第17話 新たな魔法と豚の王③

 俺がリヴィオンに来て一ヶ月が経った。


 その朝、いつも通りにギルドの隣の酒場に集合して朝飯に手をつけようとした時のことだ。急遽、前日に仕事を受けたのだと言ってリーナが広げてみせたのは、しっかりと証明印の押された正式な依頼書だった。


「──ほお、オークキングとな?」


 オークと言えばここの所ずっとメインで狩っている不細工な豚さんだ。その王様らしい。


「そう! オークの上位種なんですって! たまに現れるらしいけど報酬が美味しいの! ほらほら、なんと一体で一万ゴルよ」


 確かに、オークは一匹で五百ゴルだったはずだから単価としては遥かに高い。当然、取り巻きのオーク共もいるだろうから一稼ぎになりそうな気はするが、そう考えるのは俺達だけではないらしい。


「複数のパーティーに依頼が出てるから早い者勝ちなの! さあ、今すぐ出発よ!」


 早い者勝ちとあってはリーナが意気込むのも納得だ。俺達は忙しく朝飯をかき込むと早々と東の森へとやって来た。

 道すがらリーナから聞いたところ、森の深部の手前で目当てのオークキングとやらが目撃されたらしい。レベル10になったばかりの俺とリーナだけでなく、今ではレベルを12にまで上げているナルシスでさえ、立ち入りが許されるギリギリのラインだ。


「上手いこと森の中程まで出てきてくれると良いんだがなあ」


「こればっかりは運よねえ」


「んー、僕は出会いそうな気がしてるけどね。もっぱら君らの運の良さでって意味で」


 ナルシスの言葉通り、仕事で森に入って不作だった日はないと言ってもいい。モンスターの好物でも持っているが如く遭遇するのだから、稼ぎに困ったことだってない。いつだったか、他の冒険者に話を聞いてみたのだが、どうやらあり得ないエンカウント率らしい。向こうから寄ってくるのだからどうしようもないのだが、今日に限っては是非とも豚の王様と会ってみたいものだ。雑魚ばかりで飽き飽きしていたところなのだ。


「情報によるとオークキングは体長三メートルもの巨体らしいわ」


「え? 大きすぎないかい?」


「へえ、そいつは斬りがいがありそうだ」


 前世で何頭か狩ったことのある熊を思い出すが、そこまでの大物はいなかった。


「それから動きは鈍重だけど怪力。分厚い皮と蓄えた脂肪からなるタフネスは並のオークとは比べ物にならないって話よ」


 そりゃあ良い。ようやく化け物らしいモンスターと出会える気がしてほくそ笑む。


「それに加えて、普通のオークとハウンドドッグがいるとなると……流石に数次第では苦戦する可能性があるかもしれないわね」


「となると、他の冒険者と共闘でもするかい? オークキング目当てのパーティーが多いなら目撃された地点を目指すだろうし」


「いや、そいつは上手くねえな。強敵なら尚更だ。つっても雑魚の中じゃマシって程度だろうがな。そんな相手に手を焼いてるようじゃ話にならねえ」


 俺の言葉の裏などお見通しだろうリーナがやれやれといった感じでため息を吐く。


「そう言うと思ったけど、作戦の一つくらいあるんでしょうね?」


「なーに、簡単な話だ。蹴散らしゃ良いんだよ。ちーっとばかし腕比べをしてな」


 咄嗟に思いついた作戦は説明する俺からしても無茶苦茶で、それを聞かせた二人が呆れるあまりに揃って顔をひくつかせる程には危険の伴うものでもあった。

 そして、然程長くない説明を終えた後に、二人は息を揃えて俺にこう言うのだった。


「「イカれてる」」──と。



 始まりの街、ヴィラムの東にある森の中は、外壁に守られた平和な街中とは違って、数分も歩けばモンスターに当たるような場所だ。

 主に生息するのはゴブリンやオークといった亜人型と呼ばれる人の様な二足歩行の異形であることから、亜人の森などとも呼ばれる。

 その中程の、やや北寄りに湧く小さな水場に《そいつ》はいた。

 今日の標的、オークキングだ。またしても、運良く獲物と巡り合ってしまったらしい。

 情報では三メートルもの巨体というが座した姿からでもそうと分かる。不揃いな牙を生やした醜い豚という容貌はそのままに、並のオークよりはふた回りはでかいだろう。

 その周りには三十匹ものオークと四十匹のハウンドドッグ。懸念した通りの大所帯だ。

 どうやら食事中らしく、何を食っているのかと目を凝らして見れば──ゴブリンである。人から見れば同じ人型を食らうというショッキングな光景とも言えるが、弱肉強食の摂理からすれば、この亜人の森においては、なんという事はない日常なのだろう。

 打ち合わせをした通りに予定のポイントへと移動して、そこまでを見届けてから準備万端と俺は飛び出した。


「いよう! 遊びに来たぜ、王様」


 ──と、お食事時の闖入者ちんにゅうしゃに場は混乱に陥って、あちらこちらで豚が鳴き、けたたましい大合唱が森にこだまする。


「飯時にわりいが、まとめて死んでくれや」


 慌てふためく豚どもを他所に、俺は悪役そのものの台詞を吐いた。

 続けて──


「《炎の剣フレイムソード》」


 右手の長剣に炎が渦巻く。

 そして──


「行くぞ!! 《増力ブースト》!! 燃えちまえよッ!! おらあああああ──ッ!!」


 叫ぶと同時に、超強化した一撃を振り下ろす。巨大な火柱の如き斬撃は地を穿って飛び、数十の獲物を一瞬で屠った──が、その勢いはとどまらず、深緑の森にまでその舌を伸ばす。このままでは森に大きな爪痕を残すだろうと思われたその時──


「《反射リフレクション》!!」


 直後、木々をも超えて立ち昇る炎の向かう先に、高さ五メートルはあろう楕円形の光る壁が現れた。リーナの専用武器、《導きの杖》で効果を底上げされた防御魔法だ。

反射リフレクション》は受けた魔法をそのまま使用者に跳ね返す。炎の斬撃が命中したかと思えば途端に跳ね返り、俺に獰猛な牙を剥ける。

 ──ここが正念場だ。

 許された時間は刹那に近い。その一瞬で、反射された炎の勢いを見切って放つ第二撃には絶対の精度が求められる。

 息を一つ吐くと共に集中する。

 前世での戦いの日々で極限まで鍛えた集中力は、時の流れを置き去りにしたが如き光景を俺に見せる。高速で迫るはずの炎に向けて、俺は静かに長剣を振り下ろした。

 途端に、相対する炎が真っ向からぶつかって唸りを上げる。その威力を物語るように吹き荒れる熱と衝撃の余波に晒されながら、俺は安堵からホッと息を吐いた。


「いやいや、我ながら結構な博打だったが、なんとかなるもんだな」


 リーナとナルシスが口を揃えて言った《イカれた》所業。合わせて七十匹にもなる敵の群れの殆どを一瞬で消しとばした《やりすぎオーバーキル》は大成功と言えよう。

 上段から振るうことである程度範囲を絞りつつも、馬鹿げた瞬間火力を叩き出せる俺の《炎の剣フレイムソード》と《増力ブースト》の合わせ技。それを効果を底上げしたリーナの《反射リフレクション》で跳ね返し、更に俺が相殺する。

 森へのダメージを極力軽減しながらも、敵を殲滅せんとした思いつきだった。一歩間違えれば全滅しかねない荒技だが、やり遂げてしまえば戦果はでかい。


「さーて、食い残しの片付けと本番だ」


 俺は嬉々と笑って、未だ収まらぬ煙塵の中へと駆け出した。

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