
首都圏からの感染者拡大を阻止するため、政府が下した決断は前代未聞の封じ込め作戦であった。しかし、それが功を奏しているかと言えば、そうでもなかった。すでに京都、大阪でも感染者が確認されており、東北地方にも魔の手は及んでいた。唯一、山脈という天然の壁に阻まれている新潟県や山形県は感染者の流入を阻止できており、県境は自衛隊と県警が封鎖し、感染者の進入を食い止めていた。
その封じ込め作戦の一大拠点、それがこの関越トンネルの群馬側入り口前の、小さなパーキングエリアであった。検問所として機能しているが、首都圏からの脱出を試みている避難民にとっては最悪の壁である事も明白だった。
装甲車、戦車、パトカー、そして完全武装の自衛隊員と警察官、そして厚生省の検疫チームがこのトンネルへと殺到する避難民の車両を一両ごとに点検していた。感染者を見分けるために、搭乗者をパーキングエリアに設置した別室に連れて行き、噛み傷などが無いか裸にさせて確認、体調の悪化――急激な発熱が無いか確認させ、車もトランクから隅々まで確認し、感染者を隠し運んでいないかチェックを行う。それが済んだ場合のみ、車両をトンネルに通すという方法であった。当然ながら、検査には時間が掛かる上に、この方法に反発し検査を拒否する人々も現れていた。
だが、成果は着実に出ていた。今までに斎藤は80人近い感染者をここで発見し、隔離に成功する様を目撃している。「まだどこかの病院で治せる」と頑なに信じている家族の手で、トランクの中で縛られていたゾンビも、何体か発見し隔離する事も出来た。それと同時に、この長く続く渋滞の中で間に合わずに「蘇った」不運な避難民も数多く見ていた。それに対応する県警の交通機動隊には頭が下がる一方だった。
斎藤は道路上のバリケードに立ち、警備の仕事を引き継いだ。彼の仕事は封鎖突破を試みる避難民の阻止だった。中には車を乗り捨てて徒歩でトンネルに向かおうとする人もいたが、武器を持った自衛隊員の姿を見れば大半は諦めて車に戻り、それでも突破しようとする者は銃をちらつかせながら「戻れ」と言うだけで事足りていた。
しかし、避難民たちの顔色も徐々に不満や怒り、不安や恐怖という色が濃くなっているのは斎藤も嫌というほど実感していた。事実、山をひとつ越えるだけで感染の危険がない安全地帯へ入れるのである。おまけにガソリンも尽きかけており、車を放棄して徒歩でやってくる避難民も徐々に増えてきていた。
突如、渋滞の先頭にいた一台のワゴン車が、アクセルを踏み込んだ。警官が叫びながら制止しようとするが、それを蹴散らすかのようにハンドルを切って警官を轢いた。絶叫と怒号が響き始める。車はバリケードを弾き飛ばして、関越トンネルの入り口へと向かって行く。斎藤は呆気に取られていた。
「目標、突破する白のワゴン車!撃て!」
指揮官が指示を飛ばした瞬間、検問近くに停車していた装甲車のタレットが旋回し、備え付けられたM2ブローニング重機関銃が轟音を上げて吼え狂った。時間にして3秒ほどの銃撃だったが、放たれた10発近い12.7mm弾は、ブリキ缶を引き裂くように車に穴を開け、停車させた。
すぐさま、89式小銃を構えた自衛隊員や警察官たちが車を取り囲む。斎藤も、同じように銃を構えて車を包囲した。
車のフロントガラスは割れ、飛び散った肉片や血漿がびっしりと張り付いていた。運転手――40代ほどの男性――は顔面を大口径弾で吹き飛ばされ、ざくろのように割られて即死していた。
後部座席のドアが開き、中から小学生ほどの子供を抱えた女性が降りてくる。女性は無事だったが、胸部を吹き飛ばされた子供は息をしていなかった。女性は半狂乱になって「人殺し」「息子を殺した」と叫び、後方でそれを見守っていた避難民たちも自衛隊員たちに罵声を浴びせ続けていた。一触即発の空気だった。
だが、突如として女性が抱えていた子供の手足が、びくりと動いて反応した。その瞬間、抱きかかえられていた子供は女性の首筋へと噛み付いた。
「感染者発見!」
「頭だ、頭を撃て!」
乾いた破裂音が二度、三度響き渡り、5.56mm弾が2人の脳天を正確無比に撃ち抜いた。どしゃり、と崩れ落ちる親子の亡骸を見ながら、斎藤は恐怖でがちがちと歯を震わせていた。
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