第13話 泣き虫の聖騎士①
それは本当に突然のことだった。
「君が噂のルーキーこと《
朝一番のこれである。いくら俺が寝起きが良いとはいえ朝っぱらから馬鹿の相手をしたいかと言えば、否だ。
「誰だか知らんが、人違いだぞ」
「ははは! 君はユーモアにも富んでいるんだね! だけど、そうはいかないさ! その赤く逆立った短髪は目立つからね!」
「いや、最近本当に間違えられるんだよな。そのエンキ君なら今さっき出てったぞ」
──と、ここへ来て流石のポジティブお馬鹿さんも不安になったらしい。
「いやだって、噂の通りじゃ……」
「だろ? 自分で言うのも何だけど似てるよなー。まあでも、俺はルーキーの手柄を取るほどケチな野郎じゃないんでね」
「えっと……本当に別人?」
「ああ」
「そ、そんなことある……かな?」
「あるみたいだなあ」
俺の徹底的なしらばっくれに、何とも気まずいといった様子の男はついに己の間違いと認めてしまったようだ。
「あー、その……いや、申し訳ない。まさかこんな勘違いがあろうとは。正式に謝罪しよう。この通りだ」
と、見事なまでの90度で頭を下げる姿には少しばかり罪悪感を覚えたが、これでようやく消えてくれるかと思った時だった。
「何やってるの、グレン? 知り合い?」
間が悪いことに、待ち合わせをしていたリーナの登場だ。途端にあちらこちらからざわめきの声が上がり、酒場中から一斉にリーナへと視線が注がれる。
先日の《
特に《
そのついでに俺もどうかと誘われたり、逆にパーティーに加えてくれとの希望者も多いが、諸々込みで全てお断りしている状態だ。
つまり、この男もその類なのだろうと思ったわけだが、どうも様子がおかしい。
「リーナ……本当にそっくりだ……」
「ちょ、ちょっと、あんた何で泣いてるのよ?」
驚くリーナの言葉のままに、金髪碧眼の美青年は確かに泣いていた。まるで、押し殺していたものが溢れてしまったかのように。
「ははは、いや、すまない。情けないところを見せてしまった。君がある人によく似ているものでね」
そう言って涙を拭った眼差しは慈しむようでいて、悲しみの色を湛えている。これまでに声を掛けてきた輩とはどこか違う。そんな印象の男だった。
「僕の名はナルシス。言うまでもなく転生者で、この身体だと十八歳になるらしいけど、本当は二十歳だったんだよね。この世界には二ヶ月前に来た。まずは、話をする機会を与えてくれてありがとう」
と、自己紹介をしたのは見るからに騎士といった風に鎧を着込んだイケメンだ。その佇まいからは育ちの良さを感じる。
「俺はグレン、十五だ」
「歳は同じく、リーナよ」
結局、涙に負けたと言うべきか、何やら事情がありそうな雰囲気だったこともあり、三人でテーブルを囲むこととなった。
「そうか、君も十五か……」
ナルシスの視線は終始リーナに向けられている。その眼差しを向けられただけで恋する乙女が出来上がりそうなものだが、リーナには効果がないようだ。
「ねえ、そんなに見られてると食べにくいんですけど」
「おっと、すまない」
と言いつつも、リーナから目を離そうとはしない。段々とリーナの機嫌が損なわれていくのを感じて、俺は話を切り出した。
「なあ、ナルシスと言ったな。さっきの似てるってのはどういう意味だ?」
「あ、ああ。それは……」
ようやく俺に目を向けたナルシスだが、その口調は重い。
「言いたくなきゃ無理することはねえ。何が何でも聞きたいってわけでもないしな」
「いや、聞いてくれ。君達を訪ねたのはそのためでもあるんだ」
話を切り上げようとすると人は食い下がりたくなるもので、このナルシスも例に漏れずに、ぽつりぽつりと話し始めた。
「僕には妹がいた。名前はリーナ。名前だけでなく、容姿も本当に似ていたんだ……」
「いた、ってことは……」
「流行り病で十五で亡くなってね」
「そうか。悪いことを聞いた」
「いや、良いんだ。今思えば天命だったのかも知れない。リーナは……妹は幼い頃から病弱でね。殆どの時間を家で過ごしていた。だからその分、僕が遠出をしては土産話をしたものさ。と言っても、子供の足の行ける範囲だから少し空想を混ぜたりしてね」
「良い兄貴だな」
嘘ではないように思える。少なくとも、その声音に混じる悲哀の色は本物だ。
「はは、そんなことはないのさ。うちは代々騎士の家系だったから僕もその道に進んでね。見習い時代を経て、二十歳になる前にようやく正騎士になれたんだ。嬉しくて、リーナに良い土産話が出来たと思ったよ。その二週間後だった……リーナが流行り病に掛かり重篤だとの知らせが届いたのは。僕はすぐに実家に向かったさ。病に効くという薬もどうにか手に入れてね。けど、遅かったんだ。僕が家に着いた前日に……リーナは亡くなっていた。僕は……間に合わなかったのさ」
よくある話と言ってしまえばそこまでだが、当人にとっては受け入れがたい現実だっただろう。悲しみと自分の無力さへの怒りから頬に涙を伝せる青年を前にして、その台詞を吐ける奴は屑ってもんだ。
「悲しい話だな」
「ああ」
「そんなの……あんたが悪いわけじゃ……ないじゃない……」
同じリーナという名の少女の話だったからか、隣に座るリーナは朝食をほったらかして大粒の涙を流していた。宝玉のような瞳から滴り落ちるそれも、きらきらと輝いて美しさを覚える。
「泣いてくれるのかい?」
「だって……可哀想じゃない……あんたも、妹さんも……」
「ありがとう。その涙だけでも救われるものがある」
確かに悲しい話だが、話というものは先に進めなければならないものでもある。
「あんたがこの世界に来た理由がそれか?」
「ああ。実はその後に僕も同じ病に掛かってね。偶然にも誕生日に死んでしまったんだよね、これが」
「それはなんて言うか、ご愁傷様?」
自分の死には無頓着なのだろうか? あっけらかんとした調子のせいで疑問符がつく。
「いや、そこで僕は思ったんだ。何だ、またリーナに会えるじゃないかってね!」
いやいや、それはどうだろうか。というか、多分無理だったんじゃなかろうか。
「ところが、それが無理だったのさ!」
だよな。展開的にどう考えても無理だろう。
「僕は死んですぐにある人に出会ったんだ。そう、あの悪魔のような女に!」
唐突に憤慨するナルシス。ああ、この共感は勘違いではなかろう──。
「それって、創世の女神だよな?」
「その通り! でも、女神と名乗ったが悪魔に違いない! あの女はこう言ったんだ! 妹に会いたければ私の奴隷になりなさい。さもなくば二つの魂が交差することは永劫にないでしょう、とね! これを悪魔の台詞と言わずして何と言うか! それでも、僕はあいつに頭を垂れるしかなかったんだ……」
なかなかの盛り上がりを見せるナルシスの話は確かに酷いもんだ。俺の時も大概だった。あのやり口が褒められたものではないってのはド正論だと思う。
「でも、今は少し感謝してる。こうして、リーナに会えたからね」
再びリーナに慈愛の瞳を向けるナルシスであるが、リーナの方は実に気まずそうだ。
「えーと、私はその、リーナなんだけど、リーナさんじゃないっていうか……」
「いいんだ、皆まで言わなくても分かってるさ。僕自身だって少し似ているとはいえ、生前の姿ではないからね。けれど、君はリーナに、妹に本当にそっくりなんだ。これが単なる偶然だと一蹴することも、やはり僕には出来ない。何か運命的なものがある気がしてならない。だから、この世界にいる間だけでも君を守らせて欲しい。これを君に伝えたくて、こうして訪ねて来たわけさ」
言いたいことは言い終えたとナルシスは口をつぐみ、未だ半泣き中のリーナを見た。
「だとよ?」
「そう言われても……」
リーナが躊躇うのも理解出来る。今の話をどこまで信じるかもそうだが、この数日の俺達への勧誘や、周囲のあからさまな態度がより警戒させるのだろう。
しかし、俺の勘は是と告げている。
「もちろん、すぐに信頼を得られるだなんて思ってないさ。だからこそ、僕は君に決闘を挑みに来たんだ!」
「なるほど。そこへ戻るわけだ」
「ああ、僕が使えるかどうか、存分に試してくれたまえ!」
「さて、前提として、まずそれをする理由が俺にあるかな?」
「あるとも! 確かに君達は凄い。あのチュートリアルをクリアしただけでなく、先日のゴブリンの大群を退治したって話だって何人から聞いただろうか。それでもさ。いや、だからこそとも言える」
「と言うと?」
「君達はまだ一度も死んでいないだろう?」
「だから?」
「この先、いつか君達が死んだ時の話さ。果たして、君達は死から立ち上がることが出来るだろうか? 僕は出来る。これまでに何度も死んだから分かるんだ。でも、全員が立ち上がれるわけではないのを、この二ヶ月の間に見てきた。もしも君達のどちらかが死から立ち上がれない時に、その時にこそ僕が必要になるのさ。リーナを一人にしないため。それだけが僕の行動原理だ」
言い切ったナルシスが真正面から俺を見る。その瞳はこうも言っているようだった。
もしも、リーナが立ち上がれなかった時に、お前は足を止めてリーナのためだけに生きられるか? 自分には出来る。その覚悟がある。逆の場合はどうする? お前の全てをリーナ一人に背負わせるのか? ──と。
「はははっ! いやいや、お前も相当イカれてるぜ。だがまあ、とりあえず俺にだって覚悟はあると言っておこう」
「うん。君は多分そういう人なんだろう。でも、選択肢は多い方が良いだろう?」
「まあな。ってことで、俺としては申し入れを受けても良いと思う。リーナは?」
と、横を見ればようやく泣き止んだところらしくも、少しばかり不満気な表情。
「男って女が守られるだけって思ってるのよね。冗談じゃないわ。私はそんなにか弱くはないわよ」
ごもっとも。職業としての得手不得手はあるが、リーナはただ守られて終わるような性分ではないことを俺は知っている。
「でも、戦力が欲しいとは思っていたところよ。信頼に値する人限定で」
「同感だ」
「けど、足手まといはいらないの」
「ならば、改めて手を挙げよう。僕の職業は《聖騎士》。攻防を兼ね備え、回復魔法も扱える。きっと役に立つはずさ」
そう言い切ったナルシスの顔には涙ではなく、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
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