第15話 工場の炎

 岸に降りるとドイツ軍の兵士は直立して、「お待ちしておりました」と敬礼する。向井中佐と山本少佐も敬礼し、私も慌てて敬礼を返した。三人は兵士の後に続き、石の階段を上って行った。

 階段を上り切ると一台の黒い車が止まっていた。三人が車に乗り込むと兵士は運転席に座り車を走らせた。


「ここから兵器工場までは近いのですか?」私は兵士に尋ねる。

「ここはリュウゲン島です、兵器工場のあるペーネミュンデまでは二時間ほど掛かります。兵器実験場の近くの海には、ミサイル試射の為一般の船舶は近づけません」


 二時間ほど走ると、くっついた三本の煙突が立つ工場が見えてきた。工場棟の脇には巨大なクレーンが何かを吊り上げていた。車は守衛所を通り沢山の工場や建物が立ち並ぶ敷地の中に入ると、ある建物の前で止まった。その建物の入り口の前には、立派な軍帽を被り黒い襟の軍服を着たホルストと、一人の兵士が立って待っていた。三人が車を降りると、ホルストが直ぐに出迎えた。


「おお、マコト! 久しぶりだな」ホルストは私の腕を叩いた。

「ホルスト、随分恰好いい軍服を着てるじゃないか。大佐になったんだろ」私も彼の胸を手の甲で叩く。

「ああ、ここで忙しくしてる。しかしお前は野暮ったい恰好してるな、いつから眼鏡を掛けてるんだ。それと、何だそのしょぼい鞄を肩からぶら下げて」

「この鞄か? レコード會社の支給品なんだ。僕も一応録音技師の肩書だよ」

「そうか、そんなことよりマコト、通訳を頼む」

「良し、分かった」


「ようこそいらっしゃいました、向井中佐殿」

「お目にかかれて光栄です、シャックマン大佐殿」

「初めまして、山本少佐です。この度はお世話になります」

 三人は手袋をしたまま握手をする。

「早速ですが、工場を案内します」ホルストは一人の兵士を伴い、私たち三人を連れて敷地内を歩いて行った。


「随分広い敷地ですね」向井中佐が工場を見渡しながら尋ねる。

「ここには、設計事務所や風洞・材料研究所。また、飛行・誘導・遠隔制御装置の開発製造工場などがあり、約二千人が働いています」

「今回は誘導ミサイルとロケット技術の説明をして下さると聞いていますが」

「まずは最新ロケットの実験棟へ行って、実物を見せたいと思っています」


 百数十メートル程歩くと、三角屋根の大きい倉庫のような建屋の前に立つ。何か、けたたましい音が時々聞こえてくるその建屋の扉を開けると、横になった黒くて先の尖る大きなロケットの先端が見えた。


「このロケットは数日中に発射実験をします。今は最終の動作確認をしているところです」ホルストは兵士と私たち三人を連れて、ロケットの傍まで歩いて行く。

 横になったロケットは先端は黒く、胴体は白く塗られていた。ロケットは鉄製の矢倉の上に載せられ、数人の技術者がロケットの周りを取り囲んで何かの作業をしていた。ロケットの尻の部分から、炎と煙が吹き出したり止めたりを繰り返していた。


「別の部屋で詳しく説明しますが、このロケットはエタノールと液体酸素を燃焼室に送り込んで、燃焼ガスを推進力として飛行します」

「どのくらいの飛距離がでますか?」山本少佐が質問する。

「今は五〇キロメートルですが、目標は三〇〇キロメートルです」

「その距離なら英国に届きますね」

「そうです、このロケットの名前は『報復爆弾』ですから」

「さすが、ドイツの技術開発力は世界一ですね」


 暫く話をしていると、建屋の奥から白と紺の縦縞の服と帽子を被った二人連れが、重たそうな機械を積んだ台車を押し、もたつきながらこちらの方へ歩いてきた。

 すると、ホルストは兵士に何か耳打ちをする。兵士は走って台車の所へ行き、縦縞の服を着た人たちを追い返した。


「あれは見なかった事にして下さい」

 私はその言葉を向井中佐と山本少佐に通訳したが、ホルストに聞き返した。

「ホルスト、あれは囚人じゃないのか」

「ああ、ソ連人やフランス人の囚人だ。俺は使いたくないんだが……」

「彼らは疲れ切っている様に見えたぞ」

「ああ、毎日過酷な労働をさせないと、脱走を試みるからだ」

「隣の国同士でも、敵味方に分かれると人間じゃなくなるのか。余りにも過酷な労働を強いると死んでしまうじゃないか」

「マコトの国だって同じことをしている筈だ」

「多分そうだろうな、人の事は言えないな」


「旗島君、何を話しているんだ」向井中佐が怪訝そうな顔をする。

「いや、何でもありません」私はホルストに目で助けを求める。

「向井中佐殿、次の所へ行きましょう」

 私たちはその建屋の外に出た。


 次に訪れたのは三階建ての四角い建物だった。私たちはその建物の二階の部屋に案内される。その部屋の机の上に横になって置いてあるのは、高さは約二メートル、直径が十センチメートルくらいの小さなロケットで、尾翼が四枚付いていた。


「私はこのロケットがお気に入りなんです」ホルストは続けて話をする。

「このロケットの名前は『Taifun』と言います、日本の台風から命名しました。まだ試作の段階ですが、これが完成すれば空襲された時に威力を発揮します。先ほどのロケットは遠くへ飛ばす為に大型で複雑なエンジンですが、こちらのロケットは約十キロメートル飛ばすだけの、簡単なエンジンを持たせる予定です」

「防衛用のロケットという事ですか」向井中佐が尋ねる。

「そうです、対空ロケットですから」

「ドイツが空襲攻撃を受けるという事があるのですか?」

「戦況はいつどうなるか分かりません、重要な施設には備えが必要です」

「我々は攻撃用のロケットを持ちたいのです」

「あなたの国は空襲攻撃されないとお考えですか?」

「我が日本軍は米国に先制攻撃を浴びせて、太平洋のいたるところに進出しています。本土が攻撃される事など全く考えていません。この戦争を優位な内に早く終わらせるのですから」

「私も最初の大戦の時、そう思いました。しかし戦争は簡単に終わりませんでした。なぜなら、皆自分の国を必死で守るからです。私はドイツも日本も領土を広げる事ばかり考えていると、防衛がおろそかになると思っているのです」


 ホルストの熱弁に、向井中佐と山本少佐はあまり納得していない様子だった。


 その後私たちは会議室に行き、机の上に誘導ミサイルとロケット技術の図面を広げながら詳しい説明を受けた。一通りホルストの説明が終わると、

「この図面の写真を撮ってもよろしいでしょうか?」山本少佐がカメラを取り出してホルストに尋ねる。

「今回は、視察という名目でいらしている筈です。相互の技術協力についてはまだ話がまとまっていません。空軍では慎重な意見があるのです」

「そうですか、残念です」

「ただ、私は今すぐ便所に行ってきます、その間に何があっても分かりません」


 ホルストは会議室を出て行った。すかさず山本少佐は図面の写真を撮り始めた。

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