第10話 再びお屋敷へ
日曜日、耕太郎は11時少し前に柴田家に着くと、お屋敷の門の前に自転車に乗った美咲が待っていた。
「あれ、美咲ちゃん何でここにいるの?」
「昨日の夜、眠れなかったんです。おばあちゃんの話と木箱の中の物を考えてたら」
「何考えてたの?」
「だって、すごく気になるでしょ、あの空き地の山小屋に住んでた男の人。あそこで何を作ってたんだろうとか、どうして小屋が取り壊されたのかなあって想像してたら、ワクワクしちゃって推理小説を読んでるような気持ちになったの。だからどうしても知りたくなって、今日もここに来たの」
「そう? そんなに面白い話かなあ、まいいか、じゃあ一緒に行こう」
耕太郎はインターホンを押して、またあのガラガラ声と会話した後、2人でお屋敷の中へ入って行く。耕太郎たちは幸江に案内されて応接間に通されると、この前と同じ椅子に座って征二を待っていた。
「やあ、ご苦労さんだったね、昨日は」征二がやって来て、向かい合うように幸江と共に椅子に座る。
「申し訳ありません、真空管は見つかりませんでした」
「おじ様ごめんなさい、わたしがまだ残ってるような話をしてしまって」
「仕方あるまい、それよりも片桐さん、何か他の物を持ってきたんだって」
「あ、はい、これです」
耕太郎はカバンの中からデジタルカメラの写真を印刷した1枚のコピー用紙と、革の手帳を征二に渡した。征二は写真を見るなり、
「何じゃこの物品は、さっぱり分からん。真空管とはまったく関係なさそうだな」
「そうなんです、真空管があった空き地の窪みの穴に木箱が埋まってまして、その木箱の中にこれらが残ってたんです。美咲ちゃんが写真撮っとけばと言うので、一応持ってきたんです」
「おじ様、うちのおばあちゃんの話だと、戦争中にその空き地に小屋があって、そこで何かを作っている男の人がいたんですって。終戦後にアメリカの兵隊さんが来て、その小屋を取り壊してしまったそうです。でも、この木箱だけが残ってたんです。何かわかりませんか?」
「銅製の鍋、ふたの着いたガラス瓶、お皿、スプーン、天秤、分銅、温度計か……」征二はしばらく写真を眺めながら、しばらく思案していた。
「こっちの手帳は何だ」征二は革の手帳を取ってページをめくり、アルファベットが書いてあるページを見つける。
「ふむふむ、これはドイツ語で書かれているぞ、わしには訳せん」
「ドイツ語でしたら、私、少し読めますよ」と幸江は得意顔になり、老眼鏡をつけてから征二が持っている手帳を覗き込んだ。
「Flugabwehrrakete und abgefeuert von mehreren Startvorrichtungen. いくつかの発射装置から発射される対空ミサイル、などと書いてありますよ」
「おお、これはミサイルの資料だな、何でこんな物持ってるんだその男」
「もしかしてミステリーですか? おじ様」美咲の目が輝きだした。
「厄介な物持ってきちゃいましたか? すみません」
(めんどくさくなるのやだな~) 耕太郎は、さっさとお金を貰って帰りたかったようだ。すると征二は、
「おい、幸江、息子を呼んできてくれ」
「はい、はい、分かりました」幸江はすぐに2階へ上がる。
しばらくして、幸江に引っ張られるようにして息子が階段を降りてきた。
「お父さん何でこんな早く起こすの、まだ眠いのに」ランニングシャツと短パン姿の征二の息子は、ぼさぼさの頭をなでながら征二の隣に座る。
「この人は冬菇屋の片桐さん、隣は真空管を見つけてくれた美咲さん。こいつはわしの息子の海斗じゃ。海斗は自衛隊の装備技術の研究官をやっとるんだ」
「ああ、初めまして、こんにちは。冬菇屋さんって、乾物か何かを売ってるんですか、椎茸とか?」耕太郎はガクンと膝を崩す。
「ち、違います、中古品を扱ってるんです。よく間違えられますけど」
「おい、海斗、この手帳に何が書いてある?」征二は革の手帳を海斗に渡した。
海斗は渡された革の手帳の3ページ部分をめくりながら、
「これは "Taifun タイフン" って名前で、第2次世界大戦末期にドイツで開発していたミサイルのことが書かれてる。実践には使われてない迎撃用のミサイルだったかな、よくこんな物が日本で見つかったね、ふぁ~あ」
そう言うと、革の手帳をテーブルの上に置くとすぐに背もたれに上半身を預け、右の手を頭の後ろに回した。海斗はまだ眠気が覚めないようだ。
「え、タイフン。じゃあ、あの台風って書いてあった弾薬盒は、このことだったんだ」
「何じゃ、その弾薬盒って言うのは」征二は目をむき出した。
(益々めんどくさくなってきたなあ) 耕太郎が頭を掻いていると、美咲が、
「ねえねえ、その弾薬盒って何?」と、美咲は興味津々で耕太郎の腕をゆする。
耕太郎はしかたなく、あの弾薬盒の話を始めたのであった。
「美咲ちゃんが真空管を持ってきたとき、革製の箱に入れてきたんです。その箱を買い取って、その夜、ネットで調べたら日本軍の弾薬盒だってことが判ったんです」
「ねえ、弾薬盒って何なの?」
「弾薬を入れておくポーチだよ、それでその弾薬盒の蓋の裏に文字が書いてあったんです」
「何て」
「確か、イ号二型 台風 だったかな」
「!!! えええ、イ号二型の"イ"ってカタカナの"イ"」椅子のひじ掛けに肘を付け、ほほに手を当ててうとうとしていた海斗が飛び起きた。
「そうですけど」
「あの終戦間際に日本の陸軍と海軍が協力して開発していた、イ号一型の改造版の対空自動追尾誘導弾だ!」
「海斗、おまえ知っているのか」
「ああ、お父さん。あまり人前で言えないけど、イ号一型は空対地爆弾で、対空弾のイ号二型は戦時中極秘に開発されてたんだ。資料はほとんど残ってないんだけど、ただ重要なものがあって……」
「海斗、隠さずに言いなさい」
「はあ、実は今でも対潜水艦探査用のアクティブ・ソナーの重要部品の素が、そのイ号二型に組み込まれていたという話があるんです」
「海斗さん、そのアクティブ・ソナーって何? 何?」美咲はもう興奮しきっている。
「ああ、アクティブ・ソナーというのは、艦船やヘリコプターに取り付けて海に向かって音波を発射するんだ。海の中に潜水艦がいると、その音が跳ね返ってきて居場所が分かるんだよ」
「お父さん、この写真は?」海斗はコピー用紙に印刷された写真を見つけてじろじろと写真を見る。
「やっぱりそうだ、これはマイクロフォンを作るときの部品、圧電素子を作る道具だ。対空自動追尾誘導弾のセンサーの役割をするんです」
「これは、大発見です。すぐに班長に電話しないと」海斗は上司に電話をかけるため自室に戻った。
「その弾薬盒は片桐さんが持ってるのか?」征二が耕太郎に聞くと、
「あの~、……ネットオークションに出品してしまいました」
「えええ、何だって!」
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