第15話 新たな魔法と豚の王①

「プギィィイイ──ッ!!」


 耳をつんざくような悲鳴を上げて、豚が丸焼きになってゆく。


「豚は豚でも食えそうにねえのが残念だ」


 東の森に生息する二足歩行の豚さんこと、オークというモンスターである。親しみやすく呼んではみたものの、不揃いな牙を生やした醜悪な顔を見た後でも《豚さん》と愛でられる者はなかなかの強者と言えるだろう。

 その豚さんこと、オークをたった今丸焼きにした張本人、リーナは呆れ顔で俺にツッコミを入れた。


「なに馬鹿なこと言ってんのよ」


「不浄なる豚共め! その汚らわしい身をリーナに近づけさせはしないぞ!」


 リーナの側で豚さんを捌いて──ではなく、斬り伏せているナルシスがパーティーに加わったのは昨日のこと。俺とリーナにとっては四日ぶりにして、二回目の仕事である。

 そんな今現在、俺達は豚さんと、そのペットからなる中規模の群れに包囲されていた。

 ガウッ! と牙を剥いたペット──ハウンドドッグという黒犬が俺を目掛けて襲いかかる。そのスピードはオークよりも遥かに速いが、俺にとっては頃合いだ。ハウンドドッグの攻撃を躱しざまに、直線的なその勢いを利用して撫でるように斬る。


「俺の国じゃ、犬は豚を追いかけ回してたもんだがなあ」


 世界が変われば豚が犬を飼い慣らすようだ。

 このオークというモンスターは脂肪をたっぷりと蓄えた巨体だけあって、力は普通の人間を上回るものの、スピードの方はからっきしで、ぶんぶんと振り回す棍棒はまるで素振りでもしているかのようだ。雑魚代表のゴブリンよりはマシだが、やはり雑魚の域は出ないと言えよう。

 しかし、ハウンドドッグの方は少しばかり厄介な相手と言える。一匹を相手取るなら問題ないが、獣の本能というものは優秀で、複数で一斉に飛びかかってくるのだから慣れない者には厳しく、噛みつきでの攻撃も潜在的恐怖を呼ぶ。

 それは普通ならの話だが──。


「おらよっと!」


「《氷矢フリーズアロー》」


「《聖剣ホーリーソード》──はあぁっ!」


 俺だけが只の長剣による切り下ろしだが、魔法という強力な武器を持つ冒険者がそう遅れをとる相手でもない。特に、大魔導士と聖騎士なんて稀少レアな職種ならば、ポテンシャルでは負けようがないだろう。


「ふぅ、今のはなかなかの数だったね」


「えーと、オークが十二匹にハウンドドッグが十七匹でしょ……今ので一万五千三百五十ゴルだから締めて二万千八百ゴルの儲けね」


 最後のオークにとどめを刺したナルシスが辺りを警戒しながら一息つく横で、リーナはホクホク顔で今日の稼ぎを弾き出す。

 オークとハウンドドッグの前には、数日前に大量に狩ったはずのゴブリンが現れている。初仕事よりは倒した数が少ないものの、オークとハウンドドッグの方が報酬はやや高い。


「一人頭七千くらいか。雑魚狩りしてるだけでこんなに儲かっていいのか?」


「本当よねー。美味しい仕事じゃない」


「いや、二人の実力があればこそだし、いつもよりモンスターが多いのもあるし。僕がずっとソロでやってた所為でもあるんだけど、普通は群れの数が多い時は様子見をしたり、仕掛けられなかったりするんだよ。いくら冒険者と言ったってそうそう死にたくはないからね。特にレベルが低いうちに無理をすると僕みたいに何度も死ぬことになるわけさ」


 そんなものなのかと思いつつ、ずっと気になっていたことを事のついでに聞いてみる。


「ナルシスは何回死んだんだ?」


「六回──いや、君にやられて七回だね」


 俺も記録に貢献したわけだが……それはさておき、結構な数だ。思ったよりも多い。


「はは、言わんとすることは分かるよ」


 ナルシスは気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「この世界に来た頃は妹のリーナが亡くなって間もなかったから自暴自棄になってたんだよね。冷静になればおかしなことだけど、ノルマを果たせばリーナに会えるんじゃないかなんて思ってたくらいで……」


 愛する者を失った時、人というのは思いがけない行動を取るという。ナルシスの陥った心境も聞かない話ではない。


「心境は分かるが、効率を考えてパーティーを組もうとは思わなかったのか?」


「まるでね。僕の目的は本当に個人的な願望なわけで……リーナへの愛が試されている気がしていたこともあって、人を巻き込むつもりにはなれなかったんだ。だから、こうして二人と出会えたことで救われたよ。本当に感謝している。仲間として受け入れてくれたことにもね。実は取りつく島もなかったらどうしようかと思って声をかけたんだ」


「ほお、そうとは思えないファーストコンタクトだったがな」


 初っ端から声も高々と決闘を挑んできたことはまだ記憶に新しい。


「ははっ、君達の噂は凄かったからね。ああでもしなきゃ印象にも残らないと思ってね。でも、人違いだって言うじゃないか。あれはたまげたよ」


「そりゃ、朝一であれはウザすぎるだろ?」


 確かにね、と言って笑いあう。人の縁とはどう転がるか分からないもんだ。


「そうだ! そう言えばちょうどレベルが上がったんだけど、新しい魔法を覚えたみたいなんだ。二人とも見てくれ」



 ────────────

 名前:ナルシス

 年齢:18歳

 性別:男

 職業:聖騎士 Lv.10

 習得魔法

 ・聖剣ホーリーソード(7/10回)

 ・聖盾ホーリーシールド(8/10回)

 ・聖光斬ホーリースラッシュ(2/2回)

 ・聖印ホーリーシンボル(3/3回)

 ・治癒ヒール(3/3回)

 ・状態表記ステータス

 ・空間収納ストレージ

 ────────────



「この《聖印ホーリーシンボル》って魔法さ」


 俺達を呼び寄せたナルシスは《状態表記ステータス》に記された魔法一覧から一つを示した。


「本当だわ。やったじゃない!」


「おー、魔法ってマジで増えるんだな」


「ようやくって感じだけどね。今回は使用回数も二つ増えたから良いことだらけだ」


 確かに、昨日の記憶を思い返せば《聖盾ホーリーシールド》と《聖光斬ホーリースラッシュ》がそれぞれ一回ずつ増えている。ということは、レベル5で使用回数が二つ増えたという共通項を鑑みると、俺もレベル10には期待出来そうだ。


「それで、どんな魔法なんだ?」


「聞いた限りではアンデッドに有効な魔法だそうよ?」


 習得した本人が首を傾げる横で、気になる名称と共にリーナが解説する。


「アンデッドってのはアレか? 幽霊だか何だかって……?」


「そうよ。幽霊は分からないけど、スケルトンって骨のモンスターとか、死体が勝手に動き出すゾンビとかはいるみたいね」


「骨だの死体だのって死ぬのか?」


 既に死んでいるのだから、死ぬだの殺すだのっていうのも謎かけのような話だが……。


「物理的になら動かなくなるまで粉々にすれば良いんじゃない? 楽にやるなら聖属性に分類される魔法が効果的よね」


「その聖属性っていうのが……もしかしたら、新しく覚えたこの魔法ってことかい?」


「正解! 不死アンデッドっていうのは、一説ではそういう闇の魔法が掛かってるんじゃないかって話ね。その闇を祓うのに有効なのが聖騎士って職業なのよ。あとは回復魔法を得意とする僧侶なんかも聖属性と分類される魔法を習得しやすい代表職らしいわ」


「へえー、属性ねえ」


「僕の職業ってそういうことなんだ」


「それで、肝心の《聖印ホーリーシンボル》の効果だけど、他者へ聖属性を付与する魔法ね。自分への付与も出来るけど、ナルシスの場合《聖剣ホーリーソード》も《聖盾ホーリーシールド》も聖属性を帯びた魔法みたいだから機会は少ないんじゃないかしら」


 流石は大魔導士様だ。他人の職業や習得魔法の効果までチェック済みとは恐れ入った。

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