第16話 新たな魔法と豚の王②

「そういう情報どこで仕入れたんだ?」


「ギルドに決まってるじゃない。カウンターは飾りじゃないんだから。一応、情報料が掛かってるから経費扱いにするわよ」


 リーナの言った経費とは──先日のパーティーを組んだ際の決め事でリーナが会計を担当するようになったのだが、その方針で稼ぎの一部は分配せずにパーティーの運営資金としてギルドに預けることとなった。今のようなパーティーの共通財産や必要経費をそこから出すという仕組みだ。その日暮らしが長い俺には思い付きもしない案だった。

 これには理由があって、俺とリーナの初仕事で遭遇した《小鬼大進行ゴブリンパレード》なる珍事がなかなかの稼ぎになった所為なのだ。

 その全てを俺達二人で片付けた結果、ルーキーの一日の稼ぎとしては出来過ぎの約五万ゴルという討伐報酬に加えて、功績に対しての報奨金とやらが発生した。

 事が起こった翌々日のこと。転生初日からお馴染みのコンラットにギルドに呼ばれた俺達は、街と麦畑を守ったことは多大なる貢献云々と言われ、二人合わせて五十万ゴルという大金を手に入れたのだ。

 それをそのまま俺に渡しては速攻で酒代に消えるとでも思ったのだろう。逆に、全額を運営資金に回したリーナは賢明と言える。何故なら、俺は確実に期待を裏切りはしなかっただろうから……。

 とはいえ、特に不満はない。個々の力もまずまずの俺達だが、パーティーでの相性も悪くはない。それはナルシスが加入しても変わらず、どころか更に効率が上がりそうだ。今後飲み食いに不自由するとは考え難い。

 とまあ、金の話はこの辺にして、そんなことよりも気になるのはやはり新たな魔法だろう。勉強不足ではあるが、俺達は実践派──いや、実戦派ではあるのだ。


「《聖印ホーリーシンボル》」


 新たな魔法を意気揚々と唱えたナルシス。その効果が俺に発現する。


「おー、光ったな」


 まるでナルシスが《聖剣ホーリーソード》を使った時のように、俺の身体を純白の光が包んでいる。


「んじゃ、いっちょ試し斬り──」


 と、偶然出会したオークに斬りかかれば、いつもの手応え。念のため悲鳴と共に絶命したオークの亡骸を見てもいつもの通り……。


「残念。攻撃力までは上がらんようだ」


「そりゃそうよ。《聖剣ホーリーソード》は聖騎士の固有魔法なんだから」


「うーん、ちょっとだけ期待してたけど駄目かあ……ハズレなのかな?」


「いや、俺の《炎の剣フレイムソード》みたいなもんだろ? 火は効果が目立つだけで、この魔法だって別にハズレってこたあねえんだろ?」


「ええ。対アンデッドには効果は抜群て話よ。考えてもみなさいよ。グレンに聖属性付ければスケルトンが出ようがゾンビが出ようが片っ端からぶった斬るのよ。いつも通りの無双状態なんだからお役立ちじゃない」


「何でも使いようってこったな。そいつがなきゃ、アンデッドとやらと戦うのは骨が折れそうだしな」


「はは、まあ確かに。そうだね、そう考えればパーティーとしての戦力は上がるわけだから無駄ではないか」


 気落ちしかけたナルシスも納得したようだ。互いに足りないものを補いあうからこそ、パーティーを組む意義があるってもんなのだ。



 その夜。


「んじゃ、ナルシスのレベルアップと今日の無事を祝って乾杯!」


 俺の音頭に、かんぱーい! と二人が続く。

 世界は変われども、戦いで疲弊した心身を癒す最たるものと言えば旨い飯と酒だろう。

 しかし、よく冷えたエールをあおり、湯気を立てる料理をつまむ間にも学ぶことは多い。この世界に転生して間もない俺とリーナにとっては、たった二ヶ月の先達といってもナルシスの話は為になるのだ。


「講習でも習ったと思うけど、経験値はイコールで討伐数ってことに間違いはないみたいだね。ただ、一定のレベルに達すると弱いモンスターを倒しても経験値として加算されなくなるらしいんだ。僕が聞いたところによると、どうやらノルマに関係してるんじゃないかって話だった。格下ばかり倒してノルマをクリアすることは無理なのかもしれないね」


「へっ、人の浅知恵なんてお見通しってか。ま、あの女神様ならやりかねねえな」


「そっか、それが冒険者が旅立たなきゃいけないって仕組みなのね」


「そのようだね。ノルマを確認する術がないからはっきりと解明されているわけじゃないけど、経験則からの仮説ではやはりノルマと経験値もイコールらしい。経験値の方は討伐数と同じく《冒険者の指輪》に記録されていてギルドで確認出来るし、レベルという目に見える指標もあるわけだから、普通はそれを目安として北に向かうってことだね」


 これは俺も思い至っていたことだった。強力な魔法を持つ者であれば楽々とノルマを達成出来てしまうのではないかと。転生者がどういう基準で選ばれるのかは知り得ないが、リヴィオンに転生してくるのは月に二、三人と少なくはないが多くもない。ついでに実力もピンキリとくれば、女神からすれば、せっかく得た強者をそう易々と手放す手はないってことだ。当然と言えば当然の話でもある。


「それでもノルマを達成して天寿を全うした人は大勢いるから、永遠に解放されない呪いってわけじゃあなさそうだよ。契約が守られるからこそ、冒険者っていう制度も成り立っているんだね」


 まあ、そうでなきゃ悲観から冒険者の力を悪用する奴が多発してるはずだ。今だって力に酔って悪の道に進もうって輩がゼロってことはないだろうが、その辺はギルドが上手いことやってるんだろう。


「じゃあ、この街から旅に出る目安のレベルはどれくらいなの?」


「どうやらレベル20からみたいだね。レベル10を過ぎた辺りからゴブリンを倒しても討伐数には加算されるけど、経験値には反映されなくなるらしいから、レベルアップと共に狩場も変えなきゃならないようだよ」


「なるほどな。それで仕事を受けるにも適正レベルなんて項目があったり、森の奥には入るななんてお達しがあるわけだ」


「そうだね。ちなみに、僕は一度だけ森の奥まで入ったんだけど、モンスターに呆気なくやられて死んでしまった上に、ペナルティとして罰金を取られたよ、ははは」


「つーか、意外と問題児だったんだな」


「本当よね。更生して何よりだわ」


「返す言葉もない」


 前世で妹を亡くした喪失感から自暴自棄になっていたとは聞いたが、手遅れになる前に、ナルシス曰く、妹の生き写しだという同じ名の少女、リーナと出会えたことは幸運だったと言える。それとも、これすらも女神の筋書きなのか……。いや、水は差すまい。


「とにかく、まずはレベル10を目指すってことに変わりはないわけね。なんて言ったって、新しい魔法を覚えるんだから!」


「だな。ちゃっちゃと上げちまおう」


 転生初日のチュートリアルや初仕事で遭遇した《小鬼大進行ゴブリンパレード》などで大量のモンスターを狩ってきた成果により、俺はレベル7、リーナはレベル8にまで達している。ナルシスに言わせると──


「本当に二人共どうなってるのやら。僕のペースだって悪くはないんだけどなあ……」


 ──とのことだ。明らかなオーバーペースらしいが勝手に上がるのだから仕方がない。


「でも、ナルシスの場合ソロだったし、何度も死んじゃったせいでロスもあるでしょ?」


「そうなんだよね。それを言われると耳が痛いや、はは……」


 冒険者は死から蘇るという摩訶不思議を体現するがリスクもある。精神的な負荷は今は別として、レベルの低下こそしないものの、死亡時点で取得していた経験値は全てリセットされてしまうようだ。度重なれば決して馬鹿には出来ない値となる。


「まあ、こうしてパーティーを組んだんだ。効率は今までより上がるだろ」


「そうね。ナルシスもうかうかしてたら追い抜いちゃうんだから」


「あはは、精進します」


 何はともあれ、仲間ってのは良いもんだ。協力すれば力は増し、互いに競うことで成長する。果たして、俺とリーナは転生から一ヶ月を経ずしてレベル10へと達し、無自覚にも歴代最速記録の一位と二位を塗り替えたりするのだが、それはまた別の話である。

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