第21話 花火の試

 遠くの音を検出する実験によって、圧電素子の大体の大きさが分かった。後は動的な実験をする事にした。矢代郡市川大門の花火製造所へ行き、注文した二段式ロケット花火を取りに行く。この花火は長い竹串の先に上下二つの花火がくっついた物で、飛行距離は四〇〇メートルもある。山小屋に持ち帰り、戦闘機が飛来する夕方までに花火の実験の準備をした。


 ロケット花火の先端にマイクロフォンを固定する。マイクロフォンには四〇〇メートルの長さの細い電線が繋がっており、電圧計に接続する。音を検出しながら花火を打ち上げるのだ。


 四時少し前に戦闘機が見えた。私は土に埋めた細い水道管に刺したロケット花火の着火の準備をする。


 良し、今だ!


 着火するとマイクロフォンを先端に付けたロケット花火は、戦闘機に向けて勢いよく飛び出した。炎と白煙を吹き出しながら花火が打ち上り、とぐろに巻いた電線がするするとほどけていく。私は急いで電圧計の針を凝視する。


 あ! 電圧計の針がゼロになった?


「めがねのお兄さん、今度は花火?!」


 また菊子ちゃんだ――。


「この花火も仕事なんだよ」

「へ~、葡萄酒飲んだり花火をするのって仕事なんだ」

 菊子ちゃんは下から覗き込むようにして、まん丸な目を私に向ける。

「……今忙しいの! じゃましないでよ」

 まったく、イライラする。圧電素子が壊れたのかな?

「お兄さん、ひもの付いた花火が落ちてくよ」

「ああ、分かってる。あれを回収しなくちゃ」

「私も行く!」

「はあ? ……良し、手伝ってくれ」


 電線は約半分ほど残っている、飛距離は二〇〇メートルくらいだ。私は電線を左手の腕に抱え、とぐろに巻きながら手繰り寄せる。菊子ちゃんは私の先を行き、電線を引っ張るのを手伝ってくれた。なんだか楽しそうに走っては、引っかかった電線を持ち上げて待っている。私は巻いた電線が重くなっては、それを途中で置き去りにしながら歩いていた。暫らくしてマイクロフォンと燃え尽きた花火を菊子ちゃんが見つけた。


「お兄さん、花火が見つかったよ!」

「この仕事へとへとになるな、電線が意外と重くて疲れたよ」 

「はい、これ」菊子ちゃんはマイクロフォンを拾い上げて私に渡す。

「ありがとう、山小屋に戻って中を調べるよ」


 マイクロフォンの根元の電線を切断し、電線の回収を後回しにしてマイクロフォンだけを持って帰って来た。電線の回収方法を考えると頭が痛くなる。次からは電線を吊り上げるだけの花火を足して二本の花火を打ち上げる事と、雑草の生えた緩やかな丘に向けて花火を打ち上げようと思った。


 山小屋に戻ってマイクロフォンを分解する。やはり圧電素子にひびが入って壊れたいた、風圧で壊れたのだろう。京都に戻って、アルミ製の筒に防風対策を施した設計をしなくては――。


 翌々日、私は葡萄酒を入れた瓶を風呂敷で包み、それを持って京都の航空機製造工場へ行った。工場の二階の設計室に入ると、向井中佐と山本少佐が話をしていた。


「向井中佐殿、山本少佐殿、戻って参りました」

「やあ、旗島君、久しぶりだな。実験はうまくいっているか?」

「はい、向井中佐殿。まずまずですが、筒の設計をやり直します」

「何だ、うまくいってないのか」

「より良くする為です。それから、これは甲府で作った葡萄酒です」

 私は葡萄酒の入った瓶を山本少佐に渡した。

「おお、持って来たか、早速飲んでみよう!」


 山本少佐は棚の上の茶碗を取ると、葡萄酒の瓶の栓を抜いて茶碗に注ぐ。手に取って少し匂いを嗅ぐと、葡萄酒を一口飲んだ。


「何だこれは! ジュースじゃないか」

「はい、砂糖を入れました。発酵を早める為に」

「どれどれ、私も飲みたい」


 向井中佐も山本少佐の茶碗を横取りして葡萄酒を飲む。


「少し甘いが、飲めないことは無いな」

「この次は砂糖が入っていない、ちゃんと熟成した葡萄酒を持ってきます」

「ところで旗島君、今日の午後、陸軍と海軍の参謀が視察に来るんだ」

「どのような視察ですか? 向井中佐殿」

「この工場と『台風』ロケットの視察だ」

「もう完成したんですか、ロケットは?」

「いや、未だだ。ロケットエンジンの組み立て途中を見せるだけだ」

「何でその様な物を見に来るのでしょうか」

「予算の使われ方を調べる為だろう。君のマイクロフォンも見せてやれ」

「あまり偉い人とは、話をしたく無いです」

「向井中佐、私が旗島君のマイクロフォンの説明をします」

「そうか、頼むぞ山本君」

「旗島君、マイクロフォンの製作状況を今直ぐ俺に教えてくれ」


 私は壊れたマイクロフォンを山本少佐に渡し、製作経過と問題点を報告した。


 午後になって、参謀たちが工場に入って来た。私は設計を中断して窓の所へ行き、下の工場の様子を窺った。工作機械を運転していた人達も手を止め、直立して敬礼をする。向井中佐と山本少佐の案内で作業台に置いてあるロケットエンジンの所へ行き、二人の参謀に説明を始めた。何やら大げさな身振り手振りで、自慢げに話をしている様に見える。参謀達は頷きながら向井中佐の話を聞いていた。


 ホルストのおかげでロケットが開発できるのに、自分たちだけの手柄にしたい様だ。軍人も上司には媚びへつらうんだな。


 話が終わり二階の設計室に来る、私は慌てて設図台の所に戻る。


「参謀殿、ここが設計室です」

 いかつい顔の参謀達が入って来た、皆席を立って敬礼をした。

「後ろの三名がロケットの、前の者はマイクロフォンの設計を担当しています」

「うむ」

「これが開発中のマイクロフォンです」


 山本少佐が机の上に置いてあるマイクロフォンの説明を始めた。饒舌で、しかも自分が考え出したような事を言っている。参謀達は、ただ頷いているだけだった。


 説明が終わると、四人は設計室を出て行った。暫くして向井中佐と山本少佐が部屋に戻って来た。


「いや~、今日は上手くいった。参謀達はかなり感心していたな、山本君」

「はい、これで我々の評価も上がりますね」

「次は飛行実験をするときに、再び視察に来ると言ってたな」

「しかし、あの手帳は本当に役に立ったな、旗島君」


 山本少佐は私の肩を叩く! 痛て~。


「あの手帳は私がホルストから貰った物です、もう返してください」

「ああ、返してやるよ」


 山本少佐は自分の机の引き出しから革の手帳を持ってくる。すると、ロケットの図が書いてあるところだけちぎり取った。「この大事な部分は貰っておくぞ」


 山本少佐はホルストから貰った革の手帳を、投げる様にして私に返した。


「ところで旗島君、夕方に旅館で会合がある。君も出席してくれ」

「私もですか?」

「参謀殿が、君たち設計者もねぎらいたいと言っておられたのだ」

「どこの旅館ですか?」


「松葉町の足山旅館だ」

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