第18話 偽装の廠

「本気で言っているのか!」


 向井中佐は私を睨む。無意識に口から出てしまった言葉ではあったが、今ここで彼を説得しなければならないと思う自分がいた。


「どうしても作りたいのです、向井中佐殿。やらせて下さい」

「防衛の武器など今必要か、日本が優勢なこの戦争を君はどう思っているんだ」

「米国は強大国です、しかも米国の兵士だって自国への忠誠心があります。死を恐れずに反撃してくるでしょう。日本は全力で国土を守らなければならなくなる日が必ず来ます」

「既に日本は総動員して、挙国一致でこの戦争に臨んでおるではないか」

「我々は何故米国と戦争をしなければならなかったのか、もっと他の選択肢があったのではないかと思っていた者も大勢いる筈です。しかし国民は今、国の為、いや家族の為に戦っているのです」

「日本は資源が少ない、この日本を列強国として維持にするには他の選択肢はないのだ。中国本土も南方も太平洋も、我々が覇権を握るべきなのだ」


「私は日本の美しい山々や河川を、将来の子供たちに残したいと思っているだけなのです」


「……」


 向井中佐は腕を組んだまま、黙ってしまった。


「君がそこまで言うのなら、考えておこう」


 次の日、私たち三人は列車で満州里から奉天へ移動する。奉天の飛行場から輸送機に乗り、日本へ帰って来た。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 帰国後、私は帝都レコード會社に戻り、前と同じ様にニュース映画を制作する多忙な毎日を過ごしていた。


 一九四二年六月十一日、新聞にミッドウェー沖大海戦の記事が躍っていた。

『東太平洋の敵根拠地を強襲』

『米空母二艘撃沈、わが二空母一巡艦に損害』

『刺違え戦法成功、敵の虎の子誘出せん滅。太平洋の戦局、この一戦に決す』……これを見た国民は、戦争に勝った勝ったと大騒ぎをしている。ニュース映画の製作依頼も増えて来た。


 一九四二年十一月十五日、ガダルカナルの戦いの記事が載る。

『陸海軍協力・ソロモンの敵を追詰める』

『敵艦船十五隻を滅ぼす』……日本は本当に戦争を優位に進めているのか。


 一九四三年二月一日、続報記事。

『南太平洋方面戦線 新作戦の基礎確立』

『ガダルカナルより転進』……転進とはどういう意味だろう。


 その二日後、柳田部長の所に向井中佐から電話があった。

「柳田部長、再び旗島君に手伝って欲しいことがあるんだが」

「今度はどの様な事でしょうか?」

「旗島君を陸軍へ出向させてくれ」

「急にその様な話をされても困ります」

「軍の決定事項だ、従ってもらいたい」

「は、はい、承知致しました」

「では出向先の書類を送るから、来週から京都に赴任させてくれ」


 私は電話の様子を窺っていたが、柳田部長はむっとした顔をしていた。


「旗島君、今度は陸軍に出向せよとの事だ。赴任先は京都だ」

「出向ですか、どの様な仕事をするのでしょうか?」

「分からん、軍の決定事項としか」


 柳田部長は吐き捨てるように言葉を吐くと、総務部に電話を掛ける。

 私は例のマイクロフォンの開発の仕事だと思ったが、機密扱いとなりそうなので、柳田部長には黙っていた。

 数日後、書類が届く。私は京都へ赴任する準備をした。


 五月中旬、私は京都の街はずれにある航空機製造工場へ向かった。広い敷地に十棟程の工場が整然と並んでいる。その工場の入口の門の前には山本少佐が待っていた。


「よう、旗島君、久しぶりだな」

「山本少佐殿、お元気ですか」

「ああ、相変わらずだ。あの奥の建屋で向井中佐が君を待っているぞ」


 その建屋は、大きな三角屋根で朽ち果てた板張りの外壁で窓も少ない。その今にも壊れそうに見える古い建物の中に入ると、コンクリート床に緑色に塗られた鉄骨で施工された二階建ての真新しい工場が出来上がっていた。

 一階の広々とした空間には三列に並ぶ天井照明が明かりを灯し、最新式の工作機械が幾つも並んでいる。山本少佐の後に続き階段を上り、二階の奥にある部屋の扉を開ける。大きな机の前で、書類を見ながら仕事をしている向井中佐がいた。


「おお、旗島君、待っておったぞ」向井中佐は立ち上がる。

「向井中佐殿、またお世話になります」私は頭を下げた。

「ここは私の秘密基地だ」

「随分汚い建物だと思っていたら、中の設備はすごいですね」

「中の様子を隠蔽する為だ。予算を確保するのが大変だったが、何とか上を説得した」

「それでは、あのTaifunロケットを作るのですね」

「うむ、そういう事だ。極秘に進めるので今回も他言無用だ」

「分かりました。ところで日本軍は快進撃を続けているようですね」

「……そうかね」

「新聞やニュース映画を見ていると、そう感じますよ」

「そんな事よりも、今回の計画について話をする。山本少佐、計画書を持って来てくれ」

「は、只今持って参ります」


 暫くして山本少佐が戻ってきた。私たちは会議机の所に移動した。


「この計画は陸軍技術本部と海軍工廠から特別に承認された。計画名は『台風』だ」

「Taifunロケットと同じにしたんだ、旗島君」山本少佐は私の肩を叩く。

「この工場で開発を進めるのは、ロケット本体だけだ。図面はシャックマン大佐が旗島君に渡した手帳を元に、現在設計中だ」

「あの手帳の図だけで図面を起こせるのですか?」

「そうだ、あれは良く描かれている。大事な部分は拡大して描いてあったのだ」

「向井少佐殿、例の誘導装置の開発はどの様に進めるのですか?」

「誘導装置の開発は外注に出そうと思っておる。先にロケット単体の制作を優先する為だ。それが成功してから誘導式に改造するのだから、急ぐ必要は無い」

「プロペラ音を検知するマイクロフォンの開発も、外注に依頼するのですか?」

「いや、外注先に打診したが、断られたから君を呼んだのだ。相当難しいようだぞ、旗島君出来るのか?」

「やれるだけ、やってみます」

「では、マイクロフォンの構想を考えて、製作計画書を作成してくれ」

「分かりました、直ぐに取り掛かります」


 私と山本少佐は向井中佐の部屋を出て、隣の設計室に入って行った。そこには三人の技術者が製図台に向かって図面を描いていた。私は山本少佐から与えられた製図台の前に座って、マイクロフォンの構造の検討を始めた。


 検討課題が沢山ある。


 プロペラの音圧レベルと周波数はいくつなのか。

 時速三六〇〇キロメートルの風圧はどの程度なのか。

 ロケット本体の騒音レベルは、風切り音の対策はどうするのか。


 図面を描き始めるまで、相当な時間が掛かりそうだ。

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