11 Day 1

 病院の休憩室で、医師の芹沢は疲労困憊と言った様子で、備え付けのテレビをぼんやりと眺めていた。時刻は深夜になっていたが、これまでに起こった出来事を考えれば寝付くのは無理な話だった。すっかり冷めたお茶を啜りながら、芹沢は今日起こった「感染者」についての情報を反芻していた。


 今日一日で起きた出来事と、山の手線に現れた感染者、そして彼の仲間を果たした数名。医学上は死んでいるはずの感染者が、どうして生きてるかのように動き回り、そして人の肉を喰らおうとするのか?それについての原理は知る由も無かった。だが、芹沢は事態をある程度まとめて考えてみた。


 まず第一に、この症状は感染する。ウイルスか、未知の病原菌か、理由は定かではないが、この“狂気”は人に移る。それだけは確実であった、しかも感染した際の発症率は目下100%で、この病院に運び込まれた者はすべて症状を発症した。噛まれてから発症までには差があるが、早いものでは3時間で発症し、長時間耐えてる者もいるるが、助かりそうには見えなかった。

 そして噛まれた外傷で死亡すればその場ですぐに“蘇った”。

 第二に感染は接触による感染である事。しかも、それは噛み付きによる裂傷による物に限定されている。感染者の体液に触れたスタッフが隔離されたが、あれから数時間が経っても何ら変化は現れていない。

 第三――これが一番厄介であるが、噛まれたら最後、助からない事だ。様々な手を打ってみたが、運び込まれたすべての感染者はすべからず“死亡”した。様々な薬品、抗生物質などが試みられたが、結果は同じであった。


 厄介この上ない存在であった。エボラ出血熱、ペスト、HIVと言った流行り病がまだ可愛く思えてくるような状態だ。

 この恐ろしい病――ゾンビ病とも言うべきか――に対抗するべく、早期から厚生省の国立感染症研究所が動き、対策に当たっている。事態が事態なだけに、感染者が運び込まれた病院には警察官が常に配置されており、非常事態では発砲も許されている状態にある。

 芹沢が勤めるこの総合病院でもありとあらゆる手を打ち、感染者は拘束され隔離されているが。状況は芳しくなかった。もはや死んでいる患者を押し込めているだけであり、都内各所の病院は歩く死者を収容するだけの巨大な霊廟になりつつある。


 一度感染した者に対する処置はどうすればいいのか?芹沢にとって目下の悩みはそこにあった。山の手線で暴れ回った最初の感染者は警察官に噛み付いたために発砲された。だが、死んでいる彼にとっては拳銃弾は肉体に穴を空けただけで効果はなかった。最終的に胸部に2発、腹部3発、頭部に1発を受けて動かなくなり、“普通の死体”に戻っていた。

 外傷が原因で活動を停止した事はわかっている。問題は弱点がどこにあるかだった。だが、芹沢の頭の中では答えがすでに出ている。脳だ。

 頭部を切り離すか、あるいは脳に損傷を与えるといった攻撃で感染者を活動停止させる事が出来るというのは警察の報告を読めば明らかだった。

 問題はそれを立証するチャンスがない事であった。医学的に見て脳は満足に機能しているように見えない、心臓も動いていない、そればかりか体の腐敗すら始まっているとは言え、それは人の形をしている。完全な死体なのか?それとも生きているのか?もし頭を潰して無力化したところで、それは殺人罪ではないのか?


 問題を解決するには倫理的・法的な問題がまとわり付く。どうすればいいのか、悩みながらも、芹沢は仮眠を取るため休憩室を後にした。もうすぐ、日付が変わろうとしていた。

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