第12話 リーナの魔法とパレードと

 次にやってくるゴブリン共は、今までとは少し勝手が違った。


「数は約二十。左右から半々でやって来る。こりゃ、囲むつもりだぞ」


「そんなに賢くは見えないんだけど?」


「同感だ」


 が、間違いなくゴブリンの集団は左右から弧を描くように一歩一歩距離を詰めて来る。このままなら数十秒後には姿を見せるだろう。


「さて、どうする?」


「半分ずつで良いわよ?」


「んじゃ、それで」


 見た目こそ可憐な美少女だが、リーナの魔法の威力なら問題ないだろうことは、これまでの四度の戦闘で確信している。寧ろ、単独での戦闘をどうこなすかの方が興味深い。


「お手並み拝見だ」


 独り言ち、俺は自分の受け持ちであるゴブリン共の方へと向かう。リーナの魔法に巻き込まれないようにとの意味でだ。

 先に開戦したのはリーナの方だった。ゴブリンの集団を待ち受けていたリーナは、敵の姿が現れると同時に先制攻撃を仕掛けた。


「《氷矢フリーズアロー》」


 大きな宝玉を備えた長杖を自身の前に構えると、リーナは魔法を唱える。選択したのは五本の氷の矢を前方に撃ち出す魔法だった。

 矢と言っても、一本一本はちょうど人の腕ほどの太さと長さがある大きな氷柱つららのようだ。

氷矢フリーズアロー》は本物の矢よりも速く飛び、五匹のゴブリンに一本ずつ突き刺さる──が、そこからがこの魔法の真価だった。

 命中すると共に、キィーンと涼しげな音を奏で、そこに金切り声の悲鳴が混じったかと思えば、的となった五匹のゴブリンを地に縫いつけ、更に二体へと冷たき枝葉を伸ばす。着弾した地点の周囲の水分を食らって、氷結させるという副次効果を持つ魔法らしい。

 攻撃をくらわなかったゴブリンも、凍てる棘を生やした仲間の姿に仰天したのか、その進行を完全に止める。一方で、リーナは即座に次の行動に移っていた。


「《目覚めよ、導きの杖。我が魔力を糧に、魔導の深淵へ導きたまえ──》」


 呪文? ──と、聞いた瞬間に思う。

 凛とした美声で軽やかに紡がれる言葉は、まさに俺が想い描く魔法の手順だった。

 淀みなく流れる言葉に反応するように、リーナの持つ長杖の宝玉が金色に光り、輝きを増してゆく──


「《我が呼び声に応え、奇跡の御業よ顕われたまえ──》」


 まるで、目に見えない力が渦巻いていくようだ。リーナが纏うプレッシャーが高まり、金色の輝きが一際増した時──


「《火球ファイアボール》」


 目を見開くと同時に、リーナは特大の火魔法を放った。

 炎の欠片と高熱をばら撒いて渦を巻く巨大な炎の塊は、その延長上にあるもの全てを焼き尽くさんと高速で疾る。その規模と速度は俺の身体能力をもってしても躱せるかどうか。例え自由の身であったとしても、のろまなゴブリンに躱せる代物ではなかった。

 着弾と共に炎が爆ぜ、迸り、内包した熱と衝撃が膨れ上がる。ひと塊りだったゴブリン共を絶命の声諸共喰らって尚、炎は荒れ狂い、辺り一帯を貪り喰う。


「んな、アホな……」


 唖然とするとはこのことだ。それはもう、開いた口が塞がらない。チュートリアルで戦ったマジシャン型のゴブリンが見せた魔法と同じものとは思えない。凄まじい威力だ。


「いや、呆けてる場合じゃねえか」


 リーナが敵を瞬殺したところで、ようやく俺の方も始まった。そのド派手な戦いとは真逆に、俺の戦いはひたすらに雑魚を一刀の元に屠って終わりだ。一方的という意味では同じだが……地味なことは否定しない。


「お疲れ様。呆れた強さね、結局まだ一回も魔法を使ってないじゃない」


 数秒後、剣に付いた血を払ったところでリーナから声がかかった。


「いやいや、どの口で言うんだよ」


 剣と魔法、用いる術は違えども互いに苦戦とは無縁だ。しかし、覚えた驚きでは俺の方が遥かに勝ると断言出来る。


「驚愕の一言だぞ」


 リーナの背後。未だに燃え盛る炎に目をやって抗議する。


「ふふんって、勝ち誇りたいところだけど、これはこの《導きの杖》のお陰なのよね」


 少し残念そうな口調のリーナ。


「杖の?」


「そうよ。さっきの呪文みたいなキーワードを唱えることで魔法の効果を増幅させる能力があるの。まあ、それを扱うには魔力も操作しなきゃいけないんだけどね」


「魔力の操作?」


「そ、世界に満ち己が身に魔力を蓄えることを恩恵とするってのがこの世界の教えだけど、蓄えて終わりってわけじゃないわ。魔力そのものをコントロールすることも可能なの。と言っても、私も前世みたいには自由自在とはいかなくて、杖の力を借りてどうにかって感じだけどね」


「ほお、身体の中の魔力なあ……」


「グレンの世界には魔法がなかったんだからピンとこなくても仕方がないわ。でも、私は魔法使いだったから分かるの。この世界の魔法はなんていうか、コマンド化されちゃってて自由になる部分が少ないんだけど、やりようによっては魔法の効果にも影響を与えることが出来そうな気がするわ。まだ実験中だけどね」


「なるほど。気軽に使ってたが魔法にも真髄があるってわけだ」


「あら。本来、魔道とは探求の上にこそ成り立つものなのよ」


「おっと、そりゃ失礼」


「分かればよろしい」


 今の出来事の恐ろしいところは、《火球ファイアボール》という魔法は単体からごく少数を対象として想定されていることだ。リーナのそれは範囲魔法と言っても過言ではない。

 当然、範囲魔法を強化することも出来ると考えていいだろう。


「そうか、それで火の海か」


「ええ。チュートリアルでは《火炎の嵐ファイアストーム》に使ったわ。一発で五十弱ってところかしら」


 つくづく恐ろしい話だ。流石に剣で五十匹を倒すとなると、俺なんぞ返り血を浴びながら駆け回らねばならないのだ。


「でも、この能力も一日三回までみたい。一応、私の奥の手ってわけね。それにグレンも面白い魔法を持ってるんだからお互い様じゃない?」


「俺のは特化し過ぎて使いどころが難しいからなあ」


 そう、俺にも切り札と言える魔法はある。それは既にリーナには説明済みだ。


「ま、俺のはおいおいな。出来ればちっとはマシな相手に使いたいからな」


「そんな相手いるのかしら?」


「今のところは──」


 ──それは、ある人物の名を上げようとした時だった。現在地から少し離れた森の中腹と思しき辺りから、何羽もの鳥が一斉に羽ばたいた。そして、勘が異変を告げる。


「どうしたの?」


「様子がおかしい」


 距離が遠いせいで何事かまでは分からない。だが、確実に何かが起きている。


「撤退だ」


「何か分かったの?」


「分からん。だが、最悪の場合、俺もリーナも本気を出さざるを得ない羽目になる。それだと場所が悪いからな」


 俺は即断した。そして、やはり勘が外れることはなく、それは起こるのだった。



 俺達は森を出ると、少し離れた草原で待機することにした。引いてやり過ごせるのならそれで良し。戦いになるのであれば広い方が良い。何事もなければまた一稼ぎに戻るだけだ。

 ──が、異変はやはり俺達を巻き込まねば済まないらしい。先程までいた森の手前辺りに三つの影が現れた。

 ゴブリンではない。冒険者だ。三人の男。戦士が二人、弓使いが一人。

 荒事に身を置く冒険者らしからぬ──というのは、俺の勝手な印象だが、ともかく何とも必死な様子で走ってくる。理由はすぐに分かった。三人のうち一人が俺達に気付いて叫ぶ。


「逃げろ──ッ!! 群れだ!! ゴブリンの大群だ──ッ!! 逃げろ──ッ!!」


 事態が逼迫ひっぱくしていると十分に伝わる。ゴブリンだ。緑色の津波が押し寄せるが如く。ゴブリンの群れが男達を追ってくる。


「マジでゴキブリ並にいたもんだ」


 一匹いたら三十匹どころではない。その数は優に百を超える。救いは全てが腰ミノ装備のノーマルだという点だろうか。甲冑を着て長距離を疾走するのはゴブリンの身体能力じゃ厳しそうだからファイターがいないのは当然として、魔法を使うマジシャンの姿もないのは幸いだ。


「さて、とんだ初仕事になるのが決定したわけだが、心の準備は?」


 俺は悠然として、隣に立つリーナに問う。


「どんと来いよ。でも、具体的な話をすると杖で強化した《火炎の嵐ファイアストーム》は二発まで。それで範囲魔法は終わりね」


「俺も全力でいく。リーナ程ではないにしろ多少はまとめてやれるだろ。露払いも任せろ。ゴブリン如きにゃあ指一本触れさせん」


 そうしている間にも群れはどんどん迫ってくる。その前を走る冒険者達がついにやって来て、通り過ぎざまに「馬鹿野郎! 死にてえのか!」などと言って去っていくが、俺達に逃げるつもりはない。


「ま、一人なら逃げてたかも知れんがな」


「あら、大金ゲットのチャンスなのに?」


「俺が狙いならどうとでもなるんだが、もしも街が狙いだとしたら剣一本じゃ手数と火力が足りん。てことで、実は今、リーナがいてくれてかなりラッキーだと思ってる」


「ふふん、言ったでしょ? グレンに出来ないことが私には出来るって」


「まさにな。無事に終わったら初仕事の祝いも兼ねてパーっとやろうぜ」


「良いけど……私、エール苦手なのよねえ」


「そんなお嬢さんに朗報だ。なんと、女性に大人気の果実酒ってやつがあるらしい。甘口でスッキリ飲みやすい美酒だとか」


「それね! 私それにする!」


 もしかしたら、俺達が前線を張る必要はないのかも知れない。後方にあるのは大勢の冒険者がいる街なのだ。

 少なくとも、ついさっき逃げていった三人はその足でギルドに飛び込むだろう。そうすりゃ、ゴブリン共が街に着く頃には迎撃態勢が間に合うとも考えられる。

 ただ、街の外の実り豊かな麦畑が俺にとっては平和の象徴のようで、ゴブリンなんぞに踏み荒らされるのが少しばかり惜しく思えたのだ。聞きはしないが、おそらくはリーナもその程度の動機だろう。


 縁とは不思議なもんだ。俺達は昨日出会ったばかりで、互いのことなんて殆ど知らない。なのに、息が合う。まるで、長年連れ添ったパートナーのように。

 何より、俺達の笑い方は似ているのだ。


「んじゃ、さっさと片付けて──」


「──飲みに行きましょう!」


 不敵な笑みを浮かべ合うと、俺達は颯爽と敵の群れへと挑むのだった。



 この日、俺達が出会したのは、数年に一度の頻度で起こる《小鬼大進行ゴブリンパレード》などと呼ばれる珍事だった。大繁殖を果たしたゴブリンは数に酔って街を襲うという習性があるらしい。

 結果としては、街と麦畑を守ったことが大いに評価されるのだが、この日を境に俺達は謎の二つ名で呼ばれることとなる。


 まさに、火の海とばかりに超広範囲をゴブリン諸共焼き尽くしたリーナは《獄炎ごくえん魔女まじょ》と──。


 そして、燃える剣を操り修羅の如くゴブリンを虐殺した俺は《炎鬼えんき》などと──。


 そんなことなど露とも思わず、俺達がそれを知るのは少しだけ先のことなのであった。

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