第14話 泣き虫の聖騎士②

 リーナ調べによると《聖騎士》はかなり珍しい職業だそうだ。ちなみに、リーナの《大魔導士》は超稀少と言える。ついでに、俺の《魔法剣士》は割といるらしい。

 珍しさイコール強さではないが、聖騎士のポテンシャルには期待が持てるということで、ナルシスはリーナからチャンスを与えられた。その相手に指名された俺も快諾した。


 場所はギルド地下、第二訓練場。

 チュートリアルで使った訓練場を第一として、その半分程の広さの部屋であることから小訓練場とも呼ばれているらしい。

 内装はお馴染みの闘技場風な造りの部屋で、全部で五つある小訓練場は冒険者の訓練施設として貸し出されている。但し、それなりの料金が発生するため利用者は然程多くはないのだとか。

 完全予約制のこの部屋を用意していたナルシスのやる気の程が伺えるというものだ。

 訓練場の中央で互いに向かい合い武器を構えると、ナルシスは右手の騎士剣を前へと掲げ、何とも騎士らしく名乗りを上げた。


「我が名はナルシス。我が騎士道と愛に従いて、リーナと君のために、君を倒そう!」


「おいおい、いつから俺を倒すって話になったんだ?」


「答えを知るなら早い方が良いだろう?」


「それもそうか。ま、れるもんならな」


「いざ、勝負!」


 もう言葉は不要とばかりにナルシスは駆け出す。それと共に魔法を発動した。


「《聖剣ホーリーソード》」


 唱えた瞬間、ナルシスが急加速した。

 ──速い! と思うと同時に俺の身体は反応する。

 眼前に迫ったナルシスの空気をも貫かんとする突きを身体を捻って回避する──が、ナルシスは止まらない。左の大盾を前に構え、加速した勢いのままに体当たりを繰り出した。


「──ぐぅッ!!」


 ギリギリで右の長剣と左のガントレットを十字に挟み込みガードには成功するが、衝突をモロに受けて俺は吹き飛ばされた。

 身体の芯にまで響く衝撃は、この世界に来て初めてのダメージと言えるものだった。

 数メートルを飛ばされた勢いに乗って、ひらりと着地して身構えるも、追撃はない。


「余裕だな?」


「フェアじゃないからね」


 前世で騎士となるべく鍛えてきたナルシスらしい台詞だ。


「これが僕の魔法、《聖剣ホーリーソード》。効果は身体能力と剣の性能を三分間引き上げるのさ」


 その説明は真実だろう。

 白を基調とした意匠の凝った鎧を着込んだナルシスの全身は微かに純白の光を纏い、右手の騎士剣も同じ色の光を強く帯びている。


「ちなみに、《聖盾ホーリーシールド》っていう盾バージョンもあるから注意した方がいいよ」


「なるほど。シンプルに強いな」


「正直、聖騎士っていうのは照れくさいけどね。この魔法は物語に出てくる救世の騎士みたいで気に入っているんだ」


「ははっ、その気持ちは分かるぜ」


 俺だって《炎の剣フレイムソード》を使った時には興奮を覚えたものだ。シスコンの気持ちは分からないが、男心なら分かる。


「さて、今度はこっちからいくぞ」


「望むところさ」


 その返事と共に飛び出して鋭い突きを放つも、ナルシスは危なげなく大盾で防ぐ。だが、俺の攻撃はまだ続く。


「《魔弾バレット》」


 左手で撃ち込んだゼロ距離からの《魔弾バレット》。狙うはナルシスの騎士剣だ。


「くぅっ!!」


 内から外へと放った光弾に弾かれて、騎士剣ごと右腕を跳ね上げられたナルシスは苦痛に顔を歪める。

 しかし、流石に防御は崩れない。それどころか、怯むことなく大盾を前に押し出して殴打を狙う──俺はそれを逆手に取り、身を屈めて大盾に身を隠す。ナルシスは構わずに大盾を突き出した──が、空振りに終わる。

 俺を見失ったナルシスが一歩引いて態勢を整えようとした時には、俺は側面に回り込み、ナルシスの首元に長剣を突きつけていた。


「お返しだ。これで一本だな」


「手加減されてはね。顔に食らってたら終わってた」


魔弾バレット》の狙いのことだろう。確かにゼロ距離から顔面に撃ち込むことも出来たが……。


「フェアじゃないだろ?」


「ははっ、負けず嫌いなんだね」


「まあな」


 ニヤリと笑ってから俺は剣を引いた。


「そろそろ小手調べはいいだろ? 本気で来いよ」


 仕切り直して、俺は言う。

 お互い、それなりに《使える》ことは確認出来た。だが、求めるのはそれ以上だ。

 俺とリーナの遠い目標は北の最果てを目指し、悪しき神だか魔王だかと一戦やらかすこと。それには絶大な力が必要となるだろう。ナルシスにもそれだけの資質があるかどうか、その片鱗だけでも見たいのだ。


「俺のは知ってるんだろ? もちろんこいつだ。《炎の剣フレイムソード》」


 長剣に絡みつくように炎が迸る。斬ったものを猛烈な炎で焼く魔法剣だ。


「いいとも。《聖剣ホーリーソード》、そして《聖盾ホーリーシールド》。こうして重ねれば効果も倍増するし、この状態でのみ使える魔法があるんだ。これなら君を驚かせることが出来ると思うよ」


「そいつは楽しみだ」


 リーナ曰く、リヴィオンの魔法はコマンドとしてシステム化されているのだという。魔法行使に要するのは魔法名の詠唱だけと簡易化されていることがそれに当たる。そして、それが故の制限というものがあるのだ。

 それは複数の魔法を同時に発動出来ないこと。リーナの《氷矢フリーズアロー》のような効果が持続して残る魔法は同時発動に見えなくもないが、次に使う魔法は連続発動しているに過ぎない。俺の《炎の剣フレイムソード》のように完全な効果持続型の魔法は分かりやすい。同じ魔法であれ、別の魔法であれ重ね掛けは不可能だ。

 しかし、これらは基本的にはと続くものであり、効果を打ち消し合わずに上乗せ出来る魔法も存在する。どうやらナルシスの魔法はこれに該当するようだ。


「いざっ!!」


 気合いを込めてナルシスが走る。《聖剣ホーリーソード》と《聖盾ホーリーシールド》の併用により、先とは比較にならない速度だ。その勢いを乗せて振るわれる剣も倍以上に速い。

 ──だが、擦れあって、リィィィン、と鳴る彼我の剣。受けるでもなく、弾くでもなく、いなす。


「くっ、そお──」


 ナルシスは体勢を崩しながらも大盾で身を守る──俺はそこへ敢えて上段を叩き込んだ。


「ぐぅぅ──ッ!!」


 十分に体重の乗った一撃に膝を突かされたナルシスが懸命に耐えて呻く。


「流石に斬れないか……」


 赤々と燃える長剣は、純白に光る大盾で止まっていた。しかし、それも束の間。


「隙だらけだぞ?」


「ぐはっ!!」


 がら空きの胴への前蹴りでナルシスが吹き飛んだ。素早く起き上がった顔に浮かぶ困惑の表情──が、それはすぐに驚愕へ変わる。


「く、くそっ!」


 長剣を縦横に翻す度に、剣身から迸る炎が肉を焼き、その揺らめきは視界を奪う。俺の剣はナルシスの反応を確実に上回っていた。


「な、何故だッ!? これ程に差があるというのかッ!!」


 俺の猛攻に受けを強いられ続けるナルシスは堪らずに叫んだ。


「口より手を動かせよ」


「言われなくてもおぉぉ──ッ!!」


 俺の挑発にナルシスが吼える。その眼光は強く、俺に呑まれまいと闘志を燃やす。大盾で防御を固めながら、千載一遇のチャンスを狙っているかのようだ。

 俺はそれに乗った──。

 剣撃の威力は緩めないが、衝撃が貫通しないようにと手加減した一撃をナルシスは見逃さなかった。


「ここだあ──ッ!!」


 大盾を操って俺の攻撃を弾く。魔法によって強化された身体能力と渾身の受けは、俺の腕に痺れを走らせて数歩後退させた。

 ──絶好のチャンスが訪れた。


「《聖光斬ホーリースラッシュ》──ッ!!」


 左右の騎士剣と大盾を合わせるように上段で構えて叫ぶ。瞬間、発動する魔法。

 純白の光が剣身に集中し、燦然さんぜんと輝く。


「はああああああ──ッ!!」


 裂帛れっぱくの気合いと共に、光刃が飛ぶ。

 ナルシスの切り札。死を予感させる純白の光は生身では受けることすら出来ないだろう。

 それはまさに、必殺の一撃だった。

 だが、俺もまた──


「《増力ブースト》──ッ!!」


 刹那、俺の全能力のタガが外れた。

 現状では一日に一回、三十秒だけ許される《全能力を十倍にまで高める超強化魔法》──これが、俺の切り札だ。

 その範囲は身体能力のみならず併用する魔法にまで及ぶ。長剣を構える身体も、剣身に纏う炎も、全てが爆発的に超強化される。


「おおおおおおお──ッ!!」


 振るうだけで空を斬る剣閃が荒ぶる火炎を乗せて疾る。

 果たして、火龍の化身が如く渦巻く炎は純白の光刃を消し飛ばし、その軌道の全てを焼き尽くして飲み込んだ──。



 ◇◆◇◆◇


 そこは静謐せいひつといった印象の部屋だった。

 そこは全ての冒険者に縁ある所。

 始まりの街、ヴィラムにある神殿の一室。

 俺達、転生者が現れる《召喚の間》とは異なるが、多くの冒険者が訪れる場所だという。

《復活の間》と呼ばれる部屋である。

 室内には幾つかの台座が据え置かれている。《召喚の間》にある台座とよく似たものだ。

 その一つに、リヴィオンに降り立った時と同じく一糸纏わぬ姿ではあるが、せめてもの情けとばかりに白い布を一枚かけられて横たわっていたナルシスが、不意に息を吹き返したかのように目を覚ました。


「こ……こは……?」


「おはよう。ここは《復活の間》よ」


 起き上がったことで上半身が露わになったナルシスから目を逸らしてリーナが答える。


「リーナ? そうか、見慣れた景色なはずだ……。でも、君の顔が見えたから全てが夢なのかと思ったよ、あはは……」


 それはナルシスの本当の願いのように思えた。いや、まさにそうなのだろう。再び瞑った眼からは一筋の涙が零れる。

 訓練場で俺が放った切り札の余波が消えた時にはナルシスの姿はなかった。全身丸ごと消し飛んだのかとも思ったが、どうやら冒険者は死と共に、この《復活の間》へと転送される仕組みらしい。

 この世界の死と、死からの目覚めは一体どのような感覚なのだろうか。

 俺にはまだ分からない。

 だが、あれからまだ一時間が経つかどうかといった頃。もう少し休ませてやった方が──


「グレン?」


「おう」


 どうやらそれは許されないらしい。


「その、なんだ……久々に歯応えがあったせいというかな……ちと力が入っちまってだな……ついでに装備も吹っ飛ばしちまったわけで……要するに、やり過ぎた……すまん」


「誠意が足りないんじゃない?」


 後ろから鬼の如きリーナの声。


「この通りだ。勘弁してくれ」


 俺は今朝一で見たナルシスに倣って、綺麗に90度のお詫びをもって許しを乞うた。


「いや、いいさ。お互い様だよ。それに言っただろう? 僕は死ぬのには慣れてるって。装備は保険がかけてあるから大丈夫だし……って、そんなことより僕には結果の方が気になるんだけどな……」


 死を、そんなことと言ってのけるのは大したもんだ。俺が勝ちを収めはしたものの、実力的には不足はない。ポテンシャルも高いと見た。何よりも、その心の強さはいつか俺達の灯火となってくれるのではないだろうか──これが俺とリーナが降した評価だった。


「お前さえ良ければ俺達と組んで欲しい。但し、俺達はいつか北の最果てを目指すつもりだ。その覚悟があるならだがな」


「ははっ、敵わないなあ。北の最果てとなると厳しい旅になりそうだ。でも、死を覚悟とするよりはずっと前向きだ。分かった。僕も共に行こう」


「決まりだな」


「ええ、三人目の仲間ね」


 しかし、とナルシスが切り出す。


「どうにも納得がいかないんだけど、グレンの《炎の剣フレイムソード》には身体強化系の効力はないはずだろう? 何故、魔法を重ねた僕より速くなるんだい?」


「そりゃお前、剣術だろ」


「いや、剣術なら僕だって……」


「グレンはだいぶおかしいから気にしない方が良いわよ」


「《獄炎ごくえん魔女まじょ》に言われてもなあ」


「お黙り《炎鬼えんき》君」


「そうか、僕も二つ名を手に入れて初めて二人に並べるのか……」


「それはちょっと違うと思うけど?」


「寧ろ、俺はいつでも返上するぞ」


 持つ者と持たざる者の見解はいつだって相容れないのかもしれない。


 かくして、俺達は新たな仲間を得た。少しばかり涙もろくて、自他共に認めるシスコンという変わり種のこの聖騎士も、お約束が如く二つ名を手に入れるのだが、それはもう少し後の話なのである。

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