25 Day 3

 まさか趣味のキャンプ用品がこんな所で生きるとはな。

 テントの中で一息つきながら、会社員の男、津野田は関心していた。

 週末、休暇が取れればバイクを走らせて独りキャンプを楽しむアウトドア趣味を持っていた彼は、都内で発生したパニックから上手く抜け出せる事に成功していた。とはいえ、各道路は封鎖され首都圏の「封じ込め作戦」が展開しているため、逃げ場所に迷った彼はキャンプ用品を引っさげて、埼玉の山奥にあるキャンプ場までやって来たのである。


 ここまでくればゾンビも来ないだろう。そう考えていた彼の予想は的中していたが、それと同時に予想外の事態も発生していた。津野田と同様の考えを持つ人々も大量にいた事である。

 少なくとも夏などのシーズン時期に満杯になる事の多いこのキャンプ場は、今や人でごった返していた。収まりきらず、駐車場で車中泊している者や、そのへんのスペースにテントを広げている人もいた。バンガローも満杯になっており、キャンプ場の管理施設付近は人でごった返していた。まるでお祭り騒ぎのような様相だったが、彼らの目的はゾンビから逃れるためで、浮かれている様子等は無かった。津野田自身は、昨日からここにやってきてテントを広げているが、起きてみれば辺りは入ってきた時の倍以上の人だかりとなっていた。


 テントの中で防災ラジオから流れる情報をチェックしながら、津野田はため息を吐いた。人が多いのは安心でもあったが、同時に不安もあった、トラブルの発生だ。

 すでにキャンプ場の管理施設やレストハウスにある品物は売り切れており、自動販売機も同じく売り切れの状態になっていた。となると個人が持ち寄った食料だけになるが、どう考えてもこの人数では全員がここで長期食いつなぐのは無理があった。周囲の野山に入れば、山菜や茸などの食料もあり付けるだろうが、到底間に合いそうもないなかった。恐らく暫く時間が経てば、飢餓が襲ってくるだろう。

 また、見るからに柄の悪そうな集団――入れ知恵でキャンプ場まで来たヤンキーのような集団――もいて、時折誰かの口喧嘩や大声も聞こえてきていた。


「おーい、食い物持って来たぜ」

 向かい側にテントを張っている、今朝からここに来ていた若者の集団から声が上がった。津野田は聞き耳を立てて様子を伺った。

 金髪の男がビニール袋へはちきれんばかりに入れた野菜を持ってきて、テント前で料理の準備をしていた女に渡す、周りの仲間たちがそれを見てどうしたどうしたと寄り集まってきた。

「スゲー、どっから持ってきたんだよ」

「麓に小さな村あったじゃん、あそこから」

「やるなぁタケシ、金あったのかよ?」

「あ?買ったわけないじゃん」

 野菜を持ってきた男は悪びれる事もなく、ヘラヘラ笑いながら話を続けた。

「畑あったからパクってきた。何かババアがうるさかったから黙らせてやった」

「うっわー、悪ぃなあー」

 周りの仲間たちが声を上げるが、特に悪がっている様子もなく笑っている。

「足りなくなったらまた取りにいこうぜ」

「肉ねーかなー」

 ははは、と談笑する笑い声が続く。

 津野田は不快感で顔を露骨に歪めていた。周囲にいる人たちも明らかに聞こえている様子だったが、それを無視しているか、中には急いで地図を広げて場所の確認をして出かける準備をしている者まで混じっている始末だった。見ていられない。


 津野田は意を決して立ち上がると、荷物をすぐに纏めてテントの外へ出た。テントを畳み、愛車のバイクにまだガソリンが残っている事を確認する。

「あら、もう移動するんですか?」

 津野田の隣にテントを広げていた夫婦が声をかける。津野田は、馬鹿騒ぎしている正面のグループに聞こえないよう、声を小さくして答えた。

「ここじゃ危ないんで、もっと奥の方に行きます。キャンプ場も多分危ない」

「あら……どうして」

 人が増えすぎたからです、と答えてから、津野田はようやく荷物を纏め終えた。

 考える事はひとつきっかり、もっと山奥に逃げ込む事だった。キャンプ場のような“人の手が届く場所”は危険だった。ガソリンが続く限り山奥へ向かい、そこで過ごす他なかった。文明から離れた場所、そこでキャンプ等とはほど遠い、サバイバルのような生活をするほか安全は確保できない――津野田はそう判断していた。


 バイクを押しながら、キャンプ場の出入り口へ向かう最中、ひときわ大きな悲鳴がバンガローの方面から上がる。周囲の人々が何事か、とその悲鳴の方向へ向くと、血を流した何人かの男女が転がるように逃げ回っていた。その後ろから、両手をだらりと前へ突き出しながら、歩き回る人影が現れる。

 ちくしょう、ゾンビだ。津野田はそう確信した瞬間、急いでエンジンを回してバイクに跨った。その瞬間、近くにいた中年の男性が津野田に掴みかかった。

「そのバイクを貸せ!」

「離せ、離せってんだこの野郎!」

 必死に振り払うと、津野田は何とかアクセルを踏んで急発進した。逃げ惑う人の波を何とかよけて、キャンプ場前の道路へと飛び出した。

 すでに駐車場から車が急いで飛び出していた、が、後続の車両もアクセルをふかして前進し、玉突き事故を起こす。テントも車も捨て、走って逃げ惑う人々もいた、無我夢中に山へ向かって、林を掻き分けて逃げていく者もいる。

 混乱を上手くかわしながら、津野田は心の中で自分へ言い聞かせ続けていた。


 もっと遠くへ、遠くへ逃げないと。

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