第7話 動物の檻

 ゲルンハルトお婆ちゃんは熱心なキリスト教徒なんですよカトリックの。

 お婆ちゃんが食事を作る時僕も手伝うんだけど、ご飯を食べる前にお祈りをしないと直ぐにほうきを持って来るんだ。日曜日のある時間だけ心休まるんですよ、お婆ちゃんが教会に行ってる時だけね。


 この前、家の玄関前を掃除していたんだが、玄関の扉の上にチョークで変な記号

【19-C + M + B -13】

 が書いてあるのが前々から気になっていたので、お婆ちゃんに聞いたんだ。


「ゲルンハルトお婆ちゃん、あの変な記号はなんですか?」

「変な記号じゃないわよ、全く。これは一月六日の三聖王祭の時に星の歌い手と呼ばれる三人の子供たちがやって来て歌を歌った後、この暗号を書いてその家を祝福するのよ」

「この暗号はどういう意味なの?」

「19と13は西暦で、CとMとBは、三人の王様の名前、カスパー、メルヒオール、バルタザールのイニシャルだよ、東方からキリストに贈り物を持って来た人たちなのよ。子供達は家々を訪ねて、贈り物を渡すのではなく募金活動をするの。集めた寄付金は恵まれない子供の為に使われるのよ」

「東方から人? 僕は極東から来たよ」

「あんたは私に災いを持って来たんじゃないの? そんな事より早く掃除しなさい」


 諸君、キリストにまつわる行事って、子供たちを巻き込んで道徳的な事を教えるのが素晴らしいよね。「確かに」


 土曜日の昼過ぎ、僕はダルムシュタット中央駅から列車に乗る。約四十分程でフランクフルト中央駅に着いたよ。この駅も半球状の屋根を持ち、停車場が沢山ある大きな駅だ。ここを出ると直ぐ目の前に止まっていた路面電車に飛び乗ったんだ。


 キキキー、キキキー、チンチン、路面電車が車輪を滑らせながら少し上り坂のカーブを左に曲がると、昼間でも薄暗い煉瓦レンガの壁の内側を埋め尽くす木々の枝葉がハラハラと揺れる。路面電車はやや右に傾きながら街路地を抜けた途端、急に眩しい太陽が顔を出した。


 一面に石畳が敷き詰められ、空に向けて水が勢いよく舞い上がる噴水がある。ここは噴水を取り囲む円形の広場だった。路面電車はフランクフルト動物園の脇にある駅に着く。路面電車を降りると、ホルストが噴水の前に立っているのが見えた。彼はバイオリンケースを足元に置いて、聴衆の前でバイオリンを奏でていた。


 僕は噴水の周りに設置された長椅子に座って、彼の演奏を聴いていたんだ。


「スカーフパンツさん」

 後ろからカミラが氷菓子を二つ持って僕の隣に座った。

「何だ、カミラさんも来てたんだ、でもスカーフパンツさんは止めてほしいな」

「じゃあ、短縮してスカパンさんでどう? この氷菓子お一つどうぞ」

「ありがとう。ホルストはバイオリン弾くの巧いね」

「そうなのよ、彼は小さい時から弾いているから」

「ホルストと恋人同士なの?」

「うふふ、唯の友達よ」


 諸君、カミラさんは本当の事を言ってると思いますか? ホルストが小さい時からバイオリンを弾いているのを知ってるんですよ、普通は幼馴染とか言いませんかね。怪しいですよねこの二人。


 ホルストのバイオリン演奏が終わると、周りで聴いていた人たちから拍手が起こり、そのうち数人は硬貨をバイオリンケースに投げ入れた。彼は硬貨を拾い上げポケットにしまい込むと、バイオリンをケースの中に入れて蓋を閉めて僕たちの所へやって来た。


「ようカミラ、マコト、今日は結構お客さんが択山お金を置いてってくれたんだ、後でおごってやるよ」

「ホルスト、バイオリン弾くの上手だね。これで飯食っていけるんじゃないか」

「ねえホルスト、この氷菓子残りの半分食べる?」

「ああ、頂くよ」

「あれ、僕は君たちのデートの邪魔をしに来たのかな?」

「違うよ、喉が渇いていただけだよ。そうだ、折角だから三人で動物園に行かないか」

「私も暫く行ってないから、動物たちに会いたいわ」

「僕も見てみたいな」

「じゃあ決まりだ、良し行こうぜ」


 動物園の入り口は左右に二つの小屋があり真ん中に係員が立っている。中に入ると先ず猿の家がある、ここは二階建ての鐘形状の網の中に木が生えていて何匹もの猿が木の枝に座っていた。網の奥には沢山の窓が付く建物がある。

 その先に熊の山がある。お城のような形をした建物の中央に檻が設置され、熊が動き回っている。隣の事務棟の建物の庭に、柵で囲まれた像の家がある。像は飼育係の人から与えられた草を食べていた。


「ホルスト、ここの動物園結構広いね」

「まだまだ見る所がいっぱいあるよ、俺は虎を見に行きたいんだ」

「私は鳥たちを見に行きたいわ」

「僕はある動物に会いたいんだけど、居ないな」

「何の動物なの?」

「見つけたら教えてあげるよ」

「あれ、あそこに駝鳥ダチョウが小径を彷徨ってるぞ。確か駝鳥も檻の中で飼われている筈だが、どうするマコト」


 諸君、その駝鳥はまだ子供で、檻から抜け出したんだけど元に戻れなくなってしまった様なんだ。檻の中の親たちが心配そうに見ている。ここで諸君らに問題を出そうか迷いましたが止めます。僕とホルストは子供の駝鳥を抱いて元の檻の中に戻してやりました。「あんたたち、えらい」


 暫く園内を歩いた後、僕は探していた動物を見つけたんだ。そこは少し小山になった場所で山小屋が三つ建てられて柵の中で動物たちがのんびりと過ごしていた。僕は砂利の坂道を走って行った。


 さて諸君、ここで問題を出すよ。今日は簡単な問題で直ぐ判ると思うんだ。

 僕はこの動物たちに近寄って何をしたでしょうか? 三択です。


 其の一、餌をあげた。

 其の二、頭を撫でた。

 其の三、頭を下げた。


「多分シベリア鉄道に関係あるんじゃね~か? 其の三だろうが」

 大正解です。僕は羊たちに何度も頭を下げて、命拾いしてくれた彼らに感謝の意を示しました。


「マコト、何やってんだよ」

「ちょっと、彼らの遠い親戚に命を助けて貰ったんで」

「スカパンさん、どうしたの?」

「露西亜で列車から落ちたら、羊さんたちが列車を止めてくれたんだ」

「……?」


 その後、僕たちは小鳥の小屋と鷲の家、ラクダの家を見て回った。


「あそこに売店があるから何か食べようぜ、俺のおごりだ」


 小さい広場に馬車の荷台の形をした売店があった。三人はフランクフルトで定番の太くて長い腸詰肉ヴルストを挟んだ白パンを買った。腸詰肉ヴルストの上に蕃茄トマト番茄醤ケチャップ洋芥子マスタードを塗って食べた。


「この腸詰肉美味しいね」

「マコト! それ羊の肉だけど大丈夫?」

「うえっ、」

「スカパンさん嘘ですよ、これは豚肉ですよ」

「危なく戻すとこだったじゃないですか」

「ハハハハハ、でも土耳古トルコなど中東の国の食べ物は羊肉が多いぞ」

「どうして?」

「彼らは豚肉を食べられないからさ。この欧州で豚肉の名物料理が多いのはイスラムの人たちが食べない事を知っているからだよ、ある国では踏み絵代わりに豚肉料理を使ったらしいぞ」

「宗教的にも色々複雑な歴史があるんだね、ここは」

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