第20話 残された書類

 河原部長が戻ってくる。

「この件は私1人が同行して、あなたがたと一緒に調べることになりました」と言って、河原部長は耕太郎と海斗を連れてエレベータに乗って地下へ降りて行った。


 そこは地下2階の資料保管室だった。


 ぶ厚い鉄の扉の鍵を開け、中に入り電気を点ける。そこにはスチール棚がたくさん並んでいて、その棚には段ボール箱がぎっしりと積まれていた。


 河原部長は一番奥の埃の被った段ボールが置かれている場所に来ると、昭和10年代の資料を探し出して床に置き、段ボールの中を調べ始めた。


 河原部長が何箱か調べた後、

「ありました、旗島真さん。確かにうちの従業員の方でした」河原部長は段ボールから綴りひもで綴じた台紙を取り出して中の書類を調べ始める。

「旗島真さんは昭和8年に入社して、録音技術部に配属されてます。そして、昭和18年4月から日本陸軍 (所属不明) に出向し、出向中の昭和20年8月15日に亡くなっています」


「終戦の日だ!」耕太郎が叫んだ。


「死亡原因は、昭和20年8月15日の大阪の空襲となっています」

「終戦の日に大阪で空襲?」耕太郎も海斗もびっくりした。海斗と耕太郎は叫ぶ。


「終戦の日に空襲があったなんて、知りませんでした」

「こんなひどいことがあるなんて!」


 河原部長は書類の最後のページにたどり着く。

「昭和20年8月13日と14日だけ本社に出勤しています。理由は宮内庁から依頼された、玉音放送用の録音機材調整のための特別招集と書いてあります」

「それで、節子さんが旗島真さんが終戦の2日前から東京へ行って戻ってこなかったって言ってたんだ」耕太郎がそう言うと、海斗は、

「確かに、だんだん謎が解けてきましたね。おや、その台紙に何かがが貼り付けてありますけど、それは何ですか?」


 それは、最後のページの裏の台紙に18㎝角程の封筒が、のりでくっ付けられていたのが透けて見えた。河合部長がページをめくる。

「封筒がのり付けされて、その封筒に【宛先不明】と書いた紙が貼ってある。中を調べます」河合部長はその封筒を開いて中に手を入れ、中身を取り出す。


 それは一枚のEP盤レコードだった。そのEP盤レコードの中心の穴の周りにドーナツ状の紙、レーベルが貼ってある。そこには、


 【節子への手紙 昭和20年8月14日】と書いてあった。


 耕太郎と海斗にすさまじい衝撃が起こる。


「これは、あの節子さんへの声の手紙だ!」


 2人は目を合わせる。2人とも同時に、このレコードの声を1秒でも早く節子に聞かせてあげたいと思ったようだ。


「海斗君、これ、旗島真さんの最後の言葉が残ってるんだ」

「そうです、このレコードを節子さんに今すぐ聞かせなければいけません」

「河合部長、レコードプレーヤーのある部屋で、このレコードを今すぐ聞かせてください。お願いします」河合部長は2人の真剣な眼差しを感じて、

「分かりました。すぐに3階の試聴室へ行きましょう」

 耕太郎たち3人は、EP盤レコードを持って3階のフロアにある試聴室へと早歩きで出て行った。


「海斗君、真奈美さんのところへ電話してくれ。俺は恵子に電話して、美咲ちゃんがまだいれば、一緒に聞かせてあげたい」

「そうしましょう」海斗は歩きながら真奈美のところへ電話する。耕太郎も歩きながら、恵子に電話をかけた。


「恵子、旗島さんの最後の手紙が見つかったんだよ」

「どんな内容なの」

「目の見えない節子さん宛の手紙、レコード盤なんだ。まだ聴いてない」

「そんな物があったの」

「そうだよ、美咲ちゃんはまだ店にいる?」

「美咲ちゃん? ええ、何かうちの電器製品の中からアンプとか言うのを見つけ出して、バラバラにしてるの」

「あれ、恵子いつからちゃん付けになったの? 後でレコードを聴くときにまた電話するから、2人で待っててくれ」


「もしもし、真奈美さんですか、柴田海斗です。旗島真さんは終戦の日に空襲で亡くなっていたのですが、節子さんへ送ろうとしたレコードの手紙が見つかったんです」

「終戦の日に亡くなっていたのですか……。そのレコードの手紙って?」

「節子さんに何か伝えたいことが、そのレコードに録音されて残っていると思います。今すぐ節子さんの所へ行ってもらえますか?」

「ちょうど今、介護施設を出たばかりです。もう、面会時間が過ぎてしまいましたが、何とか事情を説明して中に入れてもらいます」

「レコードをかけるときに、また電話します」3人は、また少し速足で試聴室へと急いだ。


 そこは広いフロアに、正方形で4畳半ほどの大きさの組み立て式の試聴室が3台置いてある。河合部長は真ん中の部屋の中央にガラス窓のあるドアを開けて、3人が入るとドアを閉めた。ドアには音が漏れないようにゴムのシートが隙間を埋めていた。部屋の中はテーブルと3脚の椅子があり、テーブルにはレコードプレーヤーが置いてある。

 河合部長は一呼吸すると、

「さあ、このレコードを載せますよ」と言って、EP盤レコードをプレーヤーにセットし、レコード針をレコード盤の一番端に載せた。


 耕太郎は直ぐに恵子に電話する。

「もしもし、恵子、これからレコードをかけるよ、そのままこの電話で聞いててくれ」

「分かったわ、あなた」

「もしもしおじさん、美咲も一緒に聞きます。この謎解きの結末を教えてください」恵子と美咲は息をのんで恵子のスピーカーモードにしたスマホを見つめている。


 海斗も真奈美に電話する。

「真奈美さん、節子さんの部屋へ入れましたか?」

「はい、介護士の方にお話ししたら直ぐに中に入れてくれました。今、母と一緒です」


「お母さん、これから亡くなったお父さんの最後の声が聞こえてきますよ。一緒に聞きましょうね」真奈美は節子の枕元に体を寄せ、節子の顔の前にスマホをかざし、自分の顔も近づける。


 節子は両手の指を組んで拝んでいた。


「ありがとね、ありがとね、……真さん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る