第23話 西の蟲穴②

 洞窟の中には《ヒカリゴケ》という仄かに発光する苔の一種が自生している。それはもう、洞窟内部の岩肌にびっしりと生えているので、灯りを用意する必要がないのはありがたい。

 内部に一歩踏み込めば、外とはがらりと雰囲気が変わる。長閑のどかな賑わいから一転して張り詰めた空気が漂う。


「魔力の濃さはどうだ?」


 魔法に長けたリーナは俺とは違って、不可視のエネルギーたる魔力を僅かながらにも感知することが出来る。


「東とそう変わらないと思うわ」


「つーことは、獲物はそれなりにいるのかもな」


 とはいえ、冒険者の数は東より遥かに多い。競争率は高そうだ。


「よし、行くか。前は頼んだぞ」


「ああ、任せてくれ」


 大盾を持つナルシスを先頭に中へと進む。リーナを真ん中に配置して、殿は俺が務める。洞窟内は大型の馬車が入れるくらいには広いが、横並びではなく、この陣形で進むのが理想だ。

蟲穴むしあな》は見た目は洞窟であるが、その正体は虫の巣穴らしい。確かに、自然に出来たというよりは掘り進めたかのようにも見える。天井が然程高くはないのが理由だろう。

 従って、警戒するのは前後とたまに行き当たる横道だけで済むのだ。

 巣穴と考えると地図に記された構造にも納得がいく。正確にマッピングをしなければすぐに迷ってしまえるほど、無数に枝分かれしているのだ。そして、その最奥は判明していない。行き止まりかと思えば、次に来た時には新たに道が続いている、なんてことも日常の話らしい。なかなかに厄介な狩場だと言えるだろう。

 十メートルも進めば早々と最初の分かれ道に出会う。それを左に進むと共に手にした地図へと記していく。この作業が縦に並んで進むことにした理由の一つだ。後ろにいても気配を探ることは出来るので、盾を持つナルシスと連携すれば俺はマッピングを優先出来るというわけだ。


「来たぞ、前方から一匹だ」


 十数分と進んだところで会敵した。カツカツカツと硬質な足音を響かせて、それはすぐに姿を表した。

 一言で表すなら、異形そのもの。

 虫型のモンスター、《バグ》だ。

 虫型とは言ったが、こんな形態の虫を俺は見たことがない。

 全身は鋭角的なフォルムだ。前足には大きな鎌を備え、あとの四本脚も剣のように鋭く尖っている。頭と胴は一体化しているようで、胴体の前面に大きな牙を生やした口と複眼が見える。

 黒と黄の全身縞模様からは、どことなく蜘蛛を連想する。人の身の丈とほぼ同じサイズの割には動きも素早い。


「キィィィ──!!」


 獲物を見つけたとばかりに鋭い鳴き声をあげたかと思うと、異形の虫が鎌をもたげて一直線に迫ってくる。

 が、ナルシスは怯まなかった。


「《聖盾ホーリーシールド》!」


 盾の性能と身体能力を底上げする聖騎士の代名詞たる魔法を発動して、虫の大鎌が振り下ろされる前に距離を詰めて受け止める。と同時に、右手の騎士剣を虫の口内へと突き立てた。

 再び、鋭い鳴き声をあげた虫であるが、不規則に痙攣したかと思うと、大きく反り返ってから糸が切れたように地に落ちて、やがて動くのを止めた。


「ふぅー、やったのか……?」


 大きく息を吐き、虫から離れたナルシスだが警戒は崩さない。しかし、暫くしても虫が動く様子はない。


「どうやら死んだらしいな」


 俺も初めて見る虫に興味を引かれ、長剣の先で突いてみるが反応はない。


「はあー、いやいや……オークキングとはまた別の怖さがあるね」


 終わってみれば臆病風が吹くのか、ナルシスの顔は引きつっていた。

 言わんとすることは分かる。何と言うか、相対した時に感情が伝わらない、とでも言えばいいのか。人やオークなんかを相手にするのとは全く異なるはずだ。

 感情が読めない敵というのは総じて恐ろしいものなのだ。自分の攻撃が効いているかどうかも分からない。相手が何をしてくるかも分からないとなれば、ある意味で己の心との戦いまでもが発生するのだから。

 だが、そんなことを言っていられる状況でもない。慣れるのみだ。


「こいつが食材の成長した姿らしいな。《ソルジャー》って方か」


 事前に仕入れた情報と照らし合わせると、そのまんまだ。未知の存在だっただけにいまいち想像出来なかったのだが、見てしまえば話は早い。

 ついでに分析をと、俺は剣を振るう。未知への恐怖を克服するには敵を知るのが一番だ。


「身体は硬いな。脚や鎌の節目は斬れるが、胴部を攻撃するなら力を集約した突きってところか。だが、それならナルシスがやったように口内を突くべきだろうな。下手に突くと剣が折れる可能性もあるぞ」


 分析した情報を述べながらの──


「《魔弾バレット》! ……は、駄目だな。俺のじゃ一発殴ってかちあげるくらいの効果しかないな。リーナ、ちょっとこいつに《魔弾バレット》を撃ってくれ」


 淡々とした俺に呆れ顔の二人。


「何ていうか、グレンはやっぱりグレンよね……」


「うん。流石と言うべきか……」


「仕方がないだろ。暫くはこいつらを狩ることにしたんだ。二人共もさっさと覚悟を決めちまえ」


 そう、こんな程度、おそらくはこの世界じゃ日常に過ぎないのだから。


 そして、暫くの後……。

 実験をした結論から言うと、リーナの《魔弾バレット》なら瀕死くらいには出来そうだ。前面から撃てば急所と思われる口や複眼の辺りを押し潰すことは可能だ。側面からだと強固な外皮をぶち破れるかは賭けになりそうだ。


「よし、とりあえずは今の陣形で進むぞ。中堅どころの冒険者はバグこいつらを狩ってるんだから、俺達にも出来ないってことはないはずだ。問題はもう一種の《ボマー》って方だが俺がなんとかするとして、とにかく上手いことお宝ゲットを目指すんだ!」


 お宝とは言うまでもない。

《ミール》と名付けられたご当地食材。ヴィラムではお馴染みの白身肉になる幼虫のことだ。

蟲穴むしあな》のモンスターを一括りにバグと呼んでいるが、実はいくつかのタイプがあるようで、主に出現するのはそのうちの三種とされている。

 今しがた倒した近接特化のバグ・ソルジャー。

 飛行型で遠距離から攻撃してくるというバグ・ボマー。

 そして、幼虫のバグ・ミール。

 他にもバグを生み出す《クイーン》なる個体なんかもいるらしいが、近年では目撃情報はないらしい。


「さて、楽しいお宝探しの始まりだ」


 成虫の手強さは十分に理解した。しかし、気を引き締めつつも、《お宝》というキーワードにどこか心が浮き上がってしまうのであった。

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